第5話 夫婦として(1)

5.夫婦として


結婚した当初は17歳で結婚したという事に抵抗があった。正直何が悲しくてこんな若いうちに結婚しないといけないの?などと思っていた。颯さんの熱意に負けて結婚したけど、本当に良かったのかと思っていた。

相手はあやかしだから、どうしても気持ちが追い付いていなかった。


でも一緒に暮らすようになって彼を知っていくと、そんな気持ちも少しづつ変わった。

彼の優しさと、大人の余裕?と、どことなく陰のある姿に触れていくうち彼と一緒にいたい。支えたい。そう思うようになった。


父も彼を大切にしている。不動明王の魂を宿していると云う事もあるが、何より彼の優しい心根が気に入っている。


颯さんと父は寺に来る相談者の対応をしているが、相手に分からないように彼は時々父を通して陰でアドバイスしている。


そのお陰なのか、前は一日5人くらいだった相談者が3倍近く増え、最近は特に忙しくなった。


母も同じく彼を大切に思っている。彼の美しい容姿に惹かれているという疑惑もあるが。

彼が家に住むようになってから化粧が前より濃くなったし、美味しいものを沢山食べさせようと品数が多くなった。何より彼を見つめているときは乙女になっている。まあ、無理もない。

だけど、可愛いわが子の結婚相手。それ以上のことは無い。



******



彼は時々夜中に出かけていたようだったが、最初は気付かなかった。


ある晩真夏の夜の夢を見ていた私は暑さで喉が渇いて目を覚ました。何気なく時計を見たら2時だった。まだ起きるには早い。


ふと隣に目を向けると眠っていたはずの彼がいない。

何処に行ったんだろう?と部屋から出てみても姿は見えない。

取り敢えず霊水を飲もうと外に出た。月明かりが青白くあたりを照らしている。


竹の筒から出ている水を手に受けて飲む。冷たくて甘い甘露な水が喉を潤す。最高に美味しい。

ゴクゴクと思いっきり飲んで堪能した私は手の水をパッパッと振り払いながらご機嫌で家に入ろうと後ろに振り返った。すると、何かが目の前に立っていた。


えっ!!

心臓が飛び跳ねた。何?お化け?家はお寺でお墓が近くにあるし・・・。と狼狽えた。


しかし落ち着いてよく見たら、大きな白いオオカミだった。

耳がピンと立ち、目はきりっとして、頭から尻尾まで隙がない堂々とした美しい立ち姿。

月明かりを背にしたその姿は神々しいほどだった。


私は暫く見惚れてしまった。しばらく見つめていると「私だよ。」と、聞き慣れた声がした。


「颯さん?!」

すると、オオカミの姿からゆらっとした気が立つと人間の姿へと変わった。

オオカミのあやかしというのは分かっていたが、実際に目の前で姿を見ると畏怖の念を覚えた。


「びっくりしました。どこに行っていたんですか?!」と問う。

「私にはナータという使命があるからね。」


それって、魔物を浄化するっていうことだったよね。


「毎晩出かけてたんですか?」

「いや、邪悪な気配がしたときだけね。」


「ん?」


「魔物も静かな時と騒ぐときがあるんだよ。だから、騒ぐ時に行く。」そうだったのね。

取り敢えず労いの言葉をかける。


「お疲れ様でした。水、飲みますか?コップ持ってきますね。」と、家へ行こうとしたら

「大丈夫だよ。このままで。ああ、この水は旨い。」と水が流れ出ている竹の先から直接飲む。

絶対その方が美味しい。


「私は颯さんの役に立ちたいと思っても何も出来ません。まだまだ力不足で。」


「側に居てくれるだけで良いんだよ。それに夫婦となってまだ3か月だ。焦らなくてもいい。時間はたっぷりあるから。」

「はい・・・。」


「部屋に戻ろう。眠らないと辛いよ。」と言って一緒に部屋に向かった。

布団に入って、彼は暫く私を見つめてから眠った。私は目が冴えてしばらく眠れなかった。

それからいつの間に眠っていたのか気づけば日が昇っていた。今日は幸い休日。寝不足でも問題なかった。


*****


私は裏山でいろいろと考えた。寄り添うだけじゃなくて、もっと彼の役に立ちたい。苦しいことや辛いことも共有したい。


笛吹きとしてはそこそこ自信があるが、精霊の力を借りるものとしてはまだ未熟。

今日は何か掴めるかな。と考えながら笛を握った。

今日のウォーミングアップは”SPIN"にしよう。”紡ぐ”。心を込めて吹く。


ああ、きっと私は彼とこういう存在になりたいのだ。と思った。


その時大地からゆらゆらと”気”が立ちのぼり、何かを形作った。よく見ると、それは千早を着た美しい女性だった。


「私は大地の精霊。貴女をいつも見ています。今の気持ち大切にしてください。」といった。


今、私は精霊に願ったりしなかったよね。ただ心を込めて吹いただけ。なのに精霊が現れた。

一体、どうして。


「貴女は今、己の愛する人のことを想い自分のなりたい姿を思った。それは願ったという事でもあります。」


「無意識に貴女は私を呼んだのです。貴女が心を込めて願えば、旋律が調和してその時必要な精霊が力を貸します。」


「相手を想う気持ちが精霊を呼ぶのですか?」

「そうです。人を愛し思う気持ち。これが一番大事です。」

その瞬間、胸の閊えつかえが取れ心が満たされた。

私は颯さんに恋しているんだ。


「ありがとうございます。やっと分かりました。」そう言うと精霊は微笑みを残しふっと消えた。


急いで家に帰ろう。早く颯さんに気持ちを伝えたい。そう思って家に向かって急いで歩いていく。

だが、いつの間にか日が沈み、逢魔が時おうまがどきになっていた

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