第4話「憑依の条件」
【前書き】
いつもお読み頂きありがとうございます。この第四話から一人称視点になります。
「憑依の条件」
床には、仰向けになった死体が転がっている。その傍らに透明な人の姿が浮かんでいた。
『これが神様の仰ったイケメンの専属執事か? なるほど、死に顔はイケメンだ。おまけに体も鍛えているようだな』
俺はそう思いながら、床に転がる死体の腹を見た。傷の治療をする為だろうか。執事が着ているシャツが開いていた。見事に六つに割れた腹筋が見える。
『ほう! 傷口は塞がっているな。これも、神様が仰った通りだ』
神様の言葉に間違いがなかった事を確認して、俺はイケメン執事の肉体に入るために重なった。しかし、憑依に失敗する。
『おや!? 肉体に入れないぞ。いったい、どういう事だ。神様は肉体に重なれば入れると仰っていたが?』
俺の疑問に応えるように声が聞こえる。
『私は、この肉体の持ち主のルイだ。悪いが未練が残っているので成仏できないでいる』
通常、肉体が生命活動を終えると、魂は天に召される。幽体は自然に肉体を離脱するのだ。しかし、この世に強い未練を残した者の中には、成仏できずに魂が肉体に残存する者もいる。
『勝手なことを言うな。俺は神様からこの体に入っていいと許可を頂いて来ているんだ』
『申し訳ないが、私には他に成仏する方法が分からない』
『お前の未練とは何だ?』
『私が仕えていた公爵令嬢、セシルお嬢様をお守りする事とお嬢様の幸せを見届ける事だ』
俺には時間が無い。神様から注意を受けていた。
「24時間以内に肉体に憑依しないと、魂が劣化して消滅する」
幽体のままで幽世以外の場所、つまり現世や現世と幽世の狭間などに存在する時は霊力を消耗する。その猶予が24時間なのだ。既に神様の所で時間を使っているので、あまり猶予がない。
俺は異世界の肉体に憑依するという特典の他に、神様から『闇魔法』というスキルを授かっていた。せっかく授かったスキルを不意にしたくない。もちろん、消滅などまっぴらごめんだ。
『分かった。セシルお嬢様をお守りして、幸せを見届ければいいんだな?』
『その通りだ。約束出来るか? 約束するならお前の魂の名前を言ってから、約束すると言えばいい』
『分かった。俺は上在善男だ。約束する』
『良し、契約は成立した。もし、違える事があればお前の魂は消滅する』
俺はルイの肉体に入ってすぐに文句を言った。
「後出しは止めろ。そういう事は前もって言え」
だが、返事は無い。彼は成仏したようだ。しかし、厄介な事になった。いまさら悔やんでも、どうしようもない。俺はルイの記憶を精査した。数分後に全てを理解した俺は、空き家を出た。そして、侯爵家に向かって全力で走ろうとして、派手に転んだ。
俺が全力で走ろうとしたとき、ルイの肉体が『ブースト』を使ったのだ。俺には使う意思はなかったが、記憶と肉体が勝手に動いた。早く走りたいという意識に記憶と肉体が応えたのだろう。口には出していない。ただ、無意識に思っただけだった。
駆け出した途端に、俺はバランスを崩して転んだ。俺が思っている数倍の速さで体が動いたからだ。ダッシュした途端に、一歩目が数メートルも先に着地したのだ。驚いてバランスを崩したのは、仕方がないことだろう。
『何だ、この異常な速さは?』
でも、肉体はこの動きに慣れているみたいだ。
『そうか! さっきの魔法か』
後は、俺の意識の問題だった。
『体が反応するままにすればいい。下手に考えるから体の邪魔をするんだ』
俺は体が反応するままに動くことにした。そうすると驚くほどの早さで体が動いた。侯爵令嬢を守るために、俺は侯爵家に急いだ。
『これが、人間が走る速さか?』
日本に生まれた俺にとって、魔法は理解し難いものだった。ただ、この世界で生き抜くためには、必要なものだとは理解している。今は体を慣らすために魔法の使い方を練習している状態だ。
侯爵家に向かいながら、前に飛んでみる。自分の予想と現実との差を把握したかった。
人間は動く時に、次の行動をイメージしながら動く。例えば階段を上がる時には、階段の高さをイメージして足を上げるものだ。水たまりを飛ぶ時も同じだ。水たまりの幅を頭の中に浮かべ、自分のジャンプ力と比較して飛べるかどうかイメージする。
特に、この肉体が所有している身体強化魔法は体の能力を底上げするものだから、基礎能力と上昇した能力の二つの違いを把握する必要があった。速度を落とさないように前に飛びながら、自分の能力のイメージを作っていく。
そして、俺は侯爵家に着いた。
セシルお嬢様は屋敷の玄関の前でサバル執事長と一緒だった。俺を見つけると、飛びつくように抱きついてきた。
「ルイ、生きていたのね! 良かったわ。心配したのよ」
「セシルお嬢様、ご心配をおかけしました」
セシルお嬢様の発育途中の膨らみが俺の腹に押し付けられた。俺は生前に女性の経験が全く無い。俺はセシルお嬢様の両肩を掴み、急いで体から離した。
「あっ! ごめんなさい」と言って、お嬢様は俯いた。
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