第21話 狼神の旧信徒居住区

 アクリラがカイルの中まで罪深き信仰者である仲間を呼びに行ってから、もう半刻は過ぎている。

 カイルがしびれを切らした頃、サミルとジライオがやってきた。サミルの弟のセミルもいる。外で労働もする三人は広場にいるプレーナ教徒たちよりもたくましい体格をしている。


 カイルから事情を聞くと、三人はカイルと共に狼神の居住区に続くあなをふさぐ円石を動かした。

 青年たちの身長ほどの高さしかない円石はそれほど大きいものではないが、動かすとなると最低でも三人は必要だ。慣れた仕事とはいえ、重い石を動かすのは容易なことではなさそうだった。

 一度動くと石はゆっくり回転し、扉の隙間を広げていった。 


 ヒラクとカイルが狼神の旧信徒たちの居住区へと続くあなをくぐりぬけると、その先には調理場があった。働いていた女たちは一瞬驚いたようにヒラクたちを見たが、その手を休めることはなく、まるで労働のためだけに存在しているかのように、忙しく働き続けていた。


 さらに通路を進んだところにある広い作業場には、たくさんの女たちがいて、棒と岩のかけらを組み合わせた織機の前に何列にも連なって座っていた。女たちは二種類の布を織っている。一つは目数が多く、織るのに手間もかかり、図柄も複雑で専門的技術を要する絨毯で、もう一つは織りも粗く、図柄も単純で簡素な厚手の敷布だ。いずれも羊毛を草木で染めた糸を使っている。

 織物作業場の女たちはみな疲れた顔をしながら、ただ黙々と働いていた。

 ヒラクは通路につながる孔から物めずらしげにその様子を眺めていたが、すぐにカイルに腕を引かれて、通路のさらに先へと進んだ。


 階段を上っていくと、三階層の狼神の旧信徒たちの居住区にたどりついた。この時期、多くの男たちは南の地へ労働に出かけていてしばらくは帰ってこない。そのためほとんど人目につくことなく、カイルとヒラクは居住区の中を歩くことができた。


 やがて、数あるへやの一つにカイルは足を踏み入れた。

 そこには多くの病人や年寄りがいた。疲れきったようにその場に座り込む老婆、やせこけてうつろな目をした子どもたち、そのそばにいる母親らしき女は目が見えないらしく、カイルとヒラクの気配に気がつくと、片足をひきずりながらはうようにして施しを請おうとした。


「ここは狼神の旧信徒たちのうち、働けなくなった者たちの室へやだ。労働に従事できない者はここでは生きていけない。ただでさえ食糧の配分は限られている」


 カイルは目の前の光景に顔をしかめる。


「……何が罪の贖いの労働だ。一部の奴らがいい思いをするためだけに働かされているだけだ。さっき織物の作業場で二種類の織物が織られているのを見ただろう。美しい方の織物はミカイロが神帝国に献上して利益を得るために女たちに織らせているものだ」


 カイルは憎々しげに言った。やせ衰えた子どもの体をただなでさすってやるしかできない盲の母親を見ていると、その不条理に怒りがこみ上げてくる。

 ヒラクはそんな状況に少なからず疑問を感じていた。


「……この人たちは老主を憎んでいるの? だからプレーナよりも狼神を信じるの?」


 ヒラクが言うと、カイルは鼻で笑った。


「そんな単純なことじゃない。狼神の旧信徒たちはミカイロの支配も受けながら、狼神の使徒たちにも搾取されている」


「さくしゅ?」


「わからなくていい。どのみちおまえには関係のないことだ」


 カイルは首をかしげるヒラクを冷たくあしらった。

 そしてへやの隅に行くと、壁にもたれて座り込んでいた片足の男に食糧庫から持ち出したチーズの欠片と干し肉を手渡した。

 男は尻を横にずらしてその場所をよけた。

 そこには男の座高ぐらいの孔があいていた。


「行くぞ」


 カイルは四つんばいになり、孔の中に入っていった。


 足の先までカイルがすっかり孔の向こうに隠れてしまうと、ヒラクもあわてて後に続いた。


 あなの向こうはすぐ立ち上がれるようになっていた。

 暗闇で何も見えず、四つんばいのままさらに先へ進もうとするヒラクをカイルが抱き起こす。


「ここからはまっすぐだ。壁づたいについてこい」


 カイルに言われたとおり、ヒラクは両手で狭い隙間を確かめながら、慎重に前に進んだ。


 カイルはとうに先に進んでいる。


 ヒラクは同じように早く進めない自分に少し苛立った。


 暗闇の中、両側の壁に圧迫されて、ヒラクは息苦しさを感じていた。閉塞感が不安を掻き立てる。


(ユピ……どうか無事でいて……)


 ユピの白い横顔が、暗闇の中、浮かんで消えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【登場人物】

ヒラク

山の向こうからやってきた緑の髪の子ども。母はプレーナの信仰者だった。同じ髪の色をしていることからプレーナの眷属とされる「ヴェルダの御使い」に間違われる。地下で離ればなれになったユピを探している。


ユピ

ヒラクと共に育った銀髪碧眼の美少年。その容貌は神帝国の人間の特徴とされる。テラリオに狼神の使徒の元に連れて行かれる。


アクリラ

敬虔なプレーナ教徒。ヒラクをヴェルダの御使いと信じて疑わない。審問の牢獄に囚われたカイルとユピを救出する。


カイル

プレーナ教徒でありながら労働に従事する「罪深き信仰者」であり、狼神の旧信徒の若者たちの仲間でもある。自由を求めてテラリオと共に神帝国に逃れようとしていたが断念。暴走するテラリオの身を案じている。


テラリオ

「罪深き信仰者」であると同時にプレーナ教徒でありながら狼神を信仰する「異流の使徒」として狼神の使徒に近づく。カイルの心を奪ったアクリラを憎むが、カイルにアクリラを連れてセーカを出るよう言い残し、姿を消す。


老主

プレーナ教の教主。セーカの最高権力者。ヒラクをヴェルダの御使いとは思っておらず、怪しんで捕えていたが逃げられる。狼神の旧信徒たちを蔑みながらも、その中心である狼神の使徒を警戒している。


ミカイロ

狼神信仰の中枢である狼神のの使徒の中心人物。ユピになみなみならない関心を抱く。謎の多い人物。


罪深い信仰者についていの解説とセーカと関りの深い三神の関係図https://kakuyomu.jp/my/news/16817330655076705634

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