第29話 ぶち壊せ

 ヒラクは山越えの時に現れる謎の狼を思い浮かべながらも、頭を振ってセルシオをにらみつけた。


「ユピは狼神とは関係ないって言ってるだろう!」


「俺も納得がいかない」


 カイルも言った。


「あの神帝国人は、七年前はまだほんの小さな子どもだったはず。その子どもがどうやって神帝国からここまで逃げてこられるっていうんだ。大体そんな子ども一人探すために神帝国の奴らがわざわざここまで乗り込んできたっていうのか?」


「もうそんな話どうでもいいよ!」


 ヒラクは苛立ちと不安を爆発させるように言った。


「テラリオは器の奪還に成功したらここに戻ってくるって言ったよね?」


 ヒラクはセルシオに確認した。


「でもテラリオはここには来ない。あんたが手を貸すっていうのをあてにしてないんじゃないのか?」


「ふん、そんなこと言ったのか」


 ヒラクの言葉を聞いて、カイルはセルシオを見た。


「あいつは確かに目的のために人をうまく利用してやろうって奴だ。でも肝心なことがわかってなかったな」


「どういうことだい?」


「最初から、あいつはこの計画を一人でやり遂げようとしていたってことだ。結果的に、利用するはずが利用された形にはなったが、あいつはもともと誰かの手を借りようなどとは思っていなかったってことだよ」


「じゃあ、今も一人で……」


 シルキルは、考えを巡らせるように口元に手をあててつぶやいた。


「何にしても、この地下でテラリオを探し出すのは不可能だ。あいつは隠し通路にもくわしい。それよりも、奴が確実に現れる場所で待ち構えている方が早い」


「どこ? 知っているなら最初から教えてくれればよかったのに!」


 ヒラクはカイルにつかみかかって言った。


「そう、かみつくなって」


 カイルはヒラクを引きはがす。


「あいつが確実に現れる場所、時間もわかるさ、それは……」


「分配交換の場だね」


 シルキルがカイルの言葉を引き継いだ。


「そうだ、分配交換の場にテラリオは確実に現れる。取り戻した神帝国人をその場で殺すためにな」


「そんなことさせるもんか」


 ヒラクは、カッとなって叫んだ。

 カイルはヒラクの頭に軽く手を置くと、顔をのぞきこみながら言った。


「そうさせたくないなら、おまえが止めろ」


「……どうやって?」


 ヒラクは表情を引き締める。


「混乱を引き起こすのは得意なんだろう?」


 カイルは挑発するように笑うと、語気を強めて言葉を放つ。


「分配交換の儀式をぶち壊せ」


「カイル、そんなことをしたら……」


 セルシオは口をはさんだが、それでどうなるかということまでは予想がつかない。


「儀式にはテラリオがおびき寄せた神帝国の奴らが攻めてくる。その混乱に乗じて神帝国の小僧を取り戻せ」


「カイル……」


 ヒラクは子犬がなつくような目でカイルをじっと見た。


「かんちがいするな。俺はただテラリオに手を汚させたくないだけだ。共に神帝国で生きる以上、いつかそれが罪に問われるような真似をさせるわけにはいかない」


「テラリオと共に生きる? アクリラは?」


 ヒラクが尋ねると、カイルは表情を曇らせた。


「これからアクリラのところに行って、すべてを話してくる。神帝国に共に行かないまでも、セーカの混乱に巻き込まれないようここから連れ出す」


「そんなことしたら、アクリラの口から老主に知れるかもしれないよ。神帝国が攻めてくるかもしれないなんてわかったら、そのきっかけになる分配交換だって取りやめになるかもしれないじゃないか」


「分配交換を取りやめることはありえません」


 セルシオはヒラクの言葉を否定した。


「分配交換の儀式はプレーナとの契約の確かな証であり、生命の水を得ることはプレーナ教徒たちにとって何よりも大切なことです。仮に老主がその計画を知ったとしても、儀式を汚した者にはプレーナの神罰が下ると信じて疑わないでしょう」


「プレーナの神罰って何?」


 ヒラクはセルシオに尋ねた。


「さあ……。その神罰さえあるのかどうかもわかりませんから。そこにいるヴェルダの御使いがどう出るかもわかりませんしね」


 セルシオは困ったように言った。


「ヴェルダの御使いか……」


 ヒラクは、当初の目的を思い出したかのように、石床をじっとみつめてつぶやいた。


「黒装束の民ってのにも会えるんだね」


「まだそんなこと言っているのか」


 カイルはあきれたように言った。

 だがヒラクは何かひらめいたかのように顔を輝かせた。


「そうだ、うまくすればユピを取り戻して、そのまま一緒にプレーナに向かえるかもしれない。ヴェルダの御使いに直接頼めばいいんだ」


「プレーナに向かうって……」


 シルキルは驚いたようにヒラクを見た。


「おれとユピはプレーナに行くためにここまで来たんだ」


「それもこれも小僧を取り戻せてからの話だろう」カイルが言った。「とにかく俺はもう行く。おまえはぎりぎりまでここにいろ」


「えっ、なんで?」 


 自分もついていこうとしたヒラクは不思議そうにカイルに言った。

 そんなヒラクにカイルはあきれ顔で言う。


「おまえ、老主のところから逃げ出してきたんだろう? 戻ればすぐに捕まって今までどうしていたか聞かれるに決まっている。おまえみたいにあけすけな人間がすべて隠しとおせるとは思えないからな。アクリラが老主にすべて話すってことより、おれはおまえが心配だ」


 カイルの言葉を腹立たしく思いながらも、ヒラクは老主の追及はごめんだと思った。


「とにかく今はプレーナのことより、分配交換の場を壊して神帝国の小僧を取り戻すことだけ考えろ。儀式までは確実に小僧も無事だ」


 そう言って、カイルはヒラクに背を向けた。


「待って、カイル」


 去りかけるカイルにシルキルは駆け寄った。


「あの人、プレーナに向かうって言ってるけど……、でも、あの人は……」


「あいつだけならプレーナを目指すことができるだろう」


 それを聞いたシルキルは驚いてヒラクを見た。


「まさか、あの人が……?」


「たぶんな……」


 そう言い残して、カイルは室を出て行った。


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【三神関係図】https://kakuyomu.jp/my/news/16817330655892794853


【登場人物】

ヒラク

山の向こうからやってきた緑の髪の子ども。母はプレーナの信仰者だった。同じ髪色のヴェルダの御使い」に間違われる。地下で離ればなれになったユピを探している。


ユピ

ヒラクと共に育った銀髪碧眼の美少年。その容貌は神帝国の人間の特徴とされる。狼神復活の儀式で「目覚めの器」として利用されるが……。


カイル

プレーナ教徒でありながら労働に従事する「罪深き信仰者」。自由を求めてテラリオと共に神帝国に逃れようとしていたがアクリラと共にセーカに残る道を選ぶ。


アクリラ

敬虔なプレーナ教徒。ヒラクを「ヴェルダの御使い」と信じ、病の母を救うためセーカに招き入れる。


テラリオ

「罪深き信仰者」であると同時にプレーナ教徒でありながら狼神を信仰する「異流の使徒」として狼神の使徒に近づく。ユピを利用して神帝国に逃れようとしている。


シルキル

狼神の旧信徒居住区に住む小柄な巻き毛の少年。代々学者の家系で歴史に詳しい。


セルシオ

シルキルの父。歴史研究家であり九人の狼神の使徒のうちの一人。ミカイロの父の親友で狼神復活の儀式の秘密をすべて知る人物。


ミカイロ

狼神信仰の中枢である狼神の使徒の中心人物。神帝国とも裏で繋がりがある。ユピを狼神の器とみなし、狼神を復活させようとしていたが死亡。


ザイル

ミカイロの父。父はプレーナ教徒でありながらも狼神復活の儀式を考えついた異流の使徒で母は狼神の使徒の一族。


老主

プレーナ教の教主。ヒラクを捕え、分配交換の儀式の生贄にしようとしていた。



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