閑話① 先生
「はーい!授業を始めます!」
異世界では決して見れないであろう綺麗な教室に黒板。
そして数十人分の机と椅子。どれも実際にある学校の物より遥かに清潔で綺麗だ。
それに座っている数十人の子供達に対して手を叩きながら注目させる青年の正体は純平。
純平の最たるモノは──頭脳であり、そしてそれをもっとも活かしているものが商売である。
実際、ガゼルが居なくなった後に全ての調整と許可を含めて全業務の最終責任者がこの神門純平だ。
神門の姓を名乗る事のプレッシャーは果てしないほど重く、とても普通の感覚では中々難しいだろう。
そんな中、数年を経て本人とまではいかないが、中々形になる(他と比較してはいけません)ようにはなってきているそうだ。
今日は、週に何回かある今後必要となる知識や必要なことについて学ぶ授業だ。純平はそこの商売に関する授業を受け持ち、色んな少年少女達にその頭脳を存分に発揮して日々発信を行っている。
「さて、今まで沢山の言葉を学んできましたね。それではライ──例えば、王都で売っていた露天販売出来るラーメンがあったよね?あのラーメン一杯当たりの原価が300円で、売価が750円の場合、この原価率を5秒以内に答えてごらん?」
「40%です」
ライが暗算だけで答えを即答する。純平はノリノリで指を鳴らしながらチョークを取り出す。
「流石。これは当初、若が「まずはこんな数字よりも、知ってもらい少しでも認知を広げる」という名目で始めたモノだったって説明したよね?それでは追加で問題を出すよ?」
純平が黒板にチョークで問題文を速いスピードで書き出していく。
「これはあくまでも──「知ってもらう」ということを中心に考えている事が分かるよね?ではマレちゃん。いつも説明していると思うけど商売の中でも⋯⋯特に飲食系統のお店では、売上に対する原価率を30%以内に抑えようねと様々なところで説明を聞くと思うんだけど、じゃあこの例に出したラーメン一杯の原価率を30%に抑える為には──いくらの売価にすればいいかな?」
少し悩む素振りを見せるマレだが、すぐに元気よく手を上げる。
「1000円です!」
「正解!成長したね。あくまで教材としての例文だから、実際には金貨や銀貨という別の感覚になると思うんだけど、それは各々で自習しておくようにね」
純平がそう聞こえるように呟くと「はい!先生!」と元気の良い返事が返ってくる。
**
「おーけー。大分成長したね。ここまで復習したわけなんだけど、もうかなり全員能力の向上が見られるから⋯⋯そろそろやってもらおうかな」
子供たち全員がなんのことか分からずに首を傾げる。対して純平はニヤリと意地悪な事をするつもりにしか見えない悪い笑みを全員に見せつけていた。
「それでは──」
純平が教壇から動く。
ゆっくりと止まった場所は、一人の少年の前。
「それでは試験と思って臨んでもらうよ」
突然の宣言に全員が思わず不満の言葉をもらしている。
『えー!勉強してないのに〜!』
『嘘だろ〜?最悪だぁ〜』
「はいはい、これはある意味実践的なモノだから勉強は関係ないよ」
周りの会話を一旦止めさせてから少年と目を合わせる。
「私の事を客だと思って──この羽根ペンを売ってごらん」
「え」
手渡しでペンを渡され、突然のことに焦りを見せる少年。
「あ、え、⋯⋯こ、これは」
無言で見つめる純平の謎の圧が少年の思考回路を狂わせる。必死に思考を回すが、少年の頭には全く言葉が浮かんでこない。
「これはいいペンです。ど、どんなところがいいかと言いますと──」
少年の話を遮り純平がペンを回収する。そのまま隣の席へと移動し、再び手渡す。
「このペンを売ってごらん」
「は、はい!このペンは様々な事に使えます。例えば、紙にメモをのこ──」
ペンを回収する純平。
「ライ、このペンを私に売ってごらん?」
'重圧がすげぇや'
なんて圧迫感なんだ。売るとなった時の客はこんな表情をしているのか。
ポーカーフェイスで笑顔を作るライ。そのままペンを一周してから口を開く。
「羽根ペンの使い方はお分かりですよね?」
「勿論だよ」
「実はこのペンには隠された機能があるんです」
「ほう?」と純平が顎に手を当てる。
「通常のペンではすぐにインクが切れてしまいがちなんですが、こちらのペンを買っていただくと──他のペンより1.3倍ほどの持続力があります」
実際にライが使っている羽根ペンと渡されてたペンを並べて流暢に説明し始める。そのままその後も、「如何にこのペンが良いか」そして「このペンを買ったらどれだけ良いか」という説明を純平にし続けた。
「以上の点で、このペンを購入する事を勧めます!」
ライの説明が終わると、一拍遅れて拍手が起こる。そしてどんどん拍手の音は広がり、やがて全員がライに対して賞賛の拍手を送っていた。
「いやぁ〜それほどでも〜」
ヘコヘコしながら頭を掻きつつ嬉しそうにしているライ。
「素晴らしい説明だったよライ」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん」
「じゃあ合──」
誰もが答えをハッキリと理解していた。
──"合格と"
「不合格だよ」
教室の空気が一変する。誰もが合格だと思ったライがまさかの不合格という返事が返ってきたからだ。
「な、なんでですか?」
「客に分かりやすい説明をするという心掛けは良かったよ?勿論。だけど致命的な問題がある⋯⋯私はそう思っている」
何故か分からないライが答えを待つように純平を見上げる。
「それじゃあ⋯⋯私の答えを言うのは勿論あっているけれど、私が痺れたある男の人の元へ──聞きに言ってみようか?」
---食堂
「若〜?」
「ん〜?」
食堂の長テーブルの真ん中辺りで一人ラーメンとオムライス、豪華な装飾が施されている食器の上にある沢山の寿司を周りにいるガーネットとロア、そしてその他面子が揃って一緒にその並んでいるお寿司を食べていた。
「ガゼル!それちょうだい!」
「ん?いいよ」
そう言って皿をロアに向けて渡そうとするガゼルだったが、明らかにそうじゃないと不満気に顔をぷくっと膨らませているロア。
「なんだよ⋯⋯なにがおかしいんだよ」
溜息混じりにそう吐き捨てると、ロアが箸をチラチラ触りながらあ〜んしろよとジェスチャーで伝えているロア。
それを見ている全員の視線が強烈に鋭い。
もはや気付いていないのはイグニスだけだ。
「はい」
「ん〜!美味いね、コレ」
「だろうな。子供達が丹精込めて作ったんだからな」
まともな回答が返ってきたロアは、一人後ろを向いて愚痴をこぼしていた。
なんか私が汚い感性を持ってるような言い方じゃない!
元の体勢に戻って食事を続けようとしたところで、ジュリアが酒をガブガブ飲み干す。そしてゲラゲラロアを嘲りながら、目を合わせたままイグニスの肩に手を回す。
「創一〜、お前こんな髪になってま〜た女引っ掛けてんじゃないよな?」
甘い声でイグニスの耳に吐息多めで話し掛けるジュリア。
そして更に身をイグニスに預けて、胸が当たっているという感触が持続的に残るくらい腕付近でメスを存分に魅せている。
「そんな訳無いだろ。何言ってんだ。俺に恋愛は──難しいだろう」
何処か儚げにそう言うイグニスの一言に、何かを察しているジュリアが数秒間あけてゆっくりと瞬きをしながら笑う。
「知ってた」
「だろ?」
んんんん⋯⋯⋯⋯。
イチャイチャしてるようにしか見えない二人の会話に怒りが湧き上がり、思わず立ち上がる。
「ロア?」
「私も隣に行く!」
「はいはい、異世界のお嬢ちゃんはそこでおとなしくしなさいな。そんな汚れた口元で創一の隣に行く事は許されんぞ」
ギュッと更にイグニスの身体に自分の身体を押し付け、ゴホンと恥ずかしそうにしているイグニスを弄ぶように笑っている。
「すいません〜」
そんな痴話喧嘩の中、純平が腰を低くしながら申し訳なさそうに現れた。イグニスは嫌な顔一つせず、食べながら口を開いた。
「んん⋯⋯あぁ〜どうした?」
寿司を食べきってから純平に返事を返すイグニス。
「お忙しいのは承知で一つお願いがございまして」
「おういいぞ、どうしたんだ?」
箸で寿司を取皿に置きながらそう返すイグニスに、すぐに感謝の言葉を並べながら説明を軽くする。
「なんだ?つまりなんかのテストをやってるって?」
「はい、彼らを呼んでもいいでしょうか?」
「ここは皆の場所だ。俺の許可なんていらんよ」
その返事と共にライたちを含めた数十人の子供達がイグニスの元に集まる。
「おう。なんかやるらしいから、一旦ジル達少し離れてもらっていいか?」
「仕方ないな」と少しだけ椅子を離して様子を眺める一同。
「それで?純が受け持ってるってことは⋯⋯商売の授業を受けているガキ共か。おお⋯⋯ライじゃねぇか。元気そうだな」
数十人いる中の最前列にいるライを見つけて笑顔を向けるイグニス。
「お久しぶりっす!元気にやらせてもらってるっす!」
デカくなったライを微笑ましそうに眺めるイグニス。
「それで?なんでそんな緊張しながら俺を見てるんだ?」
クスッと鼻で笑いながらライを見上げる。
'大丈夫⋯⋯殺されない⋯⋯殺されない'
ビクビク緊張しながらイグニスを見ているライだが、深呼吸しながら目の前にある椅子へと座って、遂に口を開いた。
「ガゼル兄ちゃん、このペンを俺に売ってくれないか?」
一瞬静まる食堂内。だが、イグニスは半笑いでタバコに火を点けながらペンを凝視した。そのまま手招きでペンを手元に持って来させ、溜息をついた。
「なるほど、純らしいな」
「それほどでも」
「それで?ライ。生産した地球の奴ではなく、この糞みたいな羽根ペンを
「そ、そうっす!」
持っている箸を机にカランと音を立てながら置いて、ペンをコロコロしながら一周している。
'ひええ〜'
さっき純平さんに言われた時は肝が冷えた〜。いきなりガゼル兄ちゃんに売れと言えなんて心臓が持たんって!
「お〜けい〜」
なんかのスイッチが入ったのか、イグニスの口調がネイティブスピーカーのような話し方に変わった。
全員がその一言で何か察するくらいイグニスの雰囲気が別物に見える。
3秒程の沈黙。
内容が決まったのか、ライに向かって話し出す。
「おーけい。そう言えば、お前は教育が終わったら経営をしているうちの系列で接客をしたいと言っていたな?」
「は、はい!」
「そうか、すぐに枠を作ろう。一通り学び終わったらそのまままっしぐらな道へ。純、残しておいた契約書を」
純平の方へと首を向けながら片手を出すイグニス。アイテムボックスから急いで純平が取り出してイグニスの手へと手渡す。
その契約書にイグニスはササッとサインをし終わり、紙をライの目の前にスッと無音で置いた。
「それじゃそこに名前を書いてくれ」
「あ、ありません」
「うちで生産しているペンで書くとなんか問題があるかもしれないなぁ〜」
イグニスがそう言うと、「買ってきます」と立ち上がるライ。
すると全員が何かを察して無言のままイグニスを見つめる。
「これを買え。それでお前は契約書にサインが出来て俺はお前にペンを売る事を達成した。商売で需要と供給なんてものは当たり前だが⋯⋯一番大切なのは相手が買わざるを得ない状況を作り上げることが一番大事だぞマイファミリー」
スラスラそう言い放ちながら羽根ペンをライの目の前にポイッとほんの少しだけ軽く放り投げて、自分はそのまま箸を取って寿司を食べ始めた。
'ま、まじかよ──'
ライの身体に雷が落ちたような衝撃を全身で身を持って体験した。
今起こった事が衝撃的過ぎて、そのまま全員が10秒ほど無言で立ち尽くす。
『うっは⋯⋯⋯⋯』
ジュリア達が思わず笑いながら当たり前のように食べているイグニスを見て惚れ直すように見ている。
そして──。
『すっげぇ!!』
『いっひひひひ、かっこよ』
衝撃的な回答に全員からどよめきが起こり、その歓声はしばらく収まることはなかった。
**
「兄ちゃん!」
「お、お前らなんだよ」
有り得ない程の圧に思わず苦笑いで対応するイグニス。
「一応確認だが、オッケーはオッケーだろ?」
「勿論です⋯⋯若」
「なんでそんなスラスラ出てくるんですか?」
ライが思考停止したように、一点見つめでイグニスに質問を投げかける。
「まぁその前に、お前はなんて答えたんだ?」
「買うと良いことだったりとか、ペンの能力を説明しました」
モグモグマグロを噛みながら「ん〜」と軽く返す。
「ライ、お前⋯⋯こっちの王都で買い物したか?」
「え?しましたけど」
当たり前過ぎて、返事がおかしくないかどうか一瞬悩みながら返すライ。
「言いたくないならいいが、何を買った?」
「参考までに食器を買いました」
「食器か。なんでその食器を買ったんだ?」
「絵柄が好きだったからです」
「絵柄な?たまたまかも知れないが、それがお前の食器を買うことに必要な条件な訳だ。じゃあペンは?」
「え」
ライが言葉を詰まらす。それを見たイグニスが、笑いながらタバコに火をつける。
「な?買う側の時に答えも出ない奴が売り手になってどう売るんだ?まずはそこから考えなくてはならん。さっきのテストでいうと、
煙草を美味そうに吸いながら口から煙を吐くイグニス。
「これが純でも変わらない──純、お前今日なんかあるか?」
「今日ですか?凛と一緒に開発の会議が」
「俺と買い物に行くぞ。一応念の為一筆書いておけ」
「ペンがありません」
「これで書け。まぁ実際は身内だから無料で渡せばいいが、色んなパターンでもやらせようと思えば好きな物を買わせる事ができる。それの差別レベルに高まっているモノが──貴族が蔓延る社交界って訳だ。ブランドが付けばそれだけで人が買う。俺の言っていることの権力状態だな」
黙ってライが真剣にメモを取りながら完全に講義を受けている学生状態だ。周りを見ても、気付けば子供達が必死になってメモを取っている。
「そして、需要と供給。これも分かっていないと売れる訳がない。武器が流行っているのに、防具を売ったところで意味が無いのと一緒だ。俺の例はあくまで必要な状況をを作り出して売るという力技に過ぎない。
同時に何の需要があって、どこから入手するのか。それを即考えはじめないと商売という厳しい世界で生き残るには難しい問題だと俺は思うぞ?それから──」
イグニスがしっかり解説している背後で、純平が懐かしさを感じながら嬉しそうに口角を軽く上げて思い出を振り返っていた。
────
───
─
「若!」
本を読んでいる創一のもとに純平が走りながら目の前に現れる。
「どうした〜?」
「物を売るにはとうすれば効果的なのでしょうか?ある程度成果は出るんですが⋯⋯」
落ち込みながら下を向く純平。そんな純平にお菓子を渡す。
「あ、ありがとうございます」
「俺が手を付けてないから売上が落ちている事なんか気にするな」
落ち込んでいる純平の頭に軽くポンと手を置く創一。
「この何の変哲もないペン売れっていう就活の動画を見て、なんとなくしか答えられなくって⋯⋯。若だったらペンをどうやって売りますか?」
そう言いながら創一にペンを手渡す純平。
「まぁそうだな〜⋯⋯じゃあ、今のままだと追加で金が必要だよな?」
「仰る通りになりそうです」
「そしたらそこの棚に入ってる中から小切手を取れ。そこに0から億まで好きな金額を書け」
「いやペンが⋯⋯はっ!」
ハッとしながら驚いている純平をチラッと見てから、ニヤニヤしながら読書を続ける創一。
「そのペンを買え。それで次は少しでも売上が増えるといいな」
「は、はい!」
────
──
─
「いや〜懐かしいなぁ〜」
子供達が必死に勉学に励んでいるのを感慨深く眺める純平。その後解説が終わると、少年少女らはあの衝撃的な回答になれるよう──更に勉学に身を投じる事になった。
少年少女らは──今日も必死に生きている。
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