第4話『漂う胞子の迷宮』
体内に侵入した
黒喰の痙攣する口からドロドロと血液の塊が溢れ出し、眼球はすでに汚染されスライムの苗床になってしまった。身体の自由が段々と効かなくなっている事から脳への浸食は時間の問題だろう。
すでに周囲には誰もいない。
眼前には過去に遭遇した怪物と同種の気配を感じる。
以前は大勢の仲間たちがいたが今回は黒喰ただ一人。怪物を打倒するには心許無い数字だ。すでに撤退を考えるには遅すぎた。汚染された身体で帰還すれば上の街並みが壊滅するであろう。
超越者の頼もしい相棒でもあり、象徴である武具『レガリア』。
武具固有の意思を持ち隙を見せれば宿主を侵食する諸刃の剣。超越者が侵してはいけない禁忌に黒喰は踏み込んで行く。
「おめぇを解放したのはあんとき以来だなぁ…………。ちと頑張ってみるか」
レガリアと融合し、直接繋がっている超越者は意思一つで武具の展開が自由自在だ。しかし、装備者の
それを今、抑え込んでいた境界線を解き放つ。
――『
レガリアとして加工された悪食の貪竜の意思が解き放たれた。
黒喰の足が全て竜そのものとなってしまった。硬い上に柔軟性を兼ね備えた生物的な鱗がギチギチと自らを擦り合わせ喜んでいるように聞こえる。
「この辺で勘弁してくれねえかねぇ? ――
再び大量の血液を吐きながらおどけた様子で言う。余裕など微塵も存在しないのだが精一杯の虚勢を貼る。
残っている右の拳でコンコンとレガリアを叩く。浸食が停止するところを見るに協力はしてくれるようだ。
「いくぞ。――怪物狩りだ」
一人ぼっちの死闘が始まった。
◇
日本國に点在する都市群には魔物からの侵攻を防ぐために巨大な防壁が築かれている。国内の人口は増加傾向にあるが安全が確保されている土地が少ない。都市内の人間達は住む場所を求めた結果、次々に建てられていった高層ビル群。
安全圏を抜け迷宮へ出発する為に都市防壁に敷設されている巨大な文様が刻まれた魔導門へと向かう。
この魔導門は迷宮から湧き出る瘴気を退け、魔物が嫌がる振動数を発しているらしい。迷宮が世界に発生してから数十年にも及ぶ研究の末に開発した人類の英知の結晶だ。
魔導門が開発されたおかげで人類の安全圏が広がり、人々は娯楽を楽しめる程の余裕が持てる環境を手に入れるまでの発展をしていった。
魔導門を守る都市の防衛部隊に探索者カードを提示すると防壁外へ抜けて行く。
門を潜り抜けるとスラム街が視界の端に見えて来る。危険度は高いが土地代が安い防壁の外縁部には狭小住宅が山の様に積み上げられスラム街が形成されているようだ。魔物が襲ってくる危険性が存在するのにも関わらず子供達が元気に走り回って遊んでいる。
ボロい衣服を着ており貧しさは感じるものの逞しく生きている。彼らは成長し大きくなるともれなく探索者となり一攫千金を目指す。だが、探索者と言う職業は誰にでもなれるほど甘くはない。
キチンとパーティを組んで連携を磨いて行くか。金を出して高価な装備を纏い迷宮深度の浅い所から段階を踏んで成長して行くかだ。
怪我の治療費は探索者協会が運営・支援している共同救済保険に加入すれば一定金額の補助が行われたりもする。
だが、初心者の死亡率は三割と高く。迷宮から帰還できたとしても四肢の欠損など重傷を負いスラム街へ帰っていく。
中には
黒喰は購入したガスマスクを首元に下げてニヤニヤ笑っている。艶消しブラックのゴムの質感と悪の組織の雰囲気っぽさが気に入り何度も被ったり外したり繰り返している。
その様子を呆れた目で見つめる凜ちゃん。
「子供じゃないんだから迷宮に着いてから被って下さい。一緒に居る私が恥ずかしい……」
「だってこれカッコ良くね? 超気に入ったんだけど!」
呑気に迷宮の発生地へ向かう二人。黒喰はガスマスク以外はいつも通りの革製の水着の上にホットパンツと迷宮に向かう格好ではない。自慢の褐色肌が太陽の光で照らされ健康的なエロティズムを感じさせる。
そのバインバインに揺れる褐色のデカパイを恨めしそうに見たのち、自らの胸にぺたぺたと触れた。
凜ちゃんのお胸はささやかであるだけで決して無いわけではない。長い黒髪の
神秘的な見た目とは裏腹に、自らの弱さを覆い隠すような強気な口調が迷宮配信の視聴者たちにクリティカルヒットし、
相変わらず黒喰を近付けさせない凜ちゃんなのだが、情報収集の為に探索者協会へ寄った際にも男性には一切近づかなかった。
迷宮で発掘される高級素材である白輝石から抽出された金属をふんだんに使用し、製造されたであろう見栄え重視の白銀のライトアーマー。もちろん防御力は高いし彫り込まれたレリーフが美術品を思わせる。そして自身の罪の象徴なのか背には巨大な十字架の打撃武器を背負っている。
白銀色で統一した彼女は聖騎士を連想させる。
その中でもガントレットの隙間から見える指先から肘まで覆っている黒色の皮の手袋が気になってしまう。
なぜ男性をそこまで毛嫌いするのか? と聞ける程二人の仲は良くない。潔癖症なのは別に悪い事でもないし迷宮の探索で影響が無ければ問題ないか、と思考を切り替える。
凜ちゃんの所持する配信者用にカスタムされたアシガルが背後から追従して来ている。
「今回は配信しながら探索するのかい?」
実は凜ちゃんの配信を酒の肴にしながらたまに視聴したりした事があった。その時はこんなカワイコちゃんとイチャコラしたいな~、という不純な事を考えていた。
「――ええ、そのつもりです。――妹の生命維持の為にお金が必要なんですよ。変態さんには悪いけれど配信を行いながら探索をします」
「ふぅん……」
初心者なのに余裕があるものだと黒喰は思う。迷宮探索はそう甘くないのだ。
「今でこそお金を持っているように見えますが――妹とスラム街で暮らしていた時期があったもので」
チラリと通り過ぎるスラム街を凜ちゃんは遠い眼で見つめる。凜ちゃんの妹も一緒にスラム街を出てきたのだろうか? かなりの運の持ち主だ。もちろんそれ相応の配信者としての才能と努力があったのだろう。
防壁内で暮らすためには市民権を獲得する為にかなりの額の納税が必要だ。探索者は収益から天引きされはするが税制が優遇されている。一般人の仕事をしていても税金で三割は持っていかれてしまう。
だが防壁の維持費や安全圏の開拓費など凄まじい金額が年間で飛んで行っている。高い税制は人類の生存の為に必要な経費なのだ。
「だから脅してでも俺に協力してもらおうと? まぁ、あんまし脅しにはなってないし、少しは迷宮探索に付き合ってもいいかなって思ったからね」
「……ええ、配信を行いながら迷宮探索に協力してくれる人に強い人はいませんでした――あなたなら、強そう……だから。――協力、お願いしますね」
悲壮な表情で懇願されてしまう。
「そっかそっか。いい選択だね」
眼を合わさずにそう答える凜ちゃん。後ろめたさもあるのだろう。何か急がなければならない理由もあるのだろうが教えてはくれないようだ。
『漂う胞子の迷宮』までの距離は都市からそう遠くない。魔導バイクという便利な移動手段も存在するがアシガル同様お高い。今回の迷宮は不人気で大型の迷宮の様に探索者協会がサポートで行っている魔導装甲車による送迎は無い。
一時間ほど会話を行っている頃には目的の迷宮へ到着した。
入り口には迷宮の特色が強く出てくる。入り口の周辺は鬱蒼とした樹海となっており所々に危険な色をしたキノコや苔などがびっしりと生えている。
カビの生えたチーズを食べた時のような鼻を突き抜ける粉っぽさが襲い掛かって来た。
「うっひゃ~。こりゃガスマスク必須だな。鼻の粘膜がピリピリしてやがる」
「ケホッケホッ――早く言って下さい。ふぅ……」
すぐにガスマスクを装着して一息ついた。凜ちゃんはその格好でアシガルの設定を行い配信を始めるようだ。
アシガルが凜ちゃんにカメラに向ける。背伸びをし発声の練習を行った後配信がスタートした。
「こん凛で~すっ!! 今日は『漂う胞子の迷宮』に来ております! すっごい……カビ臭いです……。不人気と言われた迷宮の探索を行いたいと思いますっ」
先程までの不愛想な態度とは一変して猫の皮を数百枚ほど被った『迷宮配信者凛ちゃん』へと変わった。
:こん凛~!
:うわ、その迷宮超絶不人気迷宮じゃん
:よく探索する気になったな
:可愛い顔がガスマスクで見えない……
:頑張って!! 凜ちゃん!!
黒喰もデバイスで配信を再生しており目の前の人物と画面内の『凜ちゃん』が一緒には見えない。ある意味で探索者の様なプロなんだなと感心する。
「今日は女性の協力者さんもいるので安心して探索が出来そうです! 後ろで腕を組んでいる半裸の女性が協力者さんです。とっても強いんですよ!? 心強いです!」
:おい、おい、あれって……
:どこかで見た事が……ああ、競魔レースで切れてた奴か
:へっ!? 人間喰いじゃねえかっ!
:おいおいおい、一緒で大丈夫か?
:あいつなら……魔物に対して安全だけど……ヤバくない?
ガスマスクを被っていようとも特徴的な褐色肌に半裸の痴女では一発で視聴者にはバレたようだ。
「…………――大丈夫です、よ? それでは探索を開始します! れっつごー!」
視線を一度だけ黒喰に合わせ迷宮内へ入っていく。凜ちゃんは何かを誤魔化していたようだが彼女の実力を見定める方が先決だと思い、迷宮の入口へ共に潜っていった。
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