第四話 王との謁見

「まあ、ともあれ、だ――」



 玉座の主は、あまり立派そうにも思えない口髭くちひげの端を指先ででつけるとこう続けた。



「儂の名はユスス・タロッティア五世。このウェストンの主にして、ヴェルターニャを統治する王である。この王の中の王たる儂が命じ、ゆえにお前はこの世界の救世主たるべく召喚されたのだ。つまりはこの儂こそがお前のあるじであり、仕えるべき王でもある。ここまではよいな?」



 いいワケなかろうが。


 とは思うものの、そんな生意気な口を利こうものなら何をされるかわかったものじゃない。今の状況においては、圧倒的に王である向こうの立場が優位だ。なにせこっちは、なんの能力も持たない平凡で普通の高校生なのだから。






 ここはひとまずおとなしく――。


 ……待てよ?






「えっと。質問良いですかね、王様?」


「よい。申してみよ」


「あの……俺みたいな勇者候補って、何か特別な力を授かっていたりするんですかね?」


「な、何!?」



 思いもよらない質問だったらしく、タロッティア王は玉座からずり落ちそうになった。



「……フリムルめ、また肝心なことを伝え忘れておるのか。酒を与えずば務めを果たさず、与えれば与えたで事を仕損じる。間抜けているにもほどがあるぞ。まったくもって……!」


「お鎮まりくだされ、我が王。ここはわたくしめが」


「う、うむ。やってみせよ」



 当然、俺の意志なんてものはチリほども尊重されないワケで。


 ベリストンさんが中空に描いた魔法陣がひときわ激しく輝くと、俺のカラダは出所不明の光の柱に包まれていた。振り返るヒマすらなかった。うわっ! と驚き、逃げ出そうとしたものの、慌てたベリストンさんにさっと片手で制されて動きを止めた。ヘタに動くとヤバいのかもしれない。



「ふむ……なるほど。大方わかりましたな」


「な、何がわかったんだよ!? っていうか、勝手に――!」


「――この者の授かりしチカラはちと特殊ですな。使いどころが極めて難しいチカラのようで」



 はいはい、無視ね……。


 ま、俺だけに『授けられしチカラ』と聞けば興味が湧かなくもないので、黙ることにする。



「端的に申せば『真偽を見破るチカラ』にございましょう。ひとたび手を触れれば、たとえそれが人であろうが獣だろうが、はたまた路傍ろぼうの石つぶてであろうが、それが『嘘か真か』がこの者には読み取れるのです。つまるところ、それが意志を持つかどうかではなく存在が――」


「よ、よいよい! そこまでにしておけ、魔導士長」



 まだまだ語り足りなさそうなベリストンさんの話の腰を強引にへし折ると、王は尋ねた。



「儂が聞きたいのはただ一つ――その『チカラ』は魔王を倒す切り札たるかということだが?」


「……無理でしょうな」


「だと思うたわ。はぁ……」



 いやいや。

 溜息つきたいのはこっちなんですけど。


 そこでようやくタロッティア王は俺という存在を思い出したかのようにこう告げた。



「しかしだな、エ――勇者よ。いや、勇者とならん者よ。それでも貴様が憂国の救世主であろうことには相違ない。だがな? その前に貴様は挑まねばならんのだ。《始まりのほこら》に!」



 言い淀んだのはほんの一瞬で、あっさりごまかしたところをみると、この王様、他人様の名前はまるで覚える気がないらしい。物言いは横柄だし、絵に描いたような傲慢さには反吐へどが出る。



「どうして俺がやらないといけないんですかね……?」


「儂は貴様の主であり、仕えるべき王だと教えたはずだが? それにだ、元の世界に帰れるかどうかは儂の気心一つでどうとでもなる。フリムルめは儂の言葉にしか従わんからな。ん?」



 くそっ。強制イベントかよ。


 こういうの、パワハラっていうんじゃないの?

 勇者っていうか、まるで奴隷扱いじゃん。



「……何をすればいいんですか?」


「なに、実に簡単だ! 《始まりの祠》の最下層にある《勇者の証》を取ってくればいい!」



 なら自分で行けよと言いたいところをぐっとこらえると、タロッティア王は手を打ち鳴らす。それを合図に、扉の奥に控えていたらしい数名の甲冑姿の兵士が重そうな木箱を運んできた。



「そこにある武具と道具を持って行くがよい。あとは貴様のチカラと運次第だ。武運を祈る!」



 開かれた木箱の中には――使い込まれて刃こぼれした剣と、これまた使い古しらしき鉄の胸当て、ぶ厚い革の小手とすね当てが入っていた。その他にも、松明と用途不明のポーション、そして何枚かの丸められた羊皮紙がある。だが、金銭のたぐいはどこにも見当たらなかった。




 つまるところ――必要ないってことなんだろう。

 ここで死ぬかもしれない勇者候補に、そんなものなんて。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「我々がお供できるのはここまでです」


「……はぁ」



 慣れない手つきで支給された装備一式を身に着け、リックサックに似た革袋に残りの道具類をしまい込むや否や、俺は一頭引きの粗末な馬車の荷台に乗せられた。そして、四名の兵士に付き添われるカタチで城から少し離れた断崖の下に連れてこられたのだった。今ここ。



「痛たたた……。尻割れただろ、絶対……」



 馬車とは言ったものの、この世界に存在する木材加工道具にはロクなものがないらしく、車輪がゆがんでいる上に、クッション? なにそれおいしいの? のむき出しの状態なものだから、降りた今でも尻がじんじんと痛んで仕方ない。


 だが、四人のうちのリーダー格らしき兵士は、ここに到着するやすっくと立ち上がると、何事もなかったように笑顔を浮かべてこう告げた。



「ほら? 見えますか? あれが《始まりのほこら》の入口ですよ。普段は閉ざされておりますが」



 こいつらの尻は鉄か何かでできてるのかよ……。


 ぶつぶつ言いながら尻を撫でつつ指さされた先を見ると、たしかにそれらしき大岩と看板があった。だが、リーダー格の兵士が言ったとおり、入り口はぴっちりと閉じているではないか。



「い、いやいやいや……。あれ、どうするんです? あんなの開けられないんだけど?」


「それは我々が。しかし、《始まりの祠》に挑めるのは、勇者たる者お一人のみなのです」



 絶対、君らの方が強いじゃん、それ。



「うーん……頼んでないんだけどなあ。……で? あなたたちはこのあとどうする気です?」


「王の命により、貴方がお戻りになるまで我々はこの地に留まることになります」



 逃げないように見張ってる、ってことね……。


 この四人なら真っ当な会話もできそうな気がするんだけれど、とはいえ、この絵に描いたような生真面目さだと、あの王様の命令に逆らうなんて融通は利かせてくれそうにない。



「す――すぐに戻ってこられるとは限らないんじゃないですかね?」


「ですので、もし七日経ってお戻りにならなければ……我々は城へ戻る手筈てはずになっております」



 作戦行M.動中行I.方不明A.ってワケね。

 泣けてくる。



 たしかベリストンさんがこっそり教えてくれた補足説明によれば、この《始まりの祠》は初級から中級冒険者向けのダンジョンらしく、最下層の《勇者の証》があるのが地下一〇階。そこまでたどり着くためには、数々のトラップ魔物モンスター退しりぞけて進まなければならないのだ、という。



「戦い方だってロクに知らないのに……。無理ゲーじゃないですか、これ?」


「先程、剣の扱いや道具の使い方については、ひと通り手ほどきをさせていただいたかと」



 悪気はないんだろうなー。

 わかる、わかるんだ。


 でも、真面目で真剣な表情に無性にいらだって、俺は手にした羊皮紙の束をばしばし叩いた。



「渡された教本を読んだだけですよ! たまたま文字が読めたからよかったけど! 大体、あんな悪路でじっくり文字なんて読んでたら乗り物酔いしますって! 実際気持ち悪いし……」


「なあに、大丈夫ですよ! 貴方は選ばれた勇者たるお方なのですから!」



 なにそのパワーワード。

 勇者だって同じ人間だって。



「……せめてこれ、もらっていってもいいですか? まだ読んでないところ、あるんで」


「もちろんですとも! 日頃訓練している我々には必要ない物ですからね。どうぞどうぞ!」



 そんな会話をしている間に、残りの兵士三名が大岩と格闘し、全身大汗を流しながら《始まりの祠》の入口を開けてくれた。おそるおそる近づいてみると、よどんだホコリっぽい空気が鼻をくすぐる。反射的にくしゃみが出かかったものの、ひとたびこの中に入ればもう敵しかいないのだ。急に怖くなった俺は、くしゃみと口腔に溜まった唾をごくりと呑み込み振り返った。



「では、御武運を!」




 うごごごごご……。




 え!?

 嘘!?


 閉めちゃうのかよ! 早いってぇええええええええええ!



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