第七話 衝撃の真実

「あ――ありがとう……ございます、オルメトフさん」


「いや、なに。当たり前のことをしたまでさ」


「あ、あの――」



 と、別の人影が暗闇の奥から姿を現し、危うく怒れるオークの大きな身体にはね飛ばされそうになりながらも、おそるおそる俺たちの方へと近づいてきた。



「ど――どうですか、オルメトフ? もう……大丈夫です?」



 女の声だ。

 だが、あたりがうす暗いこともあって、よくわからない。


 不死者・オルメトフは相好を崩して――たぶん、だが――声のした方へと告げる。



「ああ! すっかりお待たせしてしまいましたね。彼なら、さきほど意識を取り戻しましたよ」


「そ、それはよかったです! 早速ウチの所長にも伝えないと――!」



 さらにもう一歩近づいた時、牢の鉄格子越しにようやく俺にもその姿が見えた。



「――!」



 うす暗がりの中、かがり火のゆらめく明かりを受けて輝く長く青白い髪は、一本一本がまるで銀の糸であるかのようだ。長い睫毛も同じ輝きを帯びていて、快活そうな茶目っ気のある大きな瞳は澄んだ海の色をしていた。背丈は俺と同じか少し高いくらい。幾重にも折り重ねられたひだ飾り付きの、ローブのようなワンピースドレスのようなしゃれた衣装を身にまとっているせいでボディラインまではよくわからなかった。でも、全体的に華奢な印象だ。


 それでも彼女が俺と同じ人間ではないとわかったそのワケは、彼女の耳元からそれぞれ生え出ている羽根飾りのような小さな翼の存在だった。それがアクセサリーでないことを示すように、彼女が話すたび、ひょこひょことそれが可愛らしく動いていた。



 しかしなにより気になったのは――。



「……?」



 彼女が俺という存在に、あまり気をかけていないということだった。



 彼女が主に視線と関心を向けていたのは、普通の人間からすればどう見ても恐ろし気で奇異な風体をしているはずのオルメトフの方だったのである。そのオルメトフに向けて、彼女は堅い表情のまま、口早に告げた。



「では、手続きをすませてしまいたいのですが」


「ええ、わかりました。今回は……どちらの立場で申請しますか?」


「ええと……それは――」


「おやおや! これはこれは!」



 言葉もなく二人のやりとりを見つめているうち、さらにもうひとり上階から降りてきたようだ。今まで静かだったこの空間に、その陽気で快活な声はひどく不釣り合いだった。



「へえ。もういたのかい、下っ端《竜もどき》くん? よほどヒマなんだね、お宅の事務所は」



 姿をあらわしたのは、常人離れした優れた容姿をした美青年だった。石階段の途中でまるでミュージカルの主演男優のごときポーズを決めると、とっ、とっ、とっ、とダンスのステップを踏むようにリズミカルに靴音を鳴らしながら降りてくる。そのたび磨きに磨かれた革靴がゆらめくかがり火を浴びて光った。しかし、身に着けているエメラルドグリーンのスーツはいささか派手すぎるんじゃないか、と思えてしまった。



「……っ!」



 だが彼女はというと、やけに馴れ馴れしくも軽々しい歌うような彼のセリフを耳にしたとたん、振り向きもせず露骨に顔をしかめた。二つの小さな翼も、耳を覆い塞ぐようにぐったりと垂れ下がってしまった有様だ。よっぽど嫌いなのだろう。



「……今回は、ウチの方が先、ですよ?」


「あー。いいよ、いいとも!」



 ささやかな抵抗を試みた彼女に追い打ちをかけるように、美青年が発するテノールの笑い声が襲いかかる。



「今回ばかりはこころよく譲ってあげようじゃあないか。そいつが『人間族の勇者』とあっては、負けるのは必至。でもね? この僕、エルヴァール=グッドフェローは、お嬢さんレディにはことさら優しいと評判の超一流の魔法律士だからね。むしろ不利な弁護の方が燃えるってもんさ」



 実にイヤミったらしいそのセリフは、はたで聞いているだけで胃がムカムカするほどだった。思わず、自分が当事者だってことを忘れるくらいである。だが、彼女の怒りはそれ以上だったらしい。



「……なにが『こころよく』ですか、この傲慢エルフ」


「なにか言ったのかな? 下っ《竜もどき》くん?」


「……また言いましたね? 一度ならず二度までも!」



 とうとう我慢の限界がきた彼女は、怒りの感情もあらわに振り返ってエルフの美青年を見てしまった。はたから見ている俺にさえ、してやったりという彼の表情がありありと見てとれた。



 が、もう彼女は止められない。



「………………訂正してください! 私を……二度と《竜もどき》と呼ばないでください!」



 拳を固く握り締め、小さく呟く。

 そして、次には精いっぱいの声を張り上げて、彼女はこう叫んだのだった。



「この人間の弁護は私が引き受けます! 絶対に勝って、あなたに謝罪させてみせますから!」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 突然釈放されたかと思ったら、例の彼女と二人で馬車に乗せられた俺。



「……」「……」



 両手には鉄かせががっちりめられていて、そこから伸びるこれまた頑丈そうな鎖の端が首に嵌められた鉄枷へと繋がっていた。牢から出してもらえたとは言え、俺が犯罪者扱いなのはまだ継続中らしい。黙ったまま尻の痛みにじっと耐えていると、やがて一軒の大きな石造りの建物の前で馬車が停まった。



「はぁ……何であんなこと言っちゃったんだろ、あたし」



 俺と向かい合うように座っている彼女は、両手で顔を覆いひたすら溜息を繰り返していた。見てられない。



「あれは仕方ないって! ええと……?」


「……」



 ……あ、あれ?



 なぐさめるつもりで声をかけたのに、まるでそこに俺がいないかのように無視されてしまった。もしや聴こえなかったのかと思い直し、再び声をかけようとするも、彼女の名前すら知らないことにいまさらながら気づく。うんうんうなっていると、馬車の扉が外側から開いた。



「ほら。早いとこ降りてらっしゃいな。もうウワサは届いてるわよ? まあ、無理もないけど」



 そう呆れた様子の声をかけつつ扉の裏から顔を覗かせたのは、ビルドアップされた彫刻のような褐色の肉体にぴっちりとフィットする派手派手しい真紅のスパンコール・ドレスをまとった巨漢の女、のようだった。


 いや、声はずいぶん低いし、コテコテのドぎついパーマでくるんくるんした無駄にラブリーラブリーした金髪ではあるけれど、たぶん女性なんだと思う。



「しっかし、せっかくの勝てるチャンスをみすみす逃してまでこんな子の弁護を引き受けるだなんて……とんでもないことをしてくれたわねぇ? どうする気なのよ、エリナちゃん?」


「す……すみません、イェゴール所長」


「あ、あれは仕方ないですよ! じゃなくったって、誰でも怒りますって!」



 どこに行っても存在を無視され続けてきた俺だが、責めるような言葉にたまらず彼女――エリナの弁護に回ろうと声を上げたとたん、ふたりに怪訝そうな視線を向けられてしまい、たちまち居心地が悪くなってしまった。



「え……ええと……」



 うーん……いきなり呼び捨てにしたのがいけなかったのか?

 い、いや、どうもそれだけじゃなさそうだ。



「ほーら。御者が困ってるじゃない。いつまでもぐじぐじ言ってないの! 準備しなきゃ!」


「……はい。ですよね。みなさんにも手伝ってもらわないと」


「お――俺も手伝うよ、! できることがあったら――!」


「ち・ょ・っ・と・? あんた状況が分かってないみたいだわね、人間族の勇者様?」



 再び俺が口を挟んだのを見計らって、見るからに不機嫌そうな表情をしたイェゴール所長は俺の目と鼻の先で文字通り牙を剥くようにしてそう言い放った。


 今にも頭から丸かじりされそうで怖すぎる。

 漏らしそう。



「いーい?」



 ゴツくてぶっとい指が一本目の前にあらわれた。


 ステキなネイル……ですね。

 鋭く研ぎ澄まされてて、よく切れそう。



「あんたは、あのうす汚い洞窟の中にこそこそ隠れていたから知らないのかもしれないけど! 永きに渡って繰り広げられてきた魔族と人間族の生き残りを賭けた争いは、たった六日前にあたしたち魔族の勝利で終わったの! のよ! お・わ・か・り・?」



 嘘だろ――俺はただ愕然とするしかなかった。



「え――! 人間族が……!?」



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