第35話 魔物を秘めた男の子

 シルキオの深い懺悔と告白は続く。


「ザカイロが狼神復活の儀式を完成させるためにわしらの一族に近づいたと知ったとき、わしはザカイロに信頼を裏切られた思いでいた。だが、どこかでわしはザカイロのことを憎みきれずにいた。わしは気づいたのだ。ザカイロこそが、魔物を内に秘めた、物語の男の子だったのだ」


 祖父の言葉の意味がシルキルにはまったくわからなかった。

 だが、ヒラクにはそれが何のことを言っているのかがわかった。

 それは、少年だったシルキルの祖父シルキオと一体化したとき聞いた、ザカイロが語っていたという物語のことだ。


 悪い魔物に囚われた女の子を救うために、別の魔物の眠りを覚まそうという男の子がいる。だが本物の魔物は、魔物の力を借りようとする男の子の中にこそいる。そんな話だ。


「囚われた女の子はプレーナに? 眠りについた魔物は狼神? 狼神復活の儀式で眠りを覚まそうとしていたのか……」


 口をついて出た言葉にヒラクは自分で驚いた。

 

 ヒラクはセーカの『井戸の間』で過去の光景を見たのだ。

 プレーナに向かう若い娘たちの中にキルリナという少女がいた。

 その少女の恋人がザカイロだった。

 ザカイロは恋人を奪ったプレーナを憎んでいた。

 そしてプレーナから恋人を取り戻すためにプレーナに対抗できる力を必要とした。

 それが狼神であり、目覚めさせるための儀式を執り行うことに決めたのだ。

 

 すべての出来事がヒラクの中で一つにつながろうとしている。


「やはりすべてお見通しですか……」


 シルキオは暗い表情で力なく笑う。


「ザカイロは死んでも、内なる魔物は次の男の子の中に甦った。わしがかわいがった小さなミカイロ……。あの子を通じて、わしはまだザカイロとつながっていた。あの子は時々わしのもとにきては、わしがザカイロのもとで学んだときのように、貪欲に知識を得ようとしていた。

 わしは、病に伏すザカイロにミカイロから小瓶を渡してもらうことも何度か考えた。

 ……だができなかった。もしもそうしていたならば、ザカイロの中の魔物は死んで、ミカイロもまた救われたかもしれなかったのに……。ミカイロの中の魔物がミカイロに実の父親を殺させた……」


 そう言ってうつむいたシルキオはふと顔を上げ、ヒラクを見た。


「今からでも遅くはない。せめてザカイロの代わりに、その小瓶をミカイロに渡すことはできないでしょうか」


「……ミカイロは死んだんだ」


 言いにくそうにヒラクは言った。

 シルキオは驚愕した。


「そんな、いつ……?」


「数日前に」


「そうですか……。それであなたが小瓶を取り返しにきたというわけですか」


 シルキオはぽつりとつぶやいた。


「すべて終わったのですね。あとはわしが裁きを受けるのみ。覚悟はできています。ヴェルダの御使みつかいよ」


「まだ終わっちゃいない。でも、終わらせる」


 ヒラクはきっぱりと言った。


「それから、おれはあんたを裁かない。あんたも自分を責めちゃだめだ。プレーナだって、狼神だって、誰のことも裁けやしない」


 言葉と共に吐き出した息が熱いのをヒラクは感じた。

 怒りともちがう、力がみなぎるような湧き上がる思いに、自分自身驚いていた。


 ヒラクの言葉を聞いたシルキオは、目の中に涙をため、両手で顔をおおい、後方に倒れこむようにして枕に頭を落とした。


「おじいちゃん!」


 シルキオは孫の呼びかけに答えない。

 シルキルは顔をおおう祖父の両手をそっとはずした。

 祖父はまぶたを閉じていた。


「死んだの?」


 ヒラクは驚いて聞いた。


「いえ、眠っているだけです」


「そっか」


「こんなに穏やかな表情で眠る祖父を見るのは初めてです」


 シルキルは目に涙を浮かべながら静かに微笑んで、安らかな祖父の顔をみつめた。

 ヒラクは寝台の脇に置かれた木箱に小瓶を戻した。


「それはあなたが持っていてください」


 シルキルはヒラクに言った。


「だって、これは……」


「あなたならきっとそれを本物のヴェルダの御使いに返すことができるはずです」


「おれが?」


「お願いします」


「……わかった」


 シルキルに頼まれ、ヒラクは小瓶を受け取ることにした。


「もうすでに、どうやって分配交換の場をかき乱すか、その方法をお考えですか?」


「全然考えてない」


 シルキルに尋ねられ、ヒラクはけろっとした顔で言った。


「それより、分配交換の場所ってどこ?」


「プレーナ教徒たちの居住区の通気孔から出てすぐの東の砂漠に面した辺りになります」


「通気孔から出れるの?」


「ええ。階段がありますから」


「ちょっと見てくる」


 そう言って、室を出て行こうとするヒラクをシルキルは引き止める。


「待ってください。カイルが来るまでここにいた方が……」


「こっちから行くよ」


「でも……」


「カイルに会えなかったらすぐ戻ってくるよ」


「……」


 シルキルはそれ以上何も言えなかった。ヒラクがおとなしくいうことを聞くような性格ではないことは、すでにわかっていた。


 シルキルは狼神の旧信徒たちが作業場に出るときに、ヒラクを広場近くの調理場に紛れ込ませることにした。食糧分配の時間に石扉があけば、カイルの仲間たちと合流できるはずだ。


 だが「罪深き信仰者」たちはすでに老主の命令でカイルとヒラクを捕らえるために動いていた。

 カイルに協力したサミルとセミルとジライオは、すでに審問の牢獄に放り込まれていた。


 ヒラクが捕まるのも時間の問題だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シルキオ…プレーナ教徒セーカの歴史研究者。

     ザカイロを兄のように慕い、幼いミカイロを可愛がる。

シルキル…シルキオの孫。小柄で巻き毛の少年。カイルの仲間。


ザカイロ…ヒラクが『井戸の間』で見た青年。恋人キルリナはプレーナへ旅立つ。

ミカイロ…ザカイロの孫。祖父に心酔し、父親を殺し狼神の使徒の中心人物となる。


【現在の動向】

ヒラク…同じ緑の髪をしているため、プレーナの使徒であるヴェルダの御使いに間違われる。地下ではぐれたユピを探している。本物のヴェルダの御使いも現れる分配交換の儀式を混乱させユピを取り戻そうとしている。


ユピ…狼神復活の儀式で何者かに目覚める。地下で所在不明。


カイル…狼神復活の儀式から消えたテラリオの行方を追っている。


テラリオ…ユピを狼神復活の儀式の生贄とするが、逆にユピに支配され、その後消息不明となる。


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