第五話 始まりの祠

 ゴゴゴゴゴ……!



「あ、危なかった……! 一応、持っておいてよかったよ、ホントに!」



 完全に大岩の扉が閉められてしまう前に、俺はこっそりふところに忍ばせておいたスマホを取り出すことに成功していた。手の中のスクリーンの放つぼんやりとした明かりがなければ、《ほこら》内部の濃密な漆黒に身もココロも一瞬にして呑み込まれ恐慌状態になっていたことだろう。


 案の定『圏外』だし、時間も日付もまるでアテにはならないけれど、これのおかげでかろうじて平常心を保つことができた。さすがは俺の相棒だ。ただしバッテリーは残り八〇パーセント。



「さて……。どうしようか?」



 単独でのダンジョン攻略で、ひとりごとを口に出すのはかなりのリスクを伴うってことくらいわかっている。けれど、そうでもしないと精神的に持ちそうになかったのだ。



「このまま進むか……? い、いやいや! まずは松明をつけて明かりを確保しないとダメだ」



 ぶつぶつつぶやき、念のため周囲をスマホの光でぐるりと照らし何もいないことを確認してから、大岩の扉を背にした状態で座り込んだ。この空間には、前方に奥へ続く出口がひとつあるだけで、ちょっと広い石造りの部屋って感じだった。《祠》と言っても、人工的に造られた物なのかもしれない。



「こんな序盤からいきなり襲われることもないだろうし……。まずは準備しないと」



 そのへんに落ちていた石にスマホを立てかけて明かり代わりにすると、肩から革のリュックを降ろして中身を取り出していく。まずなにはなくともあの教本。そして松明と火付け道具だ。



「あった、あった!」



 目当ての物を探り出した俺は、さっそく教本をめくりはじめた。



「なになに……? なるほど。ふーん……」



 ごわついた羊皮紙をめくりながら、教本と一緒に取り出した、はじめて目にする火付け道具をいじってみることにする。


 正直、火打石とかひたすら木の棒をこすり続けるヤツだったらどうしようと途方に暮れていたが、案外技術は進んでいたらしい。見た目こそ、鉄製の筒にコルク抜きみたいなハンドルが付いているまるで水鉄砲のミニチュア版みたいなシロモノだったが、付属している小袋に入っていた干し椎茸みたいな乾物を筒の先のくぼみに押し込んでからイキオイよくハンドルを押し込むと――。



「つ、ついた……! じ、じゃない! これに息を吹きかけて大きくしてから松明に移す、と」



 ぼっ、ぼぼぼぼぼ……。

 獣脂の焦げる臭いとともに、さしたる苦労もなく松明は燃え上がってくれた。



「これを壁のくぼみにさして……っと。臭いと煙はアレだけど、明るいっていいな、やっぱ」



 教本によると、これ一本で半日程度は持つらしい。どうりでやたらと本数が多いワケだ。松明の残り本数をしっかり数え、それから電源をオフにしたスマホと、とりあえずの役目を終えた火付け道具をリュックの中へとしまい込んだ。


 では早速……と言いたいところだが、今の俺には圧倒的に情報と経験が足りていなかった。




 じゃあ、何をするかって?

 そんなの決まってる。




「まずは、この教本を隅から隅まで何回も嫌になるほど読み込んで、しっかり頭に叩き込むところからだな。何か起こった時にいちいち開いて確認する、なんてできないんだし」



 あらためてしっかりと腰を据えて、最初のページから一文字たりとも逃すことなく教本に目を通すことにした。これは俺の習性というか癖みたいなものだった。




 たとえばゲームをやる時。


 説明書も付属の地図にも一切目を通さず、懇切ていねいに遊び方をレクチャーしてくれるチュートリアルまでもスキップして、いきなりプレイしてカラダで覚えるタイプのヤツもいるだろうけれど、俺は違う。


 最優先なのは『情報を得ること』だ。


 攻略サイトみたいなネタバレ系はひとまず置いといて。何ができて、何ができないか。何が明らかで、何が不明なのか。それらをきちんと頭に叩き込んでおくことが何より重要だと思っている。結局のところ、窮地に陥った時にとっさに出る行動はすべて、あらかじめ学んだことであり、前もって学習・理解していなければどこをどうひっくり返しても出てきやしないのだ。


 もちろん知識だけ蓄えていても、頭でっかちのただの情報オタクにすぎない。


 だからこそ、知識と情報をしっかり頭に叩き込んだあとは、ひたすら試して実践して、経験を積まなければダメだ。それは、借り物の命を賭けた画面の中だけに存在する仮想世界で繰り広げられるゲームなんかじゃなくって、正真正銘自分の命がかかっている絶体絶命のこの状況だからこそ、決して曲げることのできない信念なのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「ふっ! ふっ! ふっ……!」



 二本、松明が燃え尽きた。

 今、あたりを照らしているのは三本目だ。



 俺は今、教本にならってひたすらに剣を振り、型を覚えることに時間を費やしていた。気がつけば、もうひとりごとは一度たりともつぶやいていなかった。とにかく生き残る可能性を少しでも高めることに全神経を集中させていたからだ。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 もう四本、松明が燃え尽きた。

 俺は七本目の松明を壁から抜きとり、リュックを背負う。


 一本、また一本と松明が燃え尽きるごとに、リュックを枕にして冷たい石床の上で仮眠を取っていたのだが、もうさすがにカラダのあちこちが痛い。剣の修練による筋肉痛もあるにはあったが、なにより熟睡できないのが痛かった。




 現界だった。




「よし………………行くか!」



 四日目にしてようやく一定の満足を得た俺は、ついに先へと進むことに決めたのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 そうして、十四本目の松明がまもなく燃え尽きようという頃――。



「か、帰ってきたぞ! くそっ! やってやったぜ!」



 俺は再び、あの大岩の扉の前に立っていた。



 背負うリュックの中にはもちろん、苦労して勝ち得た《勇者の証》があった。だが、得た物はそれだけではなかった。不愉快で、不本意で、不条理な、あまりに理不尽な経験も数え切れないほどしてきた。それもこれも、あの糞ったれの王様のせいだ。



 城に戻ったら、必ずツケを払ってもらう!



「おぉい! 俺は帰ってきました! 帰ってきたんです! ここを開けてください!!」






 しばらくして。


 大岩の扉が地響きをともなってゆっくり開かれ、まばゆい光の奔流が俺の目を焼くと――。



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