第10話 まだ中二病が抜けきってないのね
5月の初め、よく晴れた日だった。
「くう、いっしょにお外出ようねー」
ベビーベッドにいる
掃き出しからサンダルをつっかけ庭に出た。ロッキングチェアに空悟を抱っこして座る。母さんたっての希望でつくられた庭は、それほど広くはないけど立派な花壇があり、現在はベゴニアが咲きほこっている。といっても、虫が苦手な母さんは後ろから指示を出すだけで、土で顔を真っ黒にしながら一生懸命植えたのはおれだ。
「アッアー」
空悟が赤ちゃん語でしゃべり、花壇の方に手を伸ばした。
「わかったわかった」
空悟を抱きかかえてレンガの前に座らせる。芝生だからまあいいよね。
尻もちをつくなり、空悟は花壇のわきに生えているたんぽぽに手を伸ばした。
「興味あるのはそっち? 兄ちゃん頑張ってお花植えたんだけど」
空悟は小さな手でたんぽぽをつかみ、ぐいっと引っこ抜いた。
……ベゴニアじゃなくてよかった。
「またくうのこと拉致してー。母さんに言いつけるよ?」
姉ちゃんが窓から顔を出し仁王立ちしていた。
「たった今お昼寝終わったところだから大丈夫だよ」
「なあ」とくうを見たら、花壇の周りに列をつくっているアリに興味津々で、今にも強靭な指先でプチっとつぶしそうなところだった。慌ててその手をつかんで止める。
「だめ! それだけはダメ!」
すると1歳にも満たない弟は不愉快そうに抗議の声を上げた。
「くうよ、狭山家は虫と共存して生きていかないとならないんだ」
「またその話? あんた、中3なのにまだ中二病が抜けきってないのね。受験はそんなに甘くないから!」
姉ちゃんは第一志望の高校受験に失敗し、4月から私立の女子校に通っている。だからおれが真面目に勉強しているのを見ると悔しくてしょうがないのだ。おれが世界を救ったこともとんだ#戯言__ざれごと__#だと思っていて、あの騒ぎの原因はニュースとかでも有力な集団催眠説を信じている。でもその方が都合がいい。勉強すっぽかして人類を救っていたおれたちには、英雄気取りでインタビューに答えている暇なんてないのだ。
「そういえばあの子たち、また遊びに来るんだって?」
螢子と颯也のことだ。
「そ、3人で勉強会。ふたりとも頭いいから超お得!」
ちなみに、螢子はかわいい空悟に会いに、颯也はかわいい螢子を拝みに来る。
「仲良子よしで乗り越えられるほど受験は……」
「甘くないんでしょ? わかってるって。てか姉ちゃん、混ざりたいならそう言いなよ」
「バカ言わないで! 女子高生の寿命は短いの。勉強なんかに時間を使っている暇は、ない!!」
姉ちゃんはこれっぽちも#懲__こ__#りていない。でもそのバイタリティだけはすごいと思う。
「アー!」
兄から目を離されたと思ったのか、空悟がバンバンおれの腕をたたいた。
「どうした?」
「エイ」
空悟の小さな手の平には赤いてんとう虫がとまっていた。ゆっくりと手が閉じる。
「逃がしてあげな。でないと筋斗雲にのれなくなっちゃうぞ?」
「もう、私のかわいい弟にまで変なこと吹きこまないでよ」
「おれだって弟だけど?」
「あんたのかわいさはあのヒーローの仮面をとったときにいっしょに抜け落ちたの」
「それならわりと最近の話だ」
「はあ?」
筋斗雲がどんなものかは知らないはずだけど、空悟は花が開いていくようにぱあっと手を広げた。てんとう虫が飛び立ち空高くのぼってゆく。空悟はおれの腕につかまり立ちをして、ぴょんぴょん跳ねた。
「おお、すごいな! もう立てるんだ」
「うそ!? 母さん呼んでくる!!」
姉ちゃんは黄色い歓声を上げながらリビングに駆けていった。
「
空悟に笑いかけるとこれ以上ないほど無邪気な笑顔でまたぴょんぴょん跳ねた。
「ハハハッ、あっ……」
かわいい足の下でアリンコが踏みつぶされたようだ。
「ほら見て母さん! くうが立った!」
「あらホントだわ! お祝いしなくちゃね!!」
手を叩いて喜んでいる女性陣ふたりの頭上で、楽しげに虫が笑う。
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