第2話令嬢救出前編
暫く走ったあと、馬車は大きな屋敷に入った。
『あれは、ヴィラン辺境伯爵の屋敷』
ルイは、塀から屋根へと飛び移った。ヴィラン辺境伯爵家の隣にある屋敷。その屋根の上へと移動したルイは、能力が上がった視力と聴力を駆使してヴィラン辺境伯爵の屋敷を窺った。
馬車の中からセシルを降ろした兵士たちは、セシルと一緒に屋敷の中に入った。多くの兵士がいる中、屋敷に潜入するのは難しい。
そう判断したルイは、急ぎ侯爵家に戻る。そして、ルイの戦闘術の師匠でもあるサバル執事長に報告した。
「それは明らかに怪しい行動ですね。ヴィラン辺境伯爵がセシルお嬢様を誘拐したと判断していいでしょう」
サバル執事長は相手が誰であろうと、常に丁寧な口調で話す人だった。
アルダン王国の第一王子が近衛軍団長を務めているのに対し、第二王子は王国軍の第一軍団長の役職にある。王国軍を動かせる立場だった。そして、ヴィラン辺境伯爵は、その第二王子の派閥の長だ。自分の私兵を潜り込ませる事が可能なのだ。
「はい。ですから至急、お助けしなくてはお嬢様の身が危ないのではないでしょうか?」
「その通りです。だけど、いかにあなたが優秀でも、単独で事を起こせるほど辺境伯爵邸の警備は甘くありません」
「でも、師匠と二人なら?」
「生憎ですが、こういう事態になったので、私にはやる事が多いのです」
サバルには、自分の代わりにルイの手助けをする者の当てがあった。それは、サバルがネイチャード侯爵と知り合う前の仕事に関係していた。彼は、その古いツテを使おうと思っていた。
「では、どうすればいいのですか?」
「少しだけ、お待ちなさい」
サバルは部屋を出たが、そんなに時間をかけずに戻ってきた。その手にはメモと皮の袋が有った。
サバルはメモと皮の袋をルイに渡す。
「これを持って、ここに書いてある住所に行きなさい」
ルイは受け取った皮の袋を右胸の内ポケットに入れて、メモに目を通す。そこはルイも知っている住所だ。その住所は王都の歓楽街の住所だった。
サバルが言葉を続ける。
「そして、カウンターにいる男に。このコインを渡して、こう言うのです」
サバルはポケットから出したコインをルイに握らせた。
「烏の依頼だ」
ルイはすぐに侯爵家を出て、メモの住所へと急いだ。 彼の身体強化魔法は威力が高い。ルイは風を巻き起こし、暗い夜の街中を駆け抜けて行った。
貴族街から平民街に出る門を避けて、屋根伝いに移動する。月灯りに姿が浮かばないように姿勢を低くして走る。貴族街と平民街を区切る内壁を越えた後に路地に降りた。そして、歓楽街の端にある場所へと急ぐ。
そこは小さな酒場だった。店に入ると、口髭を生やした中年の男がカウンターの中から言う。
「いらっしゃい。お客さん、初めてだね?」
その言葉を聞いて、酒場の中にいた二人の男がルイを見る。客はこの二人だけで、テーブルに向かい合わせで座っていた。グラスには透明な液体が入っている。だが、それは酒に見せかけた水だった。
「ああ、月の無い夜には酒が飲みたくなる」
ルイは執事長に教わった符丁を口にして、コインをカウンターの上に置いた。そして、小声で言った。
「烏の依頼だ」
髭の男は小さく頷き、指を鳴らした。テーブルに座っていた男が、一人だけ店の外に出ていく。少し間を置いて、カウンターの髭の男が言う。
「話を聞こう」
ルイは皮の袋をカウンターに置いてから言った。
「ヴィラン辺境伯爵邸に侵入して、女性を一人救出したい」
男は皮袋の中を確認する。それから、もう一度指を鳴らした。
残っていた男がカウンターの中に入ってきた。皮袋を受け取り、そのまま奥の部屋に行く。すぐに戻ってきて、男は頷いた。カウンターの髭の男が言う。
「中に入れ」
ルイは髭の無い男の後に続いて奥の部屋に入った。
夜遅くに酒場から出る六つの影があった。黒装束に身を包んだ男たちは、灯りの無い街中を異常な速さで駆け抜けて行く。全速力で走る男たちだが、足音は全くしない。わずかに風を切る音がするだけだった。
ヴィラン辺境伯爵邸に到着した六人の男たちは、音も無く壁を越えて侵入すると庭の影に潜んだ。辺りを窺い、人の気配を探る。
小頭が上げた右腕を下ろすと、男たちは二人ずつに別れて散開した。二人は屋根に、もう二人は裏口へと向かう。
そして、ルイと小頭は二階のバルコニーに飛び移った。部屋の中に人がいないのを確認して、小頭が呪文を唱えると窓の鍵が自然に開いた。『解錠』の呪文だった。二人は部屋の中に侵入し、すぐに廊下に出るドアの方に移動した。ドアに耳を当て、音を確認する。小頭が先に部屋を出て、ルイが後に続いた。廊下に出て他の部屋の気配を探った。
その頃、屋根の二人は煙突から侵入し、裏口の二人は既に屋敷の一階を捜索していた。一階で落ち合った六人は顔を横に振る。捜索を続行して、そのまま地下室に向かった。
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