第3話おいでませパンデモニウム百貨店
「で、私の実力を試すために手頃な迷宮の依頼を受けた……と。そう言いたいんですね? ――ならば、なぜ迷宮攻略の必須アイテムである高性能ガスマスクの代金を変態さんの分まで私が払っているんですか?」
迷宮探索の事前準備の為に、武器から薬まで何でも揃うと売り文句の『パンデモニウム百貨店』に二人はやって来ていた。
――パッパッパッ~パンデモニウム~なんでも売っちゃうパンデモニウム~。
気の抜ける音程のパンデモニウム百貨店のテーマソングが店内に流れている。切絵は対策アイテムさえあれば攻略は容易だと言っていたが、必要経費までは伝え忘れていたようだ。
機嫌が悪そうな凛ちゃんはゴールドカードでアイテムの支払いを一括で済ませていた。高所得者しか得られないカードを持っているという事はかなりの収益を得ているのだろうか? 黒喰は疑問に思う。
その視線に気付くと
「これでも私は有名迷宮配信者です。迷宮深度1を中心に活動を行ってかなりの金額を稼いでいる――つもりですよ。…………だけど、お金じゃ手に入れられないものがあるんです……」
金では手に入れられないモノ。それはいくつかある。
若返りする事が出来たり死者の蘇生を可能とする霊薬。『身体の境界を曖昧にする
迷宮を探索する際に稀に発見される文献にその神話級のアイテムの存在が記されている。
一説によれば地球全ての神話の概念と言うべきものが凝縮、固定化され迷宮から発掘、発見されるアイテムの元になっているではないかと噂されている。
まるでゲームのドロップアイテムの様なものなのだが未だ出現方法は謎に包まれている。
アイテムのランクを落とせば
探究者を支援している国々からすれば強い探索者にはできるだけ長く生存して欲しい。回復技術や再生医療など盛んに研究が行われているが、迷宮に潜る探索者の身体は個人ごとに細胞が変異している為に治療法の目途が未だに立っていない。
怪我人の細胞を培養し移植するなどを行えば奇跡的な確率で可能だが莫大な金銭がかかる。それでも培養した細胞は変異化して使い物にならない事が多いのだ。
その為、迷宮深度が深い場所へ治療を希望している一般人を連れて行き、強制的に瘴気へ馴染ませる実験も行われている。
だが成功した試しが無く瘴気による汚染で、細胞異常を起こし衰弱して死に至っている。
戦わない者を連れて行く事を迷宮がまるで拒んでいるかのようだ。
迷宮深度のレベルが高い場所へ才能ある探索者が潜れば、強靭な身体と再生力を得ることが出来る。
黒喰のような超越者ではもっと話が変わって来る。
彼らは強靭な精神と筆舌しがたい鍛錬によって鍛え上げられた肉体を持っている。深層の瘴気による汚染や変異に耐え抜いた先に超越者への階梯を登る。その様は変異した魔物の様な存在であり、レガリアである武具とも融合、共存している。
腕一本吹き飛ぼうが内臓が破裂しようとも、魔物の様な再生能力で時間が掛かるが少しずつ肉体が治ってしまう。
欠損したものが再生する時に筋繊維は太く頑丈になり徐々に強くなっていく。
そして迷宮へ潜る度により強くより死に辛くなっていく。進化する事を何者かに義務付けられているように。
だからこそ“
「妹さんは重篤なのか? ――待て、睨むなよ。状態を知らなきゃ何を手に入れればいいのか分からないだろう?」
凜ちゃんの妹の状態を聞こうとすると鋭く睨みつけられるが黒喰にも言い分はある。一応ツテはあるのだが…………できる限り、いや、絶体絶命の状態でも頼りたくないツテだが心当たりはあった。
神話級のレアアイテムが欲しいと凜ちゃんに言われても、黒喰や超越者の連中でも手に入れたことが無いのだ。
「――――答え……られない……です……。ただ、妹が生きているのか死んでいるのか定義するのは人それぞれ、ですよ」
「となると………………神話級のシロモノをご所望で?」
彼女はコクリと頷いた。黒喰は額に手を当てて大きく溜息を吐いた。
「お前、死ぬぞ?」
真紅の瞳を開かれ凛を威圧した。
店内の空気は重たいプレッシャーに包まれ沈黙する。それほど彼女が手に入れたいアイテムは世界中の人間が望んで止まない貴重なシロモノなのだ。
黒喰にはかつて迷宮探索を精力的に活動していた時期があった。
同行していた超越者の数も多く迷宮の踏破は問題なく完遂される、そう思っていたのだ。準・超越者とも呼ばれる人間が数百名と超越者が十数名、その大戦力で探索を進めていた。
現れる魔物を殲滅していき未知の迷宮深度まで到達した。人類の新たなる一歩を踏み出せたのだとチーム内では歓声が上がっていた。
その時に現れたのだ、迷宮の守護者とも悪夢と言うべき存在が――
怪物と言う悪夢の前では超越者ですら足が震え身体が立ち向かうことすら拒んでいる。見上げるほどの巨体は都市の高層ビルを超える程の山の様な存在であった。
獣の様相なのだが二足歩行で歩き前腕が異常に発達している。禍々しい頭部には対になる悪魔の様な角が生えていた。
こちらの集団に気付くと大きな顎を開き咆哮を放った。
獣の咆哮は強烈な衝撃波を伴う。ギロリとオレンジの瞳孔が開かれると目標を定めこちらに駆けて来た。巨大な獣が探索者の集団の中を通過するだけで人間が磨り潰され次々に死んでいった。
人類の希望であった超越者は果敢にも怪物に挑んだ。超越者のみが許された
もちろん黒喰も激しい戦闘を行い消耗していく。だが、今までの攻防は何だったのかと思うくらいあっけなく仲間の肉体が弾け飛んだ――
怪物が楽しそうにニチャリと口角を上げると天を仰ぎ咆哮を上げた。その時、怪物の纏う雰囲気がガラリと変わると煉獄の様な瘴気を身体から発生させた。
獣の怪物は今まで探索者達で遊んでおり、戦闘行動すら行っていなかったのだ。
怪物はようやく戦闘形態に移行したのか全身から物理的な圧力を発生させる。
瞬く間に同行していた探索者が全員死んだ。巨腕を一振りすれば発生した獄炎の風で超越者が消し飛んだ。
隊のリーダーは即座に撤退の命令を下した。むしろ遅いくらいだと皆は思った。超越者ですら裸足で逃げ出すほどの存在だったのだ。
黒喰は納得がいっていなかった。
黒喰は怪物との戦いに挑む。近づくだけで煉獄の瘴気に包まれ全身を焼け爛れさせる。しかし、負けん気の強い黒喰は怪物を睨みつける。
『
半身とも言える『悪食貪竜』で地を駆け抜け大きく跳躍すると生物の弱点である怪物の眼球を狙う。決死の強烈な蹴撃は眼球の水晶体まで届くも、怪物の手で叩き落とされた。それだけで黒喰の身体の左半身が吹き飛んだ。
――カッコつけた癖にこの体たらくかよ……。
朦朧とする意識の中、齧りついた怪物の水晶体の瘴気で黒喰の身体が強制的に再生される。肌の色は怪物の体毛に似た褐色へ変化していき耐性すら獲得する。だが、あまりにもの膨大な瘴気の濃度に身体が痙攣し嘔吐する。
『瘴気酔い』
探索者とも言えど身体に順応しきれない程の瘴気を瞬間的に浴びると起こる現象だ。怪物の欠片を吸収しただけでこれだ。
――人類が勝てるわけがない。
この時、超越者として乗りに乗っていた黒喰は怪物に対し強い敗北感と挫折を味わった。
命からがら撤退に成功するもそれ以来黒喰は迷宮を踏破する事を諦めたのだ。
回想が終わると意識が現実に戻って来る。
目の前には全身を震わせながらも強い眼差しで睨み返してくる可愛い子犬。身体は探索者にしては華奢ですぐにも折れそうだ。
しかし、濡れガラスの様な艶のある黒髪の特性である重力魔導の素質が垣間見えている。超越者である黒喰の重圧を辛うじて受け流している事から伺えた。
――言うだけの覚悟はとっくに決めていたようだな。
黒喰はかつての怪物との戦闘を思い出しながら、目の前の小娘が気を奮い立たせ立ち向かうような瞳に何かを見出す。
「ふむ、覚悟は充分か……。ならば必要経費は任せたぞ」
後方師匠ヅラしているが言っている事はとってもカッコ悪い。お金が必要な世の中が悪いのだと言っている本人は思っている。
「変態さん…………図々しいってよく言われません? ――まぁ、何だかあなたは強そうだし頼りにしていますよ?」
「ん? 俺の事を知らないのか?」
「知りたくもないです。変態さんの事なんか」
そう言われ黒喰はケタケタと笑いながら手を叩いた。
黒喰の二つ名を知っている者からはかなり恐れられていた。
そんな自身を捕まえておいて『変態さん』などと呼ぶ人間がまだいるとは思わなかったのだ。『変態さん』の名の通り、迷宮で“ナニ”をする人間には全く持って相応しい称号だ。
かつて共に戦い親友と呼べる
その親しい女性の面影がふと凜の表情に重なった。――たしか、あいつも結婚して子供もいたようだが……もう、半世紀以上経っているからなぁ。
思う所があったのか迷宮探索に本腰を入れるのもいいかもしれないと黒喰は思う。
「違いないな――今まで俺の趣味がバレた事は無かったんだが……。迷宮探索にある程度目途が付けば、あの証拠の映像は消してもらうぞ?」
その黒喰の要求に舌を小さく出しながらオゲェッ、と吐きそうな顔をする。
「いつまでも変態さんのオナニー姿なんて保存したくないです」
「せっかく濁して言っているのにハッキリ言わないでくれ――――心が痛い」
探索で必要なものを買い込んで行く。黒喰に必要なものはあまりないのだが初心者である凜ちゃんにとっては必要なのだ。
黒喰は胞子を吸い込んで肺が汚染されようとも時間が経てば耐性を獲得し克服することができる。凜ちゃんにとっては猛毒にも等しいが。
探索に必要のない酒瓶を買い物カゴに放り込んでいると黒喰の尻を凜ちゃんに蹴り上げられる。ビクともしない事に腹を立て、凜ちゃんキックが炸裂しペチンペチンと店内に何度も打撃音が響く。
なんとも楽しい買い物に黒喰は笑顔になった。――過酷な探索の前ぐらい楽しまなければ損だな、と。
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