第22話 シルキルとの出会い

 労働力にならない狼神の旧信徒のへやに隠された抜け道に入ったヒラクは、暗闇を手探りで歩きながら、やっとカイルに追いついた。


 ヒラクはカイルに続いて、抜け道の先にあったあなから飛び出した。


 入り口の孔は狭いが、抜け道の先にあったへやは広く、奥行きがあり、一つのランプでは部屋の隅まで灯りが届かないほどだ。


 薄暗い中、その場にいた四人の若者たちが、いっせいにヒラクを見た。


 カイル以外は全員狼神の旧信徒だ。


 ヒラクのすぐ前にいる二人はやせてはいるが、プレーナ教徒たちのようなひ弱な印象はなく、しまった体つきをしていて、首の周りやむきだしの腕は日に焼けていた。


 若者たちはヒラクの緑の髪を見て呆然としている。


 ヒラクが頭からかぶっていた布はあなの中を四つばいで移動していたときに、わずらわしさにとってしまっていた。


「カイル、どういうことだ?」


「まさかそいつが、テラリオが言っていたセーカに入り込んだというヴェルダの御使いか?」


「ああ、そうだ。こいつは一緒に地下に入り込んだ神帝国の人間を探してここまできた。今どこにいる? テラリオも一緒なのか?」


「カイル、おまえ一体どういうつもりだ? なぜヴェルダの御使いをここに連れてきた?」


 日焼けして肌が赤みがかったそばかすの青年ハリルがカイルに詰め寄った。


「計画通りプレーナ教徒たちの目をそいつにひきつけておけば、俺たちも動きやすくなるっていうのに」


 隣にいた長身の青年クライロもつけ足すように言った。


「何が計画だ。すべてがおまえらの思うとおりに事が運ぶことを前提とした計画なんて穴だらけだ。実際、俺がこんなことするなんて、おまえら予想もしなかっただろう」


 カイルは二人に言い返した。


「……もっと慎重になるべきだ」 


 カイルは後悔を含んだ声で言った。


 カイルは、テラリオが最初から自分とカイルが逃げ出すことしか考えていなかったことを知っている。後の人間は捨て駒だ。それを知っていたからこそ、カイルはどうしてもこの計画の遂行に賛同することができなかった。

 それに、すべての人間が彼らのように持ち駒を演じてくれるわけではない。

 決して甘く見てはならない人物がいる。


「ミカイロを甘くみない方がいい」


 カイルのその言葉は、若者たちに重くのしかかった。

 誰一人、何か言い返すこともできない。


 そんな重い空気を気にする様子もなく、ヒラクは「祈りの言葉」で尋ねる。


「ねえ、ユピはどこ? ユピを連れて行った奴はどこにいるの?」


 さきほどからカイルたちはセーカの言語で話していた。

 自分の知らない言語で話され、話の内容がわからないことにヒラクはずっと苛立っていた。


「今それを聞き出しているところだ。順を追ってこいつらにも説明しなければならない。いいから黙ってろ」


 カイルは言うが、ヒラクの気はおさまらない。


「もういい。こんなところで時間を無駄にするぐらいなら、おれはおれで勝手に探す」


 ヒラクはカイルに背を向けて、その場から去ろうとした。


「待て」


 カイルはヒラクの腕をつかんで引き止めた。


「おまえに勝手にうろちょろされちゃ困るんだよ。ましてやここは狼神の旧信徒の居住区だ。ヴェルダの御使いを連れ去ったと嫌疑をかけられて、多くの無関係な人間が老主に審問の牢獄に放り込まれることになる」


「おれはヴェルダの御使いじゃない。老主も知っているよ」


 ヒラクはカイルの手を振り払った。


「そんなことは関係ない。老主は狼神の旧信徒たちを捕らえるための口実なんて何でもいいんだ。おまえは関係のない人間まで巻き込むつもりか」


 カイルの言葉にヒラクは言葉をつまらせた。


「カイル、今、言ったこと……」


「ヴェルダの御使いじゃないって、どういうことだ?」


「わかる言語で話してよ」


 ヒラクは、ハリルとクライロをにらみつけた。


「あの、つまり、その……」


「アナタ、ちがう? 『ヴェルダのミつかい』」


 ハリルとクライロは、ヒラクと同じ言語でしどろもどろに言った。


 狼神の旧信徒の子どもたちはプレーナ教徒の子どもたちのような学校に行くことはなく、物心ついたときから地上の労働を強いられている。

 それでも「祈りの言葉」はプレーナ信仰の証とされているため、幼い頃から学ぶことを強要されていた。だが普段それほど使い慣れている言語でもないため、いざ話すとなると、すらすらと言葉が出てこない。


 ヒラクがイライラしていると、少し離れた場所にいた一番小柄な少年が、ヒラクの前に進み出て、「祈りの言葉」で流暢に話しかけてきた。


「あなたはヴェルダの御使いではないのですか?」


 彼の名前はシルキルという。

 栗色の巻き毛のまだあどけない少年だ。

 年はユピと変わらないが、ヒラクと並んだ方がつりあいが取れるほど幼く見える。


 シルキルの一族は、もとは狼神の信徒ではない。「祈りの言葉」に代わるセーカの日常語を作った学者の一族だ。


 彼の祖先は地上で生活していた頃から、自分たちの住む土地の歴史を研究し、古い文献を探るうちに、時代によって用いられる言語が異なることに注目した。

 多くの文献は「祈りの言葉」を用いて書かれている。

 その中でも貴重なものとされたのは、神託や預言の類だった。

 神が「祈りの言葉」を語ったとされたことから、この言語を神聖化したのがプレーナ教徒だった。


 当時の老主は「祈りの言葉」をプレーナへの祈り以外の目的で使うことを禁じた。 

 シルキルの祖先は、「祈りの言葉」が神聖化されることによってセーカの民の手から離れていき、さまざまな文献が示す歴史が誤って認識されることを危惧した。

 そこで彼は嘘偽りのない歴史の探求、言語研究を一族が担うべき家学とした。

 こうしてシルキルの一族は、それまでの研究成果や資料を受け継ぎ、それをさらに発展させていくことに代々努めることとなった。


 だがその姿勢はプレーナ教徒の反感を買った。

 彼らが発見した文献が狼神信仰の栄えるきっかけとなったからだ。


 その文献はプレーナよりも前に狼神の原型と思われる古い神が存在したことを示すものだった。

 狼神の使徒たちは彼の一族の研究を奨励した。

 だが、プレーナにより狼神は封印され、セーカの民も地上の生活を奪われた。

 そこから狼神の旧信徒と呼ばれる人々の虐げられた日々が始まった。

 シルキルの一族も狼神の信徒の汚名を着せられ、狼神の旧信徒たちの居住区に追いやられた。

 それでも彼らの一族は、今のシルキルの代にいたるまで、この地の歴史と言語の探求を細々と続けている。


「あなたはどこから来たのですか?」


 シルキルは澄んだよく通る声でヒラクに尋ねた。


 ハリルとクライロは顔を見合わせた。

 いつもおとなしく、ただ年長の者たちの後についてくるだけのシルキルとは様子がちがう。幼さの残る目も今は鋭くヒラクを見すえている。


「シルキル、今はそんなことはどうでもいいだろう。テラリオをみつけて計画を阻止しなければならないんだ」


 カイルが横から口を挟んだ。


「カイルが止めるまでもないよ」


「どういうことだ?」


 カイルがシルキルに尋ねると、ハリルとクライロが代わりに答えた。


「ミカイロ様が神帝国の人間を俺たちに引き渡すことを拒んだんだ」


「テラリオは力づくでも取り返すって、それでミカイロ様のところに一人で行っちまった。俺たちにここで待つように言い残して」


「何だって!」


 カイルは一足遅かった。

 テラリオは、すでに動き出していた。


https://kakuyomu.jp/my/news/16817330655333099336 

 


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