第5話最悪だ

 凜ちゃん特製の打撃武器である身の丈以上の巨大な十字架が、重量を感じさせない振り下ろしで人間大のキノコマンチン〇頭が頭部から磨り潰された。ずちゅり――魔物の体液で汚れた武器を引き抜くと溜息を吐いた。


「ふぅ――配信はいったん休憩しまぁ~す! キノコマンばかりでちょっと疲れちゃいました……」


 頬に着いた体液を拭うをアシガルの配信機能を停止させた。――なるほどねぇ。凜ちゃんの素質は重力魔導、見た限りでは自身を含む手にしたものの重量の増減を操作している。


 武器のインパクトの瞬間に重量をかなりの倍率で増加させている。彼女が現在単身で迷宮配信者を行えているのはコレが理由だと当たりを付けた。実際問題、凜ちゃんの実力は初心者ルーキーの域を超えている。


 装備に選んだ十字架に使用されている素材も現存する金属の中では最も重たくて硬いグラビトン鉱が使用されている。なんでも異次元物質が含まれているとかいないとか。


 重力系の素質を持つ者はレアな方だが大体荷物持ちか斥候系の職業に付いている。彼女の様に戦闘で利用するには脳内でかなりの演算と才能が必要なのだ。


 まぁ、重力系の技術が迷宮から出土して。製作された『魔導器アシガル』の登場により、荷物持ちの職業としての価値が暴落しているのだが。


 ちなみに灰がかった黒喰の素質は再生魔導。度を超えた肉体の再生を司り、未だにメカニズムが解明されていないとても希少な属性だ。


「ん? ――なんだ?」


 首筋に刃物を突きつけられたような悪寒が一瞬だけピリリと走った。黒喰の持つ第六感が妙な空気を感知した。


「どうしたんです? ほら、私の奢りの栄養ドリンクです――ただ探索に着いて来ているだけの暇人さんはありがたく飲んで下さい」


 凜ちゃんの持つアシガルに積載できる量は多くないが数日分の食料や軽い武装は詰むことが出来る。魔導キューブを組み合わせれば迷宮探索では重宝される存在だ。


「なんか言葉に棘生えてない? これから迷宮最深部を目指す間柄なんだからバディとの仲は良好な方がいいんじゃない?」


「――そう、ですね。…………あの――」


 遠方より減音器越しに発生した発砲音を獣を超える聴覚が捉えた。即座に行動に移る。待機状態のレガリアで凜の太ももを狙う弾道にグリーブの側面を添えた。黒喰の停止したかのような思考世界の中では弾頭がうねりを上げながら回転をしている。優しく振れた側面から弾道がブレて凜を捉えていた弾頭は逸れて後方へ抜けて行った。


「――狙撃ッ! 遮蔽物へ隠れろ。俺は問題ねえが凜はあぶねーだろッ? とっとと隠れやがれ――盗賊バンディットだ」


「!! ――はい!」


 初撃の失敗に気付いたのか連続で発砲される。見てから回避余裕の黒喰は首を傾げるだけで弾頭を回避していく。凜ちゃんが岩場の遮蔽物に隠れたところで攻勢に切り替えた。


 そもそも、銃器自体そこそこの探索者にはパチンコ玉程度の威力でしか感じられず初心者狩りに主に使用されている武器である。超越者の中にも異常な銃愛好家性癖がいてレガリア化させたキチガイもいるらしい。


 黒喰の見立てでは凜ちゃんに銃器は通用してしまう。迷宮配信を行って稼いでいるという事はそこそこ迷宮に潜ってはいるものの迷宮深度が低すぎた。身体の強化は一定以上の深度に潜らなければ停滞したままだ。


「俺が――護衛にいる時に襲うとは――運の尽きだな――盗賊バンディットッ!」


 回避速度が速すぎて喋る度に途切れ途切れになる。射程ギリギリから狙い撃ってくるビビリの盗賊の様だ。一言喋るごとに盗賊の寿命が減り運命が決定づけられた。


 地を蹴り高速で接近する。射撃位置の変更が行われない――認識速度は遅いようだ。


 ガスマスクを被った盗賊の側面に回る。左足を一瞬停止させ起点とする。真横にまで上げられた蹴り足が盗賊を襲う。

 

 蹴り足が直撃するまで気付かずに死んでいく。恐らく一瞬の熱を感じた程度だろう。苦しまずに逝けた事死んだに感謝しろ――


 アサルトライフル突撃銃を撃っていた距離の一番近い盗賊の頭部が蹴り飛ばされ血飛沫を上げ破裂した。撃っていたアサルトライフルを拾うと牽制程度に撃ち返すと三人程が巻き込まれ死亡する。――弱っわ。そら銃器使う奴なんてこんなもんか。


 再びアサルトライフルと拾うと両手で構え撃ち始める。パラララッ――。


 盗賊の人数は十数名程度、小規模な盗賊団のようだ。一番遠いところから足を狙い打った狙撃手だけは腕がいいようだ。だが――


「無駄、無駄、無駄。――もうわかってんじゃねえ? おしまいだってことを、さ」


 踵を胸に打ち付けられた男が絶命する。それを見ると狂ったように銃弾をバラ撒いて来る。初心者ではないことに気付いた狙撃手は逃走を図っている。


「逃がすかよ。初心者狩りなんてきしょい事やってんだ――死ね」


 背を向けて全力で逃げる盗賊の側にはすでに黒喰はいた。ガスマスクで表情は見えないがニチャリと黒喰は嗤う。


「ざぁ~んねん。――地獄へ行こう――ぜッ!!」


 振り抜いた蹴り足には血液が滴り落ちている。じゅるり、とグリーブが人間の脳漿を啜っている。人間だろうが魔物だろうが見境なく貪り食う。悪食と言う名の通りの残虐性だ。


「こいつ……喰ったモンが俺に吸収されてんの分かってんのかね――喰うなら上質なモンにしとけや」


 再度宙を蹴り血飛沫の後始末を終えた。十数名いた盗賊は殲滅されバラバラになった屍しか残っていない。


 処理作業殺しを終えた黒喰が凜ちゃんの元へ戻って来た。その顔はひどく青ざめている。


「ん? 殺しを見るのは初めてか?」


「いえ……男が――ただ、男が怖かったので。――殺しは、したことがあります……」


 震えながらも十字架を離すことはなかった。やはり何度か盗賊と遭遇したこともあるのだろう。それにしても、怯えすぎではないか? と黒喰は疑問に思う。


「――――両親に……父親に襲われそうになって……殺してしまったんです」


 独白するようにポツポツと呟いた。


 それから、都市内に住んでいた事のある一般人だったとか、父親を殺してスラムに妹と共に逃げ込んだとか、男性恐怖症は父親のせいだどか、ツラツラと探索者を始めた理由を話し始めた。


 妹はスラムで生活をしている時に重傷を負い今はお金が出来たので凜ちゃんが市民権を手に入れ治療を行いながら一緒に暮らしている。


「――ありがとう、ございます……こんなよくあるくだらない話を聞いてくれて」


「よくあったとしてもそれは凜ちゃんの人生ではとても重要な事だ――つらかったと思うぞ?」


 ガスマスクで見えないが涙でボロボロなのだろう。マスクを被っていて良かったです、と発言するあたり普段のツンケンした態度が成りを潜めている。


「――――――はい。辛かったです。しんどかったです。泣きそうでした。悲しかったです…………でもやっと黒喰さんの様な超越者と縁ができて妹を助けられる目途がようやく見えてきたんです…………実は、最初から超越者だと知ってて……」


 例の現場を目撃した上に超越者と知った上で脅してくるとは肝が太い。凜ちゃんの転んでもただでは起きないハングリー精神と機転を利かせる頭脳には黒喰も感心する。


 マスクの下では涙声が聞こえて来る。鼻水を啜っているようだ。――今日は迷宮探索を中止して後日に変更した方がいいな。


「…………こんな私でも協力してくれますか?」


「……そうだな。――――そういう人間臭いとこ割と好きだぞ?」


 ニカリと黒喰は笑う。泥を啜る様なハングリー精神は探索者に必要な要素だ。強かなのもいい。それと凜ちゃんの人間性も黒喰は意外と気に入っているのだ。弱った美少女とネンゴロになれそうなのもポイントが高い。


「――と、言う事は?」


「協力するって事だよっ! それに弱った美少女に付け込めるかもしれねぇしな?」


「――良かった………………ふふふ、私は結構お高いですよ? 黒喰さんはただでさえマイ――――」


 突如、凛の足元から発生したドロリとした粘性の物体が彼女を取り込んだ。


 ――粘菌生物スライムかッ!! 今まで俺の感知を抜ける何て異常事態だ。


 ゴポリ、と粘菌生物スライムの内部で溶かされながらもがき苦しんでいる。即座に黒喰は左腕を突き込み救出を試みる。


「凛ッ!! 今助けてやるッ!!」


 粘菌生物の好みでは無いのだろう排出された金属製の十字架は音を立てて地面に突き立った。


 黒喰の突き込んだ左腕がドロドロに溶かされ始め神経に侵食して来る感覚に気が付いた。超越者の身体をもってしてもこの融解速度と浸食力だ。黒喰の視界にはこちらを真剣な目で見つめている凛が――。


 だが、救出する為に突き込んだ左腕から粘菌生物の収縮によって凜が離されていく。


 彼女の装備が融解し皮膚が溶かされ、美しい黒髪は見るも無残な姿に変わっていく。


 ――仲良くなったのに、仲良くなったのに、仲良くなったのに。失うのか? 失ってしまうのか? かつて親友だった彼女の様に……ッ!


「や、めろぉっ! やめろッ! やめろよッ!! 凜を離せ! 離せぇぇぇええぇぇッ!!」


 何もかもが溶かされるときに彼女は笑いながら何かを告げていた。黒喰の無駄に高性能な視覚が口の動きを捉えていたのだ。


『いもうとをおねがい』


 溶かされる感覚とは神経を剝き出しにして強酸で茹でられるような地獄の苦しみを味わう事になる。その最中に自らの死を悟り妹の命運を託したのだ――黒喰に。怖かっただろう。苦しかっただろう。なのに……なのに……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁっぁぁぁなにしてくれてんだッ!! てめぇえええぇぇぇぇえ!!」


 遠く離れて行く凜の、凜の全てが消滅した瞬間を見てしまう。自身の左腕が溶かされようとも浸食されようとも厭わない。それほど黒喰は――――怒り狂う。

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