第18話 審問の牢獄
テラリオが姿を消した後、突如現れたヒラクにカイルは驚きを隠せなかった。
「ユピはどこだよ!」
テラリオがユピに対して何かしようとしていることがわかったヒラクは、その仲間であるかもしれないカイルのことを警戒し、カイルをにらみつけている。
一触即発の沈黙を破ったのは、アクリラの驚きを含む声だった。
「まあ、あなたはヴェルダの方ではありませんか」
ヒラクが飛び込んできた
「……おまえ、ここで何してるんだ?」
アクリラはヒラクに通じるように「祈りの言葉」の言語で話したが、カイルはあえて神帝国の言語で問いかけた。ヒラクがどこまでテラリオとの話を理解していたかを確認するためだ。
けれどもヒラクが答える前に、アクリラが二人の間に割って入った。
「ああ、ありがとうございます。ヴェルダの方がカイルを救いに来てくださるなんて。カイル、やっぱりあなたは何も悪くないのよ」
アクリラは喜びをかみしめるように胸の前で手を合わせ、祈りの言葉をつぶやいた。
「どうしてこんなところに二人ともいるの?」
テラリオに続いてアクリラもこの場に現れた意味がヒラクにはわからない。
ヒラクの質問にアクリラは潤んだ瞳でヒラクを見た。
「あなたを母のもとにお連れしたときには、母はすでに息をひきとっていました。もう少し到着が早ければ……。でも母はこうなることを望んでいたのかもしれません。己の罪の深さを受け入れて、母は安らかに逝きました。それなのに母が死んだのはヴェルダの御使いに失礼があったから、そのための怒りではないかと老主様がおっしゃって、カイルをこの審問の牢獄に投獄したのです」
同じような空洞が連なるこの場所は、「
囚人を放りこむ際、出口まで戻れないよう混乱させるために数人の看守が空洞のランプに無作為に火を灯してまわる。それでもここから抜け出せた者は、プレーナから見逃された者とされ、その咎を責められることはない。
生まれつき罪を背負って生きることを定められたプレーナ教徒にとって、互いを裁くことは許されず、すべてプレーナに委ねなければならないとされている。
この場所は、かつて狼神信仰が栄えたときには処刑の場とされていた。背信者とされる多くのプレーナ教徒が中心の柱にしばりつけられ、そのまま暗闇に放置されていたのである。そのような忌まわしい場所にたった一人でアクリラはやってきたのだった。
「カイルは何も悪くありません。私の祈りがヴェルダの
アクリラは何の疑いもない目でヒラクを見る。
それでもヒラクはきっぱりと言った。
「おれはヴェルダの御使いなんかじゃない」
アクリラはよくわからないといった顔で首をかしげる。
「なぜそのようなことをおっしゃるのですか?」
「なぜって、ちがうからちがうって言ってるんだよ」
ヒラクの言葉にアクリラはますます困惑する。
「そんなことよりおまえ! ユピをどうする気だよ!」
ヒラクは切迫した様子でカイルに言う。
「ユピはここにいるのか? さっきの男といっしょなのか? ユピはあいつのせいでひどいめにあわされようとしているんだろう?」
「おまえ、やっぱり聞いていたんだな」
カイルが言うと、ヒラクは黙ってうなずいた。
ヒラクはユピにアノイの言語を教えながら、自分もまたユピの言語を教わっていた。それほど流暢には話せないが、何を言っているかぐらいはわかる。
ただ、カイルとテラリオの話す神帝国の言語は、ユピが話すそれとはちがい、独特のなまりのようなものがあり、ところどころわからない部分もあった。
それでも、二人の表情や言葉の調子から、ヒラクはなんとなくは話の内容を理解していた。そして「神帝国の人間」とはユピのことで、満月の夜には殺されるということがはっきりとわかった。
「おれは、ユピを助けたいんだ。ユピはおれにとって大事な家族なんだ」
必死に言うヒラクの様子にカイルの心が動いた。同じ気持ちをカイルもまたテラリオに対して抱いている。
「……わかった。俺もあいつのすることをこのまま見過ごすわけにはいかない」
カイルは緊張した面持ちで言った。
「アクリラ、行くぞ」
アクリラはまだ困惑していたが、とりあえずカイルがここを出ると言ったことにほっとした様子で、糸巻きを手に持ち直してうなずいた。
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