第15話 空洞の迷宮

 ヒラクは暗い通路を進んでいく。

 いつまでたってもどこにも行き着かない。

 ランプの明かりは闇に吸い込まれ、足元も照らし出さない。

 ヒラクは閉塞感に息が詰まりそうだった。


 疲労を感じ始めた頃、行く手がぼんやりと明るくなり、ヒラクはほっと息を吐いた。

 けれどもたどりついた場所は、ヒラクが想像していたような明るい室ではなかった。


「何だ? ここ」


 そこは奇妙な空洞だった。

 中心には天井と床とをつなぐ柱がある。

 柱の上部は四角形にくり抜かれ、そこに火の灯ったランプが一つ置かれている。 

 柱を中心に、今入ってきた通路の孔の他にどこかに通じるあなが二つ、三方向に等間隔にあった。


 二つのうち一つのあなを抜けると、さらに同じ広さの空洞があり、さらにまた孔が二つあった。ここにも柱が中心にあり、ランプが置かれていた。


 さらに二つのあなのうち一つを選んで先を進めば、また同じ空洞があった。

 だが、この空洞の柱に置かれたランプは消えている。

 そこもまた三方に孔があいていて、入ってきた孔以外の二つの孔のうち、一つは暗く、一つはかすかに明かりがもれている。


 明かりの漏れるあなをくぐるとまた同じ広さの空洞で、中心の柱の四角い孔に置かれたランプが辺りを照らしていた。

 まるで蜂の巣のような構造で、ランプがついていたり、ついていなかったりする。

 空洞を選んで通り抜けているうち、自分がどこにいるのかがまるでわからなくなるようだ。


「あれ? ここさっきの場所だっけ?」


 ヒラクはとにかく早くどこかに抜けたくて、同じ形の空洞を次から次と通り抜けた。

 ランプを置くためにくりぬかれた柱の中心の四角いあなは、それぞれの空洞によりすべて向きが異なり、灯りに照らされる方向も影ができる場所も空洞によってちがった。それにより方向感覚が狂わされているのだが、そのことにヒラクは気づかない。


 いつのまにか娘から渡されたランプの炎は消えていた。

 ヒラクは消えたランプを目印にしようと空洞の一つに置いてみたが、同じ場所に再び戻ることはできなかった。


 歩いても歩いても、ただ同じような空洞が続くだけで、もうヒラクには、それが一度抜けた場所なのかどうかもわからなくなっていた。 

 とにかく気を静めようと、ヒラクは女たちにもらった食糧を食べながら休息をとった。



 いつのまにか寝てしまったヒラクが目を覚ますと、空洞のランプの炎は消えていた。

 暗がりからはいでるようにして、ヒラクは灯りのもれる空洞へと移動する。

 このような息もつまる闇の中では、人もまたわずかな明かりに吸い寄せられる羽虫のようなものだった。


 どれほどの時間が経過したかもわからずに、ヒラクは水袋の水を慎重に飲みながら、出口を探して歩いた。


「いてっ!」 


 突然、ヒラクはランプの消えている空洞の暗がりの中で何かにつまずいて転んだ。


「何だ、これ」


ヒラクは足元に転がっていたものをひろいあげ、それな何かよく見ようと明かりのある空洞に持ち出した。


「うわぁ!」


 ヒラクは手に持つものを放り出した。

 鈍い音を立てて、頭蓋骨がその場に転がった。


 ヒラクは驚きながらも、もう一度それを確かめたくなり、ランプのない空洞に戻った。


 ヒラクはひざをついて進み、下にあるものを手で探った。

 そして手に当たる硬いものをつかみ、再び明かりの下にさらした。

 今度は、あばら骨の一部のようだ。


(なんで人の骨がここに?)


 ヒラクは、死んだアクリラの母親がすでにどこかに葬られていると言った老主の言葉を思い出した。

 だが、このような場所に捨て置くようなことがあるだろうか? 

 アノイの村では死者は副葬品とともに埋葬され、埋めた場所には墓標も立つ。


 ヒラクは転がった頭蓋骨をじっと見た。


 山の神の化身であるクマを神の国へ帰す「クマ送り」の儀式では、殺されたクマの頭骨は祭壇で祀られる。その頭骨の耳と耳の間に神が座すといわれている。儀式が失敗に終わり、野山にその頭骨が晒されるだけとなったクマのヌマウシのことを、ヒラクのいとこのピリカはかわいそうだと言って泣いた。


(これは、きっとひどいことなんだ……)


 ヒラクは、誰かがここに骨を捨てたと解釈した。

 その人物がここから出られなくなって死んだとは考えなかった。

 そしてなぜその人物がこの場所にいたのかは、この時はまだわからなかった。


 ヒラクは頭蓋骨をそっと持ち上げて、もとの場所に戻した。


「ほんとは埋めてやりたいけど、掘るものもないし……ごめん」


 アノイでは埋葬された死者と副葬品の魂は死者の国へ行き、死者はそこで生前と変わらない生活をするのだと信じられている。

 だが、ヒラクはそのことにずっと疑問を抱いていた。


 死者の国は地下深くにあるという。だがここは地下だ。

 それならこの打ち捨てられた骨の主の魂はどこに行ったというのか? 

 そもそも死者の国はどこにあるのか?

 

 もともとヒラクはアノイの死者の国には疑問があった。

 誰もがその場所に行くならなぜその国は死者であふれかえらないのか? 

 いとこのイメルはヒラクの質問に対して、生まれ変わりというものがあるから死者があふれかえることはないと答えた。

 では生まれ変わりとは何なのか? 

 そもそも死者の国は永遠に楽しく暮らす場所だというのに、なぜそこを去ることになるのか? 何のために? 


 ヒラクは知りたかった。

 人は死ぬとどうなるのか、生まれる前はどこにいたのか?

 ヒラクは求めていた。

 自分に真実を明かしてくれる存在を。すべての謎を解き明かし、答えに導いてくれる存在を。


 その時、ヒラクは人の声を確かに聞いた。

 

 アノイの死者の国に思いを巡らせていたヒラクはハッと我に返った。


 ヒラクは全神経を集中して耳を澄ませた。


 遠いが確かに声が聞こえる。

 ヒラクは、その声が聞こえる方を目指して次々と空洞を抜けていった。


 声は近づいている。

 ヒラクは足音を忍ばせて声のする方へ向かった。


「どうして? 私にはわからないわ」


 声は次の空洞から響いた。

 ヒラクはあなからそっとのぞき見た。


 そこにはカイルがいた。

 カイルの前に立つ人物は頭からかぶる白布で姿を隠していて、誰なのかよくわからない。だが、その姿はプレーナ教徒の女であるということを示していたし、何よりヒラクはその声に聞き覚えがあった。


「なぜあなたがこんなめにあわなければならないの? まちがったことなんて何もしていないのに」


 その声はアクリラのものだ。


「あなたがこんなところに放り込まれることなんてないわ。一緒にここを抜け出しましょう」


「……それは、プレーナに背くことだ。おまえまで罪を深めてしまうことになる。それよりも、おまえは早くここを出るんだ。誰かにみつかって糸が断ち切られたら、ここから抜け出せなくなってしまう」


 カイルは、アクリラが手に持つ緑の糸巻きを、その手にしっかり握らせた。


「あなたも一緒に……」


「しっ!」


 カイルは辺りを見た。

 ヒラクは二人が話している言語がまるでわからなかったが、カイルが神経を研ぎ澄ませて気配をうかがっているので、息を殺してその場に身をひそめた。


 カイルの姿を見たとき、ヒラクは思わずかけより、ユピの行方を問い詰めようと思ったが、また気絶させられて老主のところに連れて行かれては意味がない。


 二人の話している内容が理解できないヒラクは、カイルが自分をだまして老主のところに連れて行ったのだと思っていた。その目的まではわからないが、とにかくあの老主のところに戻るのだけは嫌だった。

 そのため、ヒラクはカイルとアクリラに気づかれないように息を潜めていたが、ふいにカイルが緊張した様子で辺りの気配を探った。


「誰か来る。隠れろ」


 カイルはアクリラを突き飛ばした。


「カイル」


「いいから行け。ここから離れていろ」


 アクリラはヒラクのいる空洞に飛び込んできた。

 ヒラクはぎょっとしたが、そのままアクリラはさらに奥の空洞に走り抜けていった。

 飛び込んだあなのすぐ横にはりつくようにして、ヒラクがしゃがみこんでいたことにアクリラは気づかない。


 ヒラクは一瞬アクリラを追おうかどうかためらった。カイルはともかく、アクリラ一人ならば、ユピがどこかを聞き出して、この場で案内させることも可能に思えた。

 けれどもヒラクがそうしなかったのは、カイルの前にもう一人姿を現した者がいたからだ。


 それは、ヒラクも知る人物だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【登場人物紹介】


ヒラク…アノイの父と異民族の母の間に生まれた緑の髪の子ども。母はプレーナの信仰者で、ヒラクには水にまつわる物を見ることができる特殊能力がある。


ユピ…ヒラクと共にアノイで育った銀髪碧眼の美少年。その容姿の特徴は神帝国の人間と同じだという。ヒラクの母語を「禁じられた言葉」と呼び、謎が多い。


アクリラ…セーカの少女でプレーナ教徒。ヒラクをヴェルダの御使いと間違え、病の母を救ってほしいと懇願。地下の町へと誘う。


カイル…セーカの青年。ヒラクを警戒するがアクリラのためにヒラクを地下に入れ、アクリラの母親のところに連れて行こうとする。


テラリオ…セーカの青年。ユピが地下に入ることを反対するカイルを説き伏せ、ユピを連れて地下に入る。


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