第14話 暗闇の罠
かまどの通気孔の向こうは隠し通路になっていた。細い道が暗がりに伸び、ゆるやかな上りの傾斜が延々と続く。
娘が手に持つランプの灯りは背後のヒラクには見えない。
ヒラクは前を行く娘の黒い影を追いながら話しかける。娘が「禁じられた言葉」とユピが呼ぶ、ヒラクの母語が話せることはわかっている。それはセーカでは「祈りの言葉」と呼ばれている。
「ねえ、この先にユピがいるの?」
「……ええ」
「無事なんだよね?」
「……ええ」
「よかった……」
ヒラクがほっとしたように言うと、娘は急に小さな悲鳴を上げてその場で足を止めた。
「どうしたの?」
娘の背中にぶつかりそうになってヒラクも足を止める。
「いえ……なんでもありません」
「そっか、よかった。じゃあ、早く行こう」
ヒラクは言うが、娘は歩き出そうとはしない。
「……あの、少し休憩しませんか?」
「休憩? いやだよ、おれ、早くユピに会いたいもん」
ヒラクは不満そうに言うが、娘はその場を動かない。
「……その、ユピという方はとても大事な方なのですね」
「うん、大事だよ。だから早く会いたいんだ」
ヒラクはじれたように言うが、やはり娘は動かない。
「その、大事な方とはここまで一緒に来たのですよね。
「ちがうよ。山を越えてきたんだよ」
「山の向こうから来たというのですか? では、あなたは
「山の向こうは狼神の地なんかじゃない。おれたちの村だ。ユピとはそこで一緒に暮らしていたんだ」
早く先に進みたいヒラクは落ち着かない様子で、壁をけり始めた。
「……これを」
そう言って、娘は手に持つランプをヒラクに差し出した。
「このまま、先をまっすぐに行ってください。すぐに明るい場所に出ます」
「あんたは行かないの?」
「さきほど足をくじいてしまって、これ以上は先に進めません」
「そうだったんだ? だいじょうぶ?」
心配そうに自分を気づかうヒラクの様子に娘は戸惑う。
「平気です。私のことなど気にしないでください……。歩きなれた道です。戻るぐらいは灯りがなくても平気です」
「そっか、わかった」
ヒラクはほっとしたように笑った。
「じゃあ、おれ、行くね。ありがとう」
ヒラクは娘からランプを受け取ると、暗い通路を一人で先に進んだ。
その気配が完全に遠のくまで娘は暗闇の中でじっと立ち尽くしていた。
すぐ横の岩壁の亀裂から伸びた白い手が、娘を隙間にひきずりこむ。
「よくぞ聞き出した」
隙間の向こうの脇道にひそんでいた男が声を発した。
「これでおまえも命拾いしたな。狼神のいけにえにしてやってもよかったのだが」
「お許しください」娘の声が震える。
「まあ、そうおびえるな」
闇の中、男は娘の顔に手をのばした。
ひんやりとした男の指の感触に娘の顔は恐怖でこわばる。
そこにある表情を想像して楽しむように男は含み笑いする。
「いけにえはまたの機会にしてやる」
「はい、ありがとうございます、ミカイロ様」
顔に触れた指先が離れると同時に娘は崩れ落ちるように膝をついた。
全身を震わせてその場にひれ伏す娘を残し、ミカイロは脇道の闇の奥に遠ざかっていった。
暗闇の隙間から現れた男は狼神の使徒の中心人物ミカイロだった。
老主から逃げることに成功したと思われたヒラクはミカイロの罠にかかっていた。
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