閑話②twisted brat,fearface

「あ~あ~」


資材置き場の上に雑に座る九人。その中の一人、リチャードが可哀想な物を見る目でヒューズを見下ろしている。


「リードどうしたの?」

「何って⋯⋯可哀想だろ?創一の相手だぞ?俺ですら手加減されててもやりたくねぇって答えるのに──あんなお怒りモードで喰らったら死ぬね」


そう呟きながら煙草に火を点ける。コルトが「うわっ、くっさ!!」と手で目の前の煙をブンブン振っている。


「とりあえず後30分は待機だぞ〜こりゃ〜」




「起きろ──殺すぞ」


悶絶しながら仰向けで寝っ転がるヒューズの耳に、たった一言その言葉が聞こえ、反射で起き上がる。


「なんの⋯⋯つもりだ!?」


踏みつけられた首の付け根を触り、殺気を込めながら創一を睨むヒューズ。


「気に食わないなら、早く言え。黙って言う事を聞いてりゃいいんだよ。なんだ?さっきから突っかかってきやがってよ。エリートならさっさと書類仕事してろよ。一々口出しすんな気持ち悪りぃ」


ミリタリー仕様の真黒いゴアテックスズボンに両手を突っ込み、自身と少し距離が空いたところから鋭い眼光でヒューズを蔑むように見ている。


「私は」


ヒューズは怒りで拳を握りしめる。


「そう言われない為に──長いこと現場で経験を積み、士官になったんだ。貴様のような子供に言われる筋合いはない!」


ヒューズなりに気を遣って言葉を発するが、「あぁそう。凄いな。すまんすまん。自慢は分かったから──口出ししたことを反省しろよ?」と見下した言い方で軽く一蹴する創一。


そしてそのまま背中を向け去ろうとしている。


「おいおい、創一良いのか?」

「アイツは馬鹿じゃないと思うからいいわ」


軽く片手で横に振ってそう軽く返事を返す創一。


「待て──」


ヒューズの力の込もった一言がその場に響く。


'結果が全てじゃない'


ふざけるな。子供だかなんだかしらんが、常識と最低限のマナーというものが分からんとは──敬意という物は無いのか!?


この子供からは敬意や謙虚な姿勢が見受けられない。なんならこちらをせせら笑っているようにも見える。


子供だから許される訳ではない。こんな事が許されるならば、もっと私が上にならなくてはならない!


正義感に溢れるヒューズ。それもそうだろう。彼の人生というのは──簡単に言ってしまえば⋯⋯全て順風満帆。


本人が挫折と思っている失敗したような出来事も実は簡単なものだ。


だがそれも、ハイスペックな彼だから気付かないというモノ。


─────上に立つ者の資質ではない。


「はぁ」


呼吸を整え、下を向いていたリチャードが創一の方を見つめようとしたその時──もう視界は真っ黒に染まっていた。


ドォン。


有無を言わさずに創一が一気に距離を詰め、ヒューズの顔面にドロップキックを手加減せずにぶち込んだ。


「げはっ!!」


そう激しく必死な一言を漏らして4,5m程後ろへ飛んでいき、そのまま死んだように仰向きで倒れている。


「うーわぁ〜超痛そう〜」


見ていた9人が両手で自分を抱きしめるようにしながら、引き攣った表情で震えている。


「オイ──お前はエリートだと思っていたが」


ゆっくりと一歩ずつ進みながら独り言を漏らす創一。


「アァ?てめぇはエリートなんだろう?さっさと気付けよ──今てめぇが抜かしてるこの会話が既にエリートじゃねぇ〜んだよ」


倒れているヒューズに向かって嘲笑を向ける創一。


「⋯⋯くっ」

「ほぉ〜?意識はあったようだな」


感嘆の息を漏らしながらゆっくりと進む創一。

対して、ヨロヨロ産まれたての子鹿のように立ち上がるヒューズ。


'な、なんて威力なんだ'

ヘンリーさんが言っていた事は本当だったのかも知れない。


ヒューズはしっかりと創一の全体を捉えた。


身長は大体140cm程しかない。だが、この私を飛ばせるほどの力があるとは到底思えない。


だが、合気道や他の何かを学んでいたのかも知れない。


「⋯⋯ん?なんだ?」


ヒューズはナイフを持たずに、両手を前に構えている。


「ァ?なんのつもりだ?」


気付いたと同時にその場で立ち止まる創一。


「私は、子供を戦場に行かせない為に国に命を賭けているんだ!」

「は?なんの話だ?まぁいいや。とりあえず────」



その瞬間。


見えない謎の威圧感と圧迫感がヒューズを襲う。


'なんだ?'

数分前とは違ってこれは恐怖だ。さっきとは、質が違う。本物の恐怖に理由などない。こんな子供に私が恐れを抱いているだと?


全身が緊張で思うように動かない。戦場とは違ったモノ。


ヒューズにとって沈黙の時間が、体感何十秒にも伸ばしていく。


ドクン。


'マズい'


ドクン。


心臓の鼓動が全身を掛け巡るようだ。


落ち着きをなくすような。

この場から逃げ出した方がいいと本能がそう警鐘を鳴らしているのか。


ドクン、ドクン、ドクン。


創一が羽織っている真黒のコートを後ろへ投げる。


タンクトップ一枚の創一。

その腕は人間の皮膚とは思えないほどの大量に刻まれている切り傷と自傷●●痕。擦り傷や他の傷という傷が、少ししか見えない両腕に全て刻まれている。


全神経から「この場から逃げ出したい」と言っていると思うほど心臓の鼓動が早まり、ヒューズの瞳がギラギラ虫のように輝かせている。


自分が逃げ出さないように。

恐怖で体が動かなくならないように。


見ようともしなかった創一の顔を偶然チラッと見てしまった時──創一がヒューズに向かって笑みを向ける。



















「わかったよ──俺とやるってんだなァ?」


美しい顔が台無しになる程──邪悪な悪魔の笑みを浮かべる創一。


それはもはや悪魔の方が可愛いとさえ思える程に酷いその表情は、味方をもビビらす程効力がある。


「うーこえー。あれ、毎回やられるけど、すげぇ締まるんだよな〜」

「分かる。創一のアレ見るとこれから地獄だぁ〜って感覚になる」


リチャードとシンディが身震いさせながら小さく笑っている。


「良いだろうォ!殺ろうぜェ?俺は足しか使わないから──好きに掛かってこいよ」


邪悪な表情のまま、嘲笑を向けながらヒューズにそう言い放ち、ノーガードのままその場で立ち尽くす創一だった。

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