第六話 出て来てみれば
「……おっ? はっはー!」
「んぐっ!?」
いきなりだった。
まぶしさに顔をしかめる俺に向かって突き出されたやけに太い腕に、むんず、とえり首をつかみ上げたられかと思うと、柔道の投げ技のようにカラダが、くるり、と一回転して乾いた大地の上に叩きつけられてしまった。うっ、と息がつまる。
「はっはー! ようし、掴まえたぞ! おとなしくしやがれ!」
「ちょ――! げほっ! ま、待って! 待ってくれ! 俺ですよ、俺! 痛たたたたた!」
「俺だって!? 俺って誰だ? はっはー、つまりは俺様のことか!」
「冗談言ってる場合じゃ――! ………………え?」
容赦なくぐいぐいと地面に押しつけられながらも、なんとか首だけ起こして相手を見てみると、どうも相手はあの四人の兵士たちの誰でもないようだ。カラダはゴツく、どこもかしこも太い。身の丈はかなりのもので、二メートル近くあるのではないかとさえ感じる。
その顔や表情は、深くかぶっているフードのせいでよく見えないが……。
「おい、抜け駆けは
すると、もう隣にいたもうひとりが、豪快な笑い声とともに俺を拘束している男のフードを払うようにかなり乱暴なツッコミを入れた。だから、それが一体誰――いや、
「オ……オーク!? 何でオークがここに!?」
「ん?」
――緑がかった肌。足は太く短く、腕はさらに太く足元近くまで伸びている。顔つきはいかにも凶暴そうで目つきが悪く、鼻は豚のようで口端には上向きに鋭い犬歯が生え出ていた。その若干受け口気味な口元が不機嫌そうにゆがむと、唾を撒き散らすようにして文句をがなりたててきた。
「おいおい、失礼な勇者様だぜ! 確かに俺らはオークだが、俺らにも名前ってのがある!」
――どん!
とオークが胸を叩くと、その拳の下にネームプレートのようなものがぶら下がっていた。
「あ! す、すみません! ええと……ええと……ン・ガジさん……で合ってます?」
「おうよ! 俺様がン・ガジ! そんでもってこいつがン・ベジだ! 覚えろ!」
「覚えろったって……。あの、俺の名前はですね、
「はっはー! お前さんの名前なんざどうでもいい! 人間族で、勇者だとわかればいい!」
再びむんずと胸元を掴み上げられ、苦しさにうめきながら俺は無理矢理立ち上がらされた。そしてすぐさま慣れた手つきで両腕を後ろにひねり上げられ、あっという間に拘束されてしまった。もう彼らの成すがまま、抵抗するどころかどうすることもできない。
くそっ、一巻の終わりか……。
「あ、あの……俺は殺されるんでしょうか? 俺はただ――!」
「しーっ! ……お、おい、ン・ガジ。あれ、やっとかねえとどやされるぞ?」
「ちっ……るせえな。今やろうとしてるじゃねえか!」
恥も外聞も捨てて命乞いをしようかと思ったその時、ン・ベジの方が慌てて俺の口をふさぐようにして続く言葉をさえぎり、ン・ガジになにやら耳打ちした。ン・ガジは怒ったように言い返してから続けて言う。
「……ったく、面倒な世の中だ。おい、人間族の勇者! 一度しか言わないからよく聞けよ!」
そのセリフだってまるで獣の咆哮のようだったのだけれど。
そこまではよかったんだ。
「んkかひpはqんrpckmくぁl;でkぽぁq、は! bjぱh0pcぃ9やwqvbmksぷ! kん;NZM-ct8bq、おpx! ……どうだ、わかったか? わかったよな?」
い――いやいやいやいや!
「い、いや、ちょっと! 意味が……え?」
「わかったって言えばいいんだ! どうせ大した意味なんてねえんだからな! はっはー!」
超気になる。
なるにはなるのだけれど……今までだったら勝手に翻訳されて俺にも通じていたはずの言葉が、その瞬間だけまったく理解できない音の羅列になってしまったのである。理由がまるでわからない。ン・ガジは『大した意味なんてない』と言っていたが、同時にン・ベジの方は『やっておかないと怒られる』とも言っていたはずだ。何かの儀式みたいなモンなんだろうか?
「ともかくだ! お前はすぐには殺されない! 俺たち刑務官が無事に送り届けてやるさ!」
「ど、どこへ、連れて行く気なんだ? ………………
「はっはー! 人間族の勇者が行きつく先なんて決まってやがるだろうが!」
そこでン・ガジは、牙をむくようにいやらしい笑みを浮かべてこう告げた。
「牢・獄・さ! お前は裁きを受けるんだ! 敗北した人間族の、
次の瞬間、
――ごつん!
と音が鳴り響き、俺は呆気なく気を失ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――!」
遠くの方から。
「――?」
話し声が聴こえる。
「――!」「――!」
何やらふたりが揉めているようでもある。
ずきずきと痛む後頭部にわずかに顔をしかめつつそろりと目を開けてみると、うす暗い視界の中に石張りの天井が見えた。さらに目玉だけを左右に動かし、人のいる気配がないことを確認してからゆっくり身を起こしたのだが、ずきずきがさらにひどくなって思わずうめき声が漏れ出てしまった。
「い――つつつ……」
すると、どこかで聞いたことのある声の主がなぜか自慢げにこう言うのが聴こえた。
「はっはー! ほれみろ! 俺様は殺してなんかいなかっただろうが!」
「奇跡的に生きていた、というのが正しいと思うんだがな? ……なあ君、大丈夫かね?」
頭が割れそうな痛みにうめきつつ頭をさすっている俺に、静かに歩み寄って心配そうに囁きかけてきた親切そうな声の主を見たとたん、またもや俺は驚かされることになってしまった。
「が……骸骨がしゃべってる……!?」
「……おっと。それは正確ではないね。すまないが、少し訂正させてもらいたい」
フードのついた漆黒の外套に身を包んだ男は、剥き出しの
「私はね、あの低俗で下劣な
不死者・オルメトフは落ち着いた低く渋いトーンでそう語りかけ、俺がわずかにうなずいたのを確かめると、再びさっきまで会話していた相手に向き直って、きっぱりとこう言った。
「いいかね、ン・ガジ刑務官?」
オルメトフは、指を突きつけ非難するように顔をしかめた――らしい。
「この人間族の少年が《
「お、お言葉ですがね? この野郎は――!」
「……私はね? わかったかね、と尋ねたのだが?」
溜息混じりにことさらゆっくりと告げられたその言葉に、ン・ガジは見る間に勢いを失い、慌てて口をつぐんだ。そして、
「ち――っ」
ちらり、と恨めしそうに俺の方を一瞥してから大きくうなずいてきびすを返すと、相棒ン・ベジとともに足音荒く歩み去っていったのだった。
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