閑話② this boy is a EVIL

気付けばヒューズは無意識に後退りしていた。

簡単な話だ。目の前でコートを後ろに放り投げる創一の──邪悪で、悪魔より悪魔している表情を見れば一目瞭然だ。


子供の威圧感ではまずない。


「俺と殺るってかァ?」


目の前の少年は興奮しているのか、狂気を帯びた上擦った声でそう嬉しそうに呟きながらこちらを見ていた。


「うわぁ⋯⋯最悪だよ」

「え?」


リチャードとシンディが嫌そうに二人の状況を見ており、他の数人の連中は疑問を投げかける。


「お前らは知らいないだろうけどな、アイツは俺達二人にとっては変顔マスターってあだ名が付いてんだよ」

「へ、変顔マスター?」


ニック達が半笑いで聞き間違いだと前傾姿勢に切り替えながら再度聞き直した。


「ほら、見ろよアレ──」


リチャードの一声で全員が創一の方へと目をやる。


「アレ、いつもクールぶってる奴の表情じゃねぇだろ?どう考えても」


悪魔よりもタチ悪そうだなと感じる頬の上がり方。バチバチにキマってる眼光。明らかに嘲笑しているだろう笑みの浮かべ方。


確かにリチャードの言う通り、中々変顔というには間違いではなかった。


「いや酷いだろ?アレ。戦場だといつもアレだぜ?慣れちまえばただの号令みたいなもんだろうけどよ?流石に初見の時は俺も嫌だったんだぞ?身震いしちまって最初の頃は帰りたかったんだからな!?」

「リード、実は創一にビビってるんだ!だからいつも創一の背中に隠れて上からギャ〜ギャーなんか言ってんだね」


コルトの言葉にリチャードの左側の額だけ少し上げ、苛立ちを見せる。


「口だけは随分な事だが、お前──今日といい、この間といい──馬鹿みたいに役に立ってねぇからなぁ?忘れんなよ?臆病コルト⋯⋯ちゃん♡」


「なんだと!?」とコルトがブチ切れながら立ち上がってリチャードの胸ぐらを掴む。


「おいおい、創一が言ってたじゃないか──」

「うッっ⋯⋯!!」


コルトはその場で宙に浮かされ上下逆さまになっており、そのまま地面に容赦なく叩き落とされた。


「胸倉を掴むような奴は大したやつじゃないって」


笑顔のリチャードだが、まるで格の違いを見せつけるように倒れているコルトを上から見下ろしている。


「さっ、見よう見よう」



「さーてと──」


創一が手で反対側の首元を触っている。そのままゴキッと首のある部分を鳴らし、顔は子供のように満面の笑み。


「俺は足しか使わねぇから──好きに来いよ」

「なっ、舐めるな!!」


Modern Army Combatives──。

アメリカ陸軍格闘術。


ヒューズはかなりの使い手で、負けた回数は僅か一桁である。指導力も兼ね備えた一級の士官であり、先読みや運動能力も決して低い訳ではない。



なのに。


ブンッ!!!


'何故だ'


ブンッ!!


'なんなんだ!?この子供は!?'


心境は最悪。

ヒューズが何度も何度もフックや拳で様々な角度や場所から連発しているにも関わらず──創一はズボンのポッケに両手を突っ込んであくびをしている。そしてそれを見ながら、最小限のスウェーのみでヒューズ高速のジャブやストレートを余裕●●で躱している。


ブンッ!


186cm、体重102キロ。そんな体格から放たれる拳をあくびをしながら躱す目の前の子供を全く信じられないヒューズ。


連発して放つジャブが通ったと同時にかなり大きい風切り音が聞こえる。並の人間ならば、恐怖で多少の動きが制限されるだろう。それを創一は鼻くそでもほじくってるような舐めた目つきでその攻撃を躱す。


「このっ!」

「⋯⋯⋯⋯」


有利だと思っていたリーチを利用した戦略は失敗。すぐにヒューズは別の計画を実行しようとスウェーバックをした⋯⋯その時だった。


ザァァッ──!!


一瞬だった。ヒューズの見せたほんの僅かな隙。そのシフトしようとした一瞬の間に、突然創一が片足で地面を蹴ってヒューズの懐へと加速する。


膨らむ創一のふくらはぎと太腿。9歳なんて嘘だと思うほどの鍛え上げられた年不相応の太い足。


蹴り上げた音が響く、全員の注目が集まるほどに。


'何っ!?'

ヒューズは詰めてきたタイミングを見て──この子供は本物だと確信した。


'来る⋯⋯足が⋯⋯!'


私と彼の一番の差は──体格差だ。存分に活かしてやる!!本気でやる!


ヒューズは脇腹と正面をやられないように半身に変えて創一に対して真正面に向かないように体勢を変えた。


ポケットに突っ込んだままの創一が左足を軸足として踏み込む。そして全ての動きがカチッと連動するように右足の回し蹴りがヒューズに飛んで行く。


最初は下がって避けようと思った。だが、この子供は素早い。一連の動きから見てもそうだ。


明らかに威力より速さが勝っている。初撃を防げても次に全力を込めてくるはずだ。初撃をどうにかすれば⋯⋯とヒューズは回し蹴りを一番強い部分で受けた。


ドンッッッ!!!


ヒューズは思わず声を上げた。声というよりも悲鳴に近い声。


直撃した創一の蹴った衝撃で掃除機に紙が吸われた時のようなスポンッ!というあの音の100倍くらい恐ろしい衝撃と風切り音がこの場に響く程だった。


防いだヒューズの肘は痛みでぶらんと脱力して下へ落ちる。しかし問題はない。「体格差を利用してコイツをチョークや投げ技で叩き落として教えてやる」とヒューズはタックルでそのまま突き落とそうとしていた。


「あれっ────」


しかし、何故かヒューズの頭には掌をポンッと置かれている感触があった。つい数秒前までは目の前に居て、そのまま蹴り上げようとしていたはずだ。「何故いない?」と混乱している間に、生々しく鈍い音が聞こえた。


ドンンンッ。


創一がやっている事自体は簡単だ。ヒューズの頭を支えに倒立していて、上から思い切り振り子のように地面に向かってヒューズの頭を蹴り落とした⋯⋯それだけだ。


だが、蹴り落としたとは思えない凄まじい威力が込もったであろう少しだけ入った小さな亀裂は、もはや子供のものではない。大人でもここまで威力が出せるのか怪しい。


そして、意識の無いヒューズはそのままうつ伏せになって倒れていた。


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