第3話 ハエはハエー!!

「最近頭が重いのよねー。疲れがたまっているのかしら?」


「あ、それあたしも。それにさ、なんか気づくとボーっとしてることが多いんだよね。勉強しすぎかな?」


「そうだ、この際旅行でもして気分転換してきましょう!」


「賛成! 父さんだって海外出張してるんだもん。ちょっとくらい旅行しても罰当たらないよ!」


「そういうことだから虹治、留守番よろしくね♪」


「お土産買ってきてあげるからね♪」


「ああ、楽しんできてよ。でもその前に」


 おれは後ろ手に隠し持っていた伝家の宝刀(ハエ叩き)をかまえた。気は進まないが、ここまで来たらやるしかない。


「問題です。地球上でいちばんすばしっこい生き物はなんでしょう?」


「え? 何よいきなり」


「どうしちゃったの?」


「正解はハエです。ハエはハエー!!」


 一瞬、場が凍りついた。


「ブッ……あんた、そんなおもちゃどっから引っぱり出してきたの?」


「そんなかっこでオヤジギャグなんて、冗談きっつ……フフフ」


 母さんも姉ちゃんも、たまらなくなって笑い出した。それは頭の虫にも連鎖した。2匹の虫はおれをあざけるように腹を抱えて笑い転げた。


「隙アリ!!」


 バチッ、ベシンッと思い切り叩きこむ。虫は頭から転げ落ち、ちりみたいに風化した。


 母さんたちも衝撃でその場にぶっ倒れる。


「ダジャレもハエ叩きも中二病も、振り切らなければやってけねーなチクショウ!」


 即席のベルトの鞘にくるりと武器をおさめる。


 ねらいとは少し違ったが、虫にりつかれて症状が進行し始めてたふたりを救うことに成功した。その前に裏の家のじーちゃんで試しておいてよかった。なかなか踏ん切りがつかなくて3回くらい殴っちゃったからな。女性陣ふたりに腫れあとでも残ったら後で何されるかわかんないし。じーちゃんには悪いけど起きたころには忘れてんだろ。




 こうしておれはハエ叩きソードと家族の写真を手に、世界を救う旅に出た。顔を覚えられて恨まれでもしたら嫌だから、小さい頃よく使ってたヒーローの仮面をかぶって。輪ゴムで止めるだけだから痛くて長時間はつけられないという制約つきだ。でもそれがまた予想外の効果を発揮して、2割くらいのひとはこの格好を見ただけで笑い崩れるのだった。ほかの7割は


「フトンがフットンダ、デヤー!!」


「隣んちのヘイはカッコイー、アターッ!!」


「アルミ缶の上にアルミンカ……あっ間違えたっ、エーイ!!」


 ってな調子で、ダジャレというよりはごり押しの一発芸で仕留めた。


 あとのもう1割は、勢いあまって仮面がとれた俺の顔を見て笑った。こういう時は遠慮なくぶん殴ることができるから清々しい気分だった。




 そのうち、この異常な行動に目をつけたテレビ局に追いかけられるようになった。


「待ってください! 少しお話を! これは何らかの反社会行動ですか? それとも、話題を集めて芸人デビューするつもりなのですか?」


「どっちのつもりでもありません! 放っておいてください!」


「あなたがハエ叩きでたたいた人は正気を取り戻すといううわさは本当ですか?」


「裏のじーちゃんはそうでした! っていうかハズいから勘弁してよもう」


 だけどカメラはしつこくついてきた。おかげで素顔を見せない神出鬼没な変態仮面として、日本中に知れわたってしまった。街中でサインなんか求められちゃったりして、正直少し調子に乗った。密着取材をOKしたために、持ちネタ……じゃなくて、お家芸……でもなくて、必殺技……(これだ!)が世間に知れわたった。




 結果、殺虫剤を繰り返しかけられた虫に耐性がつくように、虫たちを笑わせるのはだんだん困難になっていった。だってもうテレビとか動画で何回も見てるんだもん。


「だめだ……このままじゃ世界を救えない」


 あきらめかけたその時、誰かが肩をたたいた。


「ひとりでよくここまでやったな」


「情けない顔しないでよ。私たちも手伝うから」


 それが、颯也そうや螢子けいことの出会いだった。


 ふたりはおれの遠い親戚にあたるのだそうだ。つまり、狭山家の血を引いていて、人面虫が見える数少ない人間だった。テレビに映るおれを見て探しに来たのだという。


「実は俺らも、伝説の武器で虫たちと闘ってるんだ」


「気持ち悪いよねーあいつら」


 突如として現れた味方ふたりに、俺は心からほっとした。けれども、それだけでは乗り切れない問題があった。


「せっかくだけどおれ、どうやらスランプ状態なんだ。もう誰も笑わせる自信がない。世界は君たちふたりで救ってくれ」


「何言ってんの。シャキッとしなさい!」


 螢子が背中をビシッとたたく。


「そうさ。こんなにアホみたいなこと本気でできるのは、世界でお前ひとりだけだって!」


 颯也のグーがわき腹に入る。


「そんなこといっても、新ネタ……いやいや、新技なんてそうそうできるもんじゃないでしょ」


「私が稽古つけてあげるわよ。螢子だけにね!」


 自分で言って恥ずかしそうにしている彼女は、とても可愛らしくて、元気が湧いてきた。


 ボーっと見てたら颯也のチョキが両目を襲った。




 こうして狭山新喜劇団は稽古に励んだ。仲間たちのおかげでおれはスランプを克服し、新たな気持ちで敵に立ち向かうことができるようになった。けど、初めて彼らといっしょに闘ったときは完全に意表を突かれた。


「ゲームオーバーだ、虫ども!」


 と颯也はシルバーの拳銃で遠距離から隙だらけのクワガタを射止め、


「大人しく散りなさい!」


 と螢子はクモに銀色のスプレーを噴射した。奴らは瞬く間に塵になった。


「……ってお前ら笑わせる必要ないんじゃん!!」


 世の中不公平だ。

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