第6話 夫婦として(2)

家に向かういつもの道を歩いていた。もう少しで家に着く。気持ちが逸りはやり、早く早くと心が急ぐ。


だが、突如目の前に大きな黒い何かが行く手を遮った。何だろう…。


「!!!!」

声が出ないほどの恐怖が襲った。


それは、黒く巨大な玉だった。とげとげした針みたいなものが無数に出ている。針のようなものの間から怪しく光る赤い目のようなものも見える。


声にならない声で「何、これ!!」と叫び、パニックになった。

心臓が口から出そうだ。冷や汗もだらだら出て手も震えてる。

意識が遠のきそうになったが何とか耐えながら考える。


今来た道を引き返そうかと考える。いや、絶対駄目。もっと危険だ。どうしよう・・。


なら、適当な棒でも探して戦う?いやいや、無理無理。今手に持ってるのは笛だし。

そんなこと考えているうちに、じりじりと黒い玉は迫ってくる。


このまま得体のしれないものに襲われて死ぬのか?!

冗談じゃない。私はまだ死にたくない!

これから愛の告白しようっていうのに死んでたまるか!


その時。


おおーん!!と遠吠えが聞こえた。直後、私と黒い玉の間に白いオオカミが立っていた。


昨夜見た姿。「颯さん!来てくれたんですね!」安堵が広がる。

颯さんは私を庇いながら、歯を剝き出しにして黒い玉を威嚇する。

「グルルルル。」


怪しい赤い光がさらに強く光る。とげとげした針が右に左にバラバラに動いている。

睨み合いがしばらく続いた。すると、突然黒い玉は宙に浮き、彼めがけて突っ込んできた。


彼はひらりとかわし、勢い余った黒い玉は地面に叩きつけられた。霧散したように見えたそれはまた黒い玉に戻ったと思ったら巨大なスズメ蜂へと姿を変えた。無数のスズメ蜂が集まり黒い玉になっていたのだ。通りで針が沢山出ていたわけだ。


あんなのに迫られても嬉しくない!などと呑気に考える。人間、恐怖が許容範囲以上になると返って冷静になる。


蜂はブンブンと大きな音を立ててホバリングしたり激しく移動したりしている。攻撃の機会を窺っているのだろう。


颯さんは激しくうなり声をあげながら素早く私から離れ木立へと入る。蜂の注意を私から逸らせたのだろうと理解した。


蜂もすごい速さで移動しながら颯さんの隙を狙う。彼も蜂から目を離すことなく間合を取っている。

しばしの膠着状態が続く。じりじりと蜂が間合を詰めてくる。彼は低い姿勢を取り、いつでも動けるよう警戒する。


蜂は毒針を向けながら攻撃態勢に入った。まさに一触即発。

あんな大きい蜂に刺されたらいくら颯さんでも無事では済まない。


どうしよう…。何か出来ることは無いか。と考える

私に出来ることは、精霊の笛を使う事だけ。


先ほど精霊になんて言われたっけ?!

目の前の光景が衝撃過ぎて思い出せない。


しっかりしろ!私!!と叱咤し、思い出す。


”相手を愛し、想う気持ちが大切”だった。


(颯さんが無事でありますように。貴方が好きです。)

心の中で告白した。


深呼吸して心を落ち着かせてから歌口に唇を寄せる。

笛に唇をつけたまさにその時、蜂は一気に攻撃を仕掛けた。


同時に”青狼の笛”を奏でる。神秘的で、情感豊か。心が洗われる。

直後、風がざわざわ吹き始め段々大きな風になる。大きな風は渦を巻いた。

まさに蜂が颯さんの身体に触れる寸前、風が蜂を吹き飛ばす。

そして、木の枝が鞭のようにしなやかに伸びて吹き飛ばされた蜂を捕まえてぐるぐる巻きにした。


人の姿に戻った颯さんの背中からゆらゆらと炎が燃え立つ。不動根本印ふどうこんぽんいんという印を結び、蜂に向かって炎を放つ。

そして炎は蜂を捉えて焼き尽くし消えた。

それは不動明王の迦楼羅かるらの炎そのものだった。


とてつもなく長い時間に感じたがまさに一瞬の事だった。

静寂が戻り私は呆然として座り込んだまま腰が抜けて動けなかった。

人間の姿に戻った颯さんが私を抱き上げ、抱きしめられた。


「ありがとう、助かった。無事でよかった。」ギュッと強く抱きしめられそう言ってくれた。

ほっとした途端涙が出た。


「颯さんこそ、無事でよかった・・・。」


「怖かったよね。本当に有難う。」


「貴方が好きです。愛しています。」そう伝えた。


「ああ、私もだ。何があっても離さない。ずっと一緒にいよう。」


「はい」


それは夫婦としての絆が生まれた瞬間だった。


家に帰り、リビングで少し落ち着いてから裏山で起こった事感じたことを全部話した。

「そうか。嬉しいよ」と少し照れたように笑った。


「一生側にいます。」

「ありがとう。」


「それにしても何故危険を察知できたんですか。」

「嫌な気配がしたんだ。それが山の方向へ行くのを感じた。父上も感じていた。」

「そうだったんですね。」


「帰りがいつもより遅いから心配していたんだ。迎えに行こうと思っていた矢先、嫌な気配がしたので慌てて迎えに行った。」


「私も謝るよ。」とリビングに顔を出した父が言った。

「今日はかなり忙しくてね。彼をついつい頼りにしてしまった。怖かったね。」


「颯さんが来てくれたから大丈夫です。」と父に言った。

「助けに来てくれて有難うございました。」

「いや、今日は明日香に助けられた。」


「いいえ。颯さんが助けに来てくれたから安心できたし力が出たんです。」

「それとも火事場の馬鹿力ってやつですかね。」と付け足した。


「いや、きっかけはどうであれ明日香はちゃんと自分で考え精霊の力を使った。これは確かなことだよ。もう立派に精霊の力が使えるね。」

「はい。ありがとうございます。」

これからは彼の側にずっといる。決して離れない。そう思った。

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