第7話殉教せよ

 眼球から脳に掛けてズキズキと痛む、どうやら怪物の黒喰への脅威判定が上昇したようだ。――うるせえ、黙ってろ。


 再生魔導を眼球と左腕があった場所に集中させる。自らの肉体再生を行いゴリ押しで浸食を抑える。細胞単位で粘菌が逆に黒喰の肉体に取り込まれ行く。


「うげっ。解放した事で肉体に悪食の特性が強く出ているのか……? おめぇッ! 俺はキノコマンチ〇ポ頭になりたくねぇぞ!? 俺は決して粘菌生物じゃねぇ! 哺乳類だッ!!」

 

 しかし、悪食は止まらない。自我の境界線を取っ払っており肉体の『喰う』という生体反射を制御できていない。どこまでも貪欲で悪食らしい。


 侵食してきた粘菌の吸収が終わったのか失ったはずの眼球に視界が戻って来た。


「へっ? ――何か嫌な予感がするが…………。腕は治っちゃいねえが視界が良好なら戦闘には問題ねぇ」


 首の骨をゴキゴキ鳴らしながら十字架の素振りを行う。殺る気は充分だ。


 眼窩がんかに生成された瞳は間に合わせの急造仕様で無色透明の粘菌でできていた。スライムの変化の特性を得ているので浸食した眼球の情報を模倣し視覚情報を直接脳へ伝達しているらしい。


 後日、その特性から目からビームなどと言うアホな遊びを思いつく黒喰。


 怪物目掛けて大地を駆ける。今までよりも速く地を踏み締めグンと加速した。右足を全力で地面に突き立て遠投の構えをすると回転し始める。


「だらっしゃあぁぁあああぁぁあ!!」


 回転の途中で片手の掴んでいた十字架を砲弾の様に投擲した。ボパッという破裂音と共に怪物の巨大な片腕が落ちた。圧縮されて強度は増しているが本質は粘菌だ。


「――シッ! 見てくれはデカくてビビっちまったが本質はヨワヨワの粘菌ちゃんだなッ! ザーコザーコ! 糞ったれのヘドロ野郎!!」


 スライムのもう片方の巨腕が鞭のようにしなると、黒喰は何度も何度の地面に額を叩きつけられ土下座の態勢になった。


「グボッ――ヤメッ――辞めろっつってんだろ!!」


 起き上がりに回転蹴りを放ち巨腕の粘菌を削り取った。そのままコマのように回転しつつ十字架の元へ着地した。壁に突き刺さった十字架を引き抜く際に大量の血液を抜かれた辺り、投げられた事に腹を立てているようだ。


「あー、俺、怒られてばかりじゃね? ――だけど、スライム全部削り食っちまえば俺の勝ちじゃね? ――――カカカカカカッ!」


 千切れ飛び本体の巨人へ戻ろうとしている粘菌に悪食を突っ込む。飲み干すように粘菌が貪り喰われて行き数秒ほどで消失してしまう。


 そして強酸の耐性を黒喰の身体が獲得していく。しかし、話はそううまくは行かない。


「本体を作っちまった事がお前の敗因――――――えっ……?」


 迷宮内に広がっていた粘菌群が黒喰の居る場所を囲い始め逃げ道を全て防がれてしまった。スライムの壁の厚みは突き破るという考えを早々に捨てさせた。


 現在、怪物は待ち構えていた迷宮に餌がやって来た程度にしか考えていなかったが、クソ生意気な歯ごたえのある餌がやって来た、に昇格されている。


 焦った黒喰は蹴りをひたすら連打していくと同時に足元の粘菌を悪食に喰わせて身体を動かす為の栄養の補給を行っている。すでに空中には酸素が存在できない程に胞子で埋め尽くされており呼吸する事さえ困難になっていた。


 莫大な運動量に酸素が欠乏し反射で繰り出している状態だ。決死の蹴撃を止めた瞬間に黒喰の死が決定づけられる。しかし、スライムにも膨大な物量というアドバンテージがあるものの餌を殺しきれていないことに焦れてきている。


「――シッ! ハッ――! カヒュッ…………ゼヒッ……ゼヒッ」


 震脚で吹き飛ばし。十字架を振り回し。蹴撃で衝撃波を発生させる。黒喰は口をモゴモゴと動かしながら胞子を食べ始めている。悪食の本能そのものが黒喰の身体を動かし、粘菌を貪り喰っていく。


 永遠にも思える戦闘はすでに半刻程の時間が経過している。


 もっと多く食べたい。もっと早く食べたい。もっともっと強くなりたい。怪物の莫大な瘴気のプールに浸り、粘菌と言う栄養源を摂取し続ける黒喰の身体が進化していく。


 もっと多く食べたいという想いに体から強酸性の液を分泌するようになり、もっと早く食べたいという想いに身体を巡る神経が粘菌のネットワークと融合する。


 変異していくたびに激痛が走り身体が自然と震えてしまう。だが、痛覚を感じるような暇は無い。コンマ一秒でも隙を晒せば怪物に飲み込まれてしまうのだ。


 ――材料粘菌生物が目の前に大量にあるのだ。使わないなんてもったいないだろう?


 誰の意思か分からないまま本能的に変異していく。


 そして、もっと強くなりたいという想いには筋繊維の細胞ひとつひとつに吸収したエネルギーが巡り、よりしなやかに、より強靭になっていく。そして、手が足りないと判断されたのか肩口からゲル状のスライムが生えてくると左腕を形成した。


 肺は怪物の胞子で満たされるもすでに栄養を燃焼させエネルギーを発生させる必要が無くなり、肺の呼吸する機能は退化していく。


 死闘を行っている最中の取捨選択が決していい事だけではないのだ。人間らしく生活していく上で、呼吸をしない人間など異物として排除されかねない。


 全身の皮膚から栄養を吸収し燃焼させる器官が生まれたことで戦闘行動の効率化が行われると殲滅速度が上昇した。


 蹴撃の速度が向上すると怪物を粉々に吹き飛ばし、強靭になった腕で十字架を振り回し磨り潰していく。過剰供給される血液量に十字架にハッキリとした自我が生まれて行く。


 超越者が更なる進化への階段を登ることは不可能だとされていた。もし、更なる特異点を超えてしまった時――それは本当に人間と言えるのだろうか?


 レガリアは原則超越者一人に付き一つだ。それ以上は自我が乗っ取られるであろうと研究者は語る。実際に試した事は無いし試す気にもならないのが事実だ。それほどに強力な武具であるレガリアの自我を抑えるのは困難であるのだ。


 仮にも超越者が十数名いても敵わない怪物を大量に摂取し続け、瘴気のプールに長時間浸かり続ければどうなるかは明白だ。


 超越者キチガイが――もっと、キチガイになるだけだ。


「キヒッ、キヒヒヒヒヒヒッ! あっ、んっ――――これヤバイ。超気持ちィィィィィイイィィィッ!!」


 粘菌を磨り潰し捕食する。全方向から粘菌の槍に貫かれようとも、ドロドロに血反吐を吐きながらも攻撃の手を辞めない。いつからか下半身はナニが漏れ出し、快感を感じていた。


「死ね、死ね、死ね、死ねッ!! ――あえ?」


 十字架の持ち手から鎖が伸びると先端にある楔が右腕の肉体に突き刺さっていった。――レガリア化だ。


 数十本もの楔が次々に突き刺さると黒喰の肉体と融合していく対話を求める感覚が脳に走る。『悪食貪竜』がレガリア化した際にも感じた感覚だ。


 時間が停止し思考世界に没入していく。




 どこかの狭い部屋の中。その中心には立ち尽くす『凛ちゃん』がいた。室内には目を引く異物が存在しており、人間大のカプセルが保存液らしきもので満たされている。


 そのカプセルを『凜ちゃん』は静かに泣きながら優しく撫でている。


 室内のカプセルへ黒喰が視線を向けると脳と脊髄が保存液の中で浮いていた。


 一瞬息が止まりそうになるが『凜ちゃん』が黒喰の頭を捕まえてカプセルに黒喰の顔を無理やり押し付けた。――見ろ。――見ろ。――見ろ。


 自我が薄いせいなのかどうかは分からないが『凜ちゃん』らしき人物は同じ命令を繰り返していく。――救え。――救え。――救え。


『まかせろ。――こう見えて脳味噌まで愛せる特殊性癖なんだ――――あだッ! やめッ、やめてぇッ!!』


 割と本気でカプセルへ黒喰の頭を叩きつけて来る『凜ちゃん』。妹を助けるという執念だけで自我がここまで残っているなんて……彼女の事を見誤っていたな。


 恐らくスライムを食べた量が閾値を超え凜ちゃんの自我がレガリアに形成されたのだろうか?  夢物語の様な美談だけどもしそうだとしたら嬉しいかもしれない。


 黒喰の頭を解放すると『凜ちゃん』の身体はバラバラの鎖に変化し右腕に絡みついてきた。肩口まで巻きついた黒い鎖は、皮膚に溶け込んでいくと刺青へと変わりが手の甲には十字架の痣の様な刻印が浮き出ていた。


『厨二病チックなレガリアだな。凜ちゃん意外と子供っぽかったのかも――――いだだだだっ! ごめん凛ちゃん』


 怒りを表す様に鎖の刺青が腕を強烈に締め付けてきた。




 思考世界から抜け出すと十字架のレガリアの使用方法が自然と理解できた。


 彼女を、レガリアを呼び覚ますキーワードを叫ぶ。


殉教せよMartyr ――聖騎士パラディン


 肩口から発生した白銀のガントレット。前腕の部位から伸びる鎖は手に握られている十字架に繋がっている。鎖は伸縮自在であり十字架の重量を操ることもできる。


 凛ちゃんが装備していたライトアーマーのガントレットより洗練され装甲強度も増加している。重力を操る特性も彼女の物だろう。 


「これで怪物を磨り潰せ――と。やってやろうじゃん?」


 ギチリ、と鎖を握りしめて十字架の重量を増大させていく。


 十字架のレガリアは怪物に報復する事が出来ると分かり強く輝いていた。

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