第6話黒の森
国境の砦に通じる本街道は、人通りが多いので王国軍の巡回がある。脇街道は砦の前で本街道に合流しているが、人の通りは少ない。
脇街道を利用しながら、森や林を抜ける。途中で倒した魔物の死体は収納しておく。後で闇魔法の材料にするためだ。
夜が明けた。
一晩中、馬を走らせたので人馬とも休憩が必要だった。
川の側に広がる草原の上に屋敷を出した。
「お嬢様、ご自分の部屋でお休みください。ただし、私は周囲を警戒するので、お嬢様のお世話ができません。お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。それより、ルイの事が心配だわ」
「私は大丈夫です。鍛えていますから、三日くらい寝なくても平気です。さあ、早くお休みください。あまり、時間は取れません」
お嬢様が寝ている間に馬の世話を済ませる。川で水を飲ませて、草を自由に食べさせた。そのあと、屋敷から調理器具と食料を出して外で調理を始めた。もちろん、周囲を警戒するためだ。二時間ほど経ってお嬢様を起こした。
「美味しい!」
この肉体の持ち主は専属執事だけあって、様々な技能を持っていた。料理もその一つだが、俺はその料理の知識に前世の記憶を使ってアレンジした。今回はベーコンとガーリックを使ったパスタがメインだ。スープはこちらの世界に合わせてある。
この世界には、日本と似通った食材が結構揃っている。香辛料も同じだった。日本に住んでいた時は独身だったので自炊をしていた。料理は趣味レベルだが、ネットでレシピを調べて作っていたので、ある程度は自信があった。
「そろそろ出発します。屋敷を収納する前に準備を済ませてください」
ここから森までは馬で五日ほどかかる。途中に村があるけど宿は使えない。追手が最初に探すのは宿だからだ。立ち寄った村で天幕などの必要品を買い入れる。目立ちすぎるので、毎回屋敷を出して使う訳にはいかない。
天幕は組み立てた状態で魔法鞄に収納している。設営時間の手間を省くためだ。調理をする時間が無い時のために、出来たて料理を買って保存しておく。魔法鞄の中では時間が停止している。
用心のために各種のポーションや必要と思われる物も購入した。特に、魔力ポーションは多めに購入している。森を抜ける準備ができたので、後はベルドン山近くの村に行き馬を売ればいい。馬を連れていては魔物の襲撃を防ぎきれないからだ。
右斜め前方にベルドン山を見る。目の前の森が『黒の森』だ。お嬢様の前を歩いて森に入る。入ってすぐに使役する魔物をだした。ゴブリンが20体にコボルトが15体、それからオークが5体だ。合計40体のゾンビ軍団を闇収納から出した。闇収納は死体や死霊などを闇の空間に収納する魔法だ。いずれも、この五日の間に襲ってきた魔物を返り討ちにしたものだった。既に、闇魔法の術式の処理は終えている。
「攻撃してきたものには反撃しろ」
簡単な命令しか実行できないが、壁役くらいはできる。前にコボルトを15体配置して探索をさせる。その後ろはオーク5体だ。左右に5体ずつと後方に10体のゴブリンを置いて奇襲に備える。
「ルイ、怖いわ。大丈夫かしら?」
「お嬢様、心配いりません。私の命に代えても守ってみせます」
「ルイ、駄目よ。命だけは大事にして」
セシルお嬢様が俺の手を握って見上げている。潤んだ瞳に、俺は「はい」と言うしかなかった。
森に入ってすぐに、ゴブリンが五体飛び出してきた。ゾンビ軍団のコボルトに囲まれ、オークに襲われる。ゴブリン五体はたちまち倒された。俺は死体をすぐに収納した。倒した魔物は闇収納に入れた後で、闇魔法で術式の処理をしてゾンビに仕立てる。倒せば倒すだけ兵隊が増える訳だ。
しかし、問題が二つある。
一つは、アンデッド化した魔物を使役している間は、使役する魔物の数に応じて魔力を消費することだ。消費量こそ少ないが、長時間にわたって使えば魔力の消費も積み重なる。魔力ポーションを大量に買ったのも、そういう理由があったからだ。
もう一つは、倒した魔物を、すぐに使役する事ができないという事だ。闇魔法の処理が必要なのだ。闇魔法の術式を描いた魔法陣を、魔物の体のどこかに魔法で刻み込む必要があった。当然、その時も魔力を消費する。
森を進みながら魔物を倒していくが、ゴブリンとコボルトの数が減っていく。怪我くらいなら動くのだが、頭を消失したり心臓を潰されると動かなくなる。
頭は命令を受けたり出したりする役目を持つので、失うと動けなくなる。心臓は闇魔法の処理によって、血液の代わりに魔素を流すことで体を動かしていた。
トロールが出た。一体だけだが、コボルトを瞬殺してオークに襲いかかる。二体のオークが倒された。俺はミスリルの長剣でトロールを斬った。トロールが出たということは、黒の森の中心部に入った事を意味する。
黒の森は進めば進むほど魔物が強くなるので、使役する魔物が倒されて数が減っていく。ここまでで、コボルトは10体が破壊され5体しか残っていない。オークはさっきのトロール戦で2体失ったので残りは3体だ。ゴブリンは半分の10体になっている。
俺は前に出て、強い魔物を倒しては収納していた。壁にしている魔物が減る事を防ぐためだ。しかし、使役に使う魔力を消費し続けているので『身体強化魔法』に回す魔力が足りなくなる心配が出てきた。
オーガやトロールという強い魔物には、ゴブリンやコボルトでは通用しない。時間稼ぎも難しい。『ブースト』を使わないと俺でも時間がかかる。魔力の消費は気になるが、躊躇っていては前に進めない。
『魔力が切れる前に森を抜ける事ができるのか?』
それだけが心配だった。
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