第4話 なんかあいつら、増えてない?

 俺たちはその後も、町から町へ、国から国へと渡り歩き、虫退治を続けた。けどなんでか、被害は減るどころか拡大していく一方だった。そこらじゅうに虫にかれた人があふれ、意味もなく右往左往していた。なのになんとなく動きに統一感があるのが不気味だった。


「なんかあいつら、増えてない?」


「そうね……っていうかそれ今さらな質問なんだけど」


「ああ、お前はとっくに気づいてるんだと思ってたよ」


「え、どういうこと?」


 ふたりはため息交じりに教えてくれた。


六佐ろくすけの伝説はあなたも知っているんでしょ?」


「まあ大体は」


「あの変な虫は、六佐が虫を惨殺するたびに現れたのよ」


「え、じゃあ……」


「狭山の血筋の誰かが大量に虫を殺したってことだな」


「なんてはた迷惑な! でもそういや、心当たりがある。人面虫が出始めたころ、うちの母さんと姉さんが、家に侵入したアリを殲滅せんめつさせようとして、手当たり次第アース的なものを振りまいたんだ。家の中はもちろん、庭の隅々まで探してさ。そのせいで観葉植物もかなりダメにしてたっけな」


 螢子けいこは首を振った。


「それぐらいじゃここまでの規模にはならないわ。そもそも、伝説の内容と肝心なところがかみ合ってない」


「肝心なところ?」


「虫を殺した六佐張本人には、なぜか呪いがかからなかったのよ。あなたのお母さんとお姉さんは、早いうちに症状が出始めたのよね?」


「うん、確かに」


「ってことは、答えはひとつだな」


「……と、言いますと?」


 颯也そうやはおれに向かって銃を突きつけた。


「お前が虫殺しの犯人ってことだよ」




 ジャジャジャジャーン(ベートーベン 交響曲第5番『運命』)




「……ちょ、ちょっと待てよ!」


 ついノリで効果音を鳴らしてしまった。


「そんなのただの言い伝えじゃないか!」


「現にその言い伝えのおかげで、俺たちはここまで人生を左右されているんだぜ? ありふれた楽しいはずの青春を奪われてるんだ!」


「颯也、銃をしまって。どうせその軟らかい弾じゃ人間は殺せないんだから」


「気絶させるくらいはできるだろうさ」


 慌ててハエ叩きソードを楯にする。


「……プッ」


 と颯也が吹き出す。……やっぱりこんなもんじゃ世界は救えない!!


「……悪い、ちょっとイラついてたんだ。最近どこもかしこもこんな光景だからさ」


 颯也は今しがたフラフラと横切って行った焦点の定まっていないお婆さんを目で示した。頭の上には、ぱっちり二重の間抜けな顔の蝶が1ぴき。


「お前って考えなしに突っ走ってるように見えて、実はけっこう先のことも視野に入れてたりするじゃん? だからきっと今も計画性があって動いてると思ってたんだ」


「そらぁ買いかぶりすぎですよ旦那」


「だな。」


「異議なし。」


「ちょっとは否定しろよ」


 螢子と颯也が笑い、少し空気が和んだ。だてに人を笑わせてきたわけじゃない。


「でも、虹治がこの怪奇現象の原因じゃないにしても、考え方の方向性は間違ってないと思う。言い伝えじゃ、人面バエが現れるのは六佐に近しい人の順だから」


 螢子はすうっと深呼吸をした。


「ねえ虹治、私ずっと考えてたの。虹治のお父さんて、今どうしてる?」


「さあ。最後に会ったときは海外出張するっていってたけど、あれから音信不通なんだ」


「じゃ、今度こそ決まりだな」


「まさか、父さんがこの大惨事の原因だっていいたいのか? スター○ォーズじゃあるまいし! ハハハ……」


 今度は誰も笑ってくれなかった。


「虹治、大事なことを忘れているわ。私たちはB級映画みたいな状況をすでに何度も経験しているのよ。この先何が起こったって不思議じゃない」


 螢子の言葉に、颯也も腕を組んでうなずく。


「むしろこの展開は必然だな」


「そんな、どうしてふたりともそんなに冷静でいられるんだよ!」


 くそっ、なんか乗せられてる気がするけどいちおういっておくか……


「うそだぁーーーーー!!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る