第3話令嬢救出後編
六人は壁際に身を寄せて階段を下りていく。地下室に行く途中の踊り場で、男たちは一人の兵士が立っているのを見つけた。
小頭が階下に向けて硬貨を放る。音に気づいた兵士が階下を見る。二人の男が忍び寄り、一人が後ろから抱きついて兵士の口を押さえ、ほぼ同時にもう一人が心臓をナイフで刺した。兵士の体を静かに寝かせて階下に下りる。
人は硬貨が落ちる音には敏感だ。そして、硬貨を拾った者は大騒ぎをしない。ネコババするからだ。だから、小頭は硬貨を投げた。これは闇で仕事をする者なら常識だった。
地下牢の壁にはランタンが掛けられ、牢の中を照らしている。牢の前には二人の見張りの兵士が、向き合って椅子に腰かけていた。二人とも居眠りをしているのか頭が前後に揺れている。四人の男が黒塗りのナイフを取り出す。小頭が、曲げた右腕を前に突き出して言う。
「殺!」
四本のナイフが二人の兵士に二本ずつ命中する。 兵士が二人とも椅子から崩れ落ちた。
ルイが牢の中に声をかける。
「セシルお嬢様、ご無事ですか?」
ベッドの上で横になっていたセシルが体を起こした。そして、聞き覚えのある声に反応する。
「その声は、ルイなの?」
「はい、セシルお嬢様。お助けに参りました」
「あぁ! ルイ。きっと来てくれると信じていました」
地下牢の鍵が外された。牢が開けられ、ルイが中に入る。セシルを牢の外に出して言う。
「では、脱出します」
はい、とセシルは返事をした。
五人の男が先行し、ルイとセシルが後に続いた。
だが、運が悪い事に、交代に来た兵士が階段を降りてきた。隠れる場所も無い階段の上である。男たちは判断を迫られ、僅かな時間で決断を強いられた。五人の男たちは、咄嗟に二人の兵士に襲いかかった。
目の前で動く影に、兵士は声を上げた。
「何者だ!」
一人は剣に手を掛け、もう一人は階段を駆け上がった。
剣を抜く暇も無く、兵士の一人は倒される。
「賊だ! 賊が侵入したぞ。グハッ」
しかし、もう一人の兵士は倒される前に大声で叫んだ。途端に、屋敷の中を兵士が走り出す。
「急げ!」
小頭が、抑えた声で叫んだ。玄関前のロビーを走りながら、小頭が手と指の動きで指示を出す。三人の男が前を走り、二人が殿を務める。ルイとセシルは前後を守られる形で玄関を抜けた。
「そこまでだ!」
玄関の外には五人の兵士が待ち構えていた。前の三人は、片膝でクロスボウを構えて、両脇に二人の兵士が立っていた。ルイはセシルの前に立つ。
ルイたちと兵士の間に緊張が走る。
その時だった。
「ドン、ドン」と派手な音が二つして玄関の扉が外れた。殿の二人が扉を抱えて前に出てくる。そして、扉を盾の代わりにした。
クロスボウのボルトがドアに刺さるが貫通することはなかった。
クロスボウの欠点は次弾の装填に時間がかかることだ。その隙をついて小頭を含む前衛の三人が兵士に襲いかかる。
たちまち五人の兵士は倒された。ルイはセシルを連れて門に走った。
正門さえ抜ければ包囲される心配はない。小頭は正門を見たが、兵士の影は見えなかった。
『さっきの五人だけだったのか』
小頭はそう判断した。しかし、油断は禁物だ。いつ、兵士が現れるとも限らない。四人の男たちも小頭と同様の考えだったのだろう。五人は正門に気を配りながら走っていた。
しかし、それを阻む者がいた。
「グハッ!」
横にある植え込みの影からクロスボウが発射された。小頭の横にいた男の右肩にボルトが刺さる。しかし、動けない傷ではない。小頭ともう一人が右の植え込みに飛び込み、怪我をしていない残りの二人が左の植え込みに飛び込んだ。右の植え込みに隠れていた二人の兵士は倒された。幸い、左の植え込みには誰もいなかった。
しかし、問題はルイだった。セシルを庇った彼は、右脇腹にボルトを受けていた。暗闇でのクロスボウは防ぎにくい。短い風斬り音を聞いた途端に、ルイはセシルを体で庇ったのだ。
それでも、立ち止まる訳にはいかない。ここで捕まったら全てが水の泡だ。ルイは死力を振り絞って走った。
ヴィラン辺境伯爵邸から遠く離れた空き家の中で、床に倒れたルイが小頭に頼む。
「お嬢様を侯爵家にお連れしてくれ」
「分かった。今生の頼みだ。必ずお連れする。トドメがいるか?」
肝臓に達したボルトのせいで、ルイは大量の出血をしていた。
「いや、必要無い。それよりお嬢様を頼む」
「ルイ! しっかりして、嫌よ。一緒に帰るのよ」
「お嬢様。私の頼みを聞き届けてください。一刻も早く屋敷にお戻りください」
「ルイ、死んじゃ嫌よ。必ず帰って来るのよ」
「はい、お嬢様。だから早く行ってください。ここに居たら危険です」
ルイが流した血の跡が道に残っている。ただ、夜なので発見されにくいだけだが、それでも見つかれば簡単に追跡されるだろう。この空き家が発見されるのは時間の問題だった。
小頭に連れられてセシルは空き家を出た。幸い、まだ追っ手は来ていない。
緊急時だからと説得して、小頭がセシルを背負う。 小頭の前後を部下が二人ずつ警護する。そして、六人は夜の闇に溶け込んだ。
セシルと小頭が空き家を出たすぐ後のことだった。空き家の中に小さな灯りが現れた。
そのとき、床に横たわるルイの体は血溜まりの中にあった。その死体の傍らに、青白い火の玉が出現したのだ。それは、神の恩恵を受けて、この世界にきた魂だった。
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