第7話突破

 右手にベルドン山を見ながら森を進む。山の位置から自分たちのいる場所が推測できる。既に森の半分は大きく通り過ぎているはずだ。オーガの襲撃回数が増えてきた事が、それを証明している。オーガは俊敏に動く上に力もある。コボルトなどは一撃で潰される。ゾンビ軍団の主戦力になっているオークさえも、攻撃を受けると体の一部を粉砕される。


「ブースト」

 既に、十回を数えた身体強化魔法の使用で魔力が少なくなった事を感じる。サバル師匠の武闘術は無手が主体だ。武器を使わない武術だが、短時間でケリをつけるために敢えてミスリルの長剣を使用している。

 俺のミスリルの長剣を受けたオーガの剣が切断され、肩口から大量の血飛沫を上げる。俺は動きを止めずに次のオーガへと飛んだ。俺の動きを追いきれないオーガは首を飛ばされた事に気づかないまま地面に倒れた。


 二体のオーガを倒した俺は、ここで闇魔法を使う決断をする。主戦力にしていたオークが全滅したからだ。残り少ない魔力を、最後の魔力ポーションで補う。

 闇魔法の術式でオーガの肩の傷が再生され、首は胴体に接着してゾンビとなって復活する。補充した魔物ゾンビで軍団を編成しなおし、二体のオーガを先頭に森を進む。


 しかし、この闇魔法で大量の魔力を消費した。残り少ない魔力に不安を感じながらも先に進む。ここまで来たら進むしか術は無いのだ。俺は腹を括った。

「お嬢様、これを渡しておきます。いざとなったら使ってください」


 俺はセシルお嬢様に魔法鞄と地下室の鍵を渡した。地下室に逃げ込めば、鍵無しで扉を開けることはできない。その代わりに地下室から出る事も叶わない。助けが来なければ餓死する未来しかないのだ。だが、可能性はゼロではない。ほとんど無い事は分かっているけれどほんの少しでも可能性が有るならば賭けるしかない。


「ルイ、貴方がいなければ私も生きていないでしょう。これを使う時は、貴方も一緒でなければ意味がないのよ。分かっているわね?」

 セシルお嬢様が、両手で俺の手を強く握りしめる。小さくて柔らかい手から温もりが伝わってくる。

「お嬢様、それは充分承知しています。お嬢様だけを残して私が死ぬことは有り得ません」


 俺は、お嬢様を抱きしめたい衝動に駆られたが、必死で思いとどまった。それは執事としての立場に反するからだ。

 いつか、お嬢様の横に立てる日がくるのか。それはこの肉体の持ち主の願望だった。記憶が俺にそう呼びかけた。だが、今はその時ではない。一刻も早くお嬢様を安全な場所にお連れする事が俺の使命のはずだ。


 残り少ない魔力を使った俺の判断に、間違いはなかった。二体のオーガは比類なき強さを発揮してくれた。それは、この森最強と言われているブラッディベアーとの戦闘で明らかにされた。


 二体のオーガは連携してブラッディベアを翻弄した。俊敏さを活かした二体同時の動きに、ブラッディベアの目はついていけない。ただただ、動きを追いかけるだけで攻撃する機会を持てなかった。その隙きをついたオーガたちは、俺が渡したミスリルの短剣でブラッディベアを切り刻んでいく。傷だらけになったブラッディベアが、倒れるまでに大した時間を必要としなかった。


 ブラッディベアを収納して先を急いだ。魔力量があまりない事を感じ取ったからだ。俺の魔力が無くなれば、ゾンビ軍団も動けなくなる。そうなれば、俺の素の戦闘力だけで戦わなければならない。オーガ一体なら勝てても、ブラッディベアを相手にしたら時間がかかりすぎる。その間に他の魔物が現れたら流石に勝ち目が無くなる。


「お嬢様、先を急ぎます。非常事態なのでご勘弁ください」

 俺はセシルお嬢様をお姫様抱っこして駆け出した。

「きゃっ! ルイ、恥ずかしいわ」

「お嬢様、すみません。魔力の残りが、もうほとんど無いのです。魔力が尽きる前に森を抜けないと命に関わります」

 お嬢様は、その小さな唇を噛み締めて、恥ずかしさに堪えているようだった。お嬢様の可愛い顔がみるみるうちに赤くなる。


 俺は出来るだけお嬢様の顔を見ないようにした。喜びで心臓が跳ねるように感じたのだ。こんな時にこんな場所で、そんな感情を持つことは不謹慎だと分かっている。だが、お嬢様の仕草を見ていると感情が暴れるのを止められない。だから、敢えてお嬢様を見ずに前を向いて走った。


 両手が塞がっていても二体のオーガとゾンビ軍団で何とかなると判断した。それを選択するほどに俺は焦っていた。魔力が枯渇する前に森を抜けなければならない。今は生死を分ける事態なのだ。遠慮や立場を考えている状況ではない。


 遂に森の切れ目が見えた。薄暗い森に外の明かりが差し込んでいる。木々の隙間から草原の緑が見えた。

「抜けた!」

 俺は、そう思った。

 その時だった。先頭を走っていたオーガが急に立ち止まった。

 俺も立ち止まり、お嬢様を下ろす。


 前方にいたのは巨大なレイジボアだった。「暴れ大猪」の異名を持つ攻撃的な魔物だ。オーガはすぐさま臨戦態勢に入った。しかし、オーガの腕力を以てしても、その硬い毛皮でミスリルの短剣は弾かれた。


 ゾンビ軍団でお嬢様の周囲に壁を作らせて、俺はオーガたちの援護に入る。使ったのは指弾だ。胸の内ポケットから皮の袋を取り出して、中の鉄球を両手に握りしめる。小指の先くらいの小さな鉄球を両方の親指で強く弾いた。高速で飛び出した鉄球がレイジボアの両目を潰す。視界を失ったレイジボアは闇雲に突進してきた。


「足首を狙え」

 オーガに指示を出すのと同時に、俺は突撃した。二体のオーガは左右から飛び込んで、レイジボアの後ろ足の腱を切った。突進力を失ったレイジボアは地面に鎮座する。

 俺は最後の力を振り絞って、正面からレイジボアに突撃した。振り下ろされたミスリルの長剣の刃が、最後の魔力の光を伴ってレイジボアの頭を真っ二つにした。



 

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