本屋にて
緋雪
小説投稿誌
土曜の午後、春色のコートを着て、買い物に出かけた。
桜の蕾が、少しずつ膨らみはじめた。もうすぐ見られる、空の青さに花の白。満開になると、コントラストを増し、散る頃には、流れる川面を花弁で覆い隠す。
そんな川に沿った道を10分ほど歩くと、商店街がある。もう随分と古くなった。私が小さい頃は、夏休み中、毎週土曜日の夜に縁日の屋台が立ち並んでいたのに。今はシャッターが閉まった店が目立つ。
そんな中で、今でも、客の数が多く、元気に営業しているのが、この本屋だった。近くに本屋がないせいかもしれない。
私のお目当ては、アニメ雑誌。だけど、パッと入って、アニメ雑誌を手に、パッと会計に並べないところが、オタク度がまだまだ低い証拠だ。とりあえず一回り。読みもしない、読んだところでチンプンカンプンの経済誌や、難しそうな本を時々手に取り、「違うなあ?」って顔をしながら、徐々に文庫本から、アニメ雑誌の方へ近づく。なんで、そんな言い訳めいた行動を取るのだ? と自分に問いかけながら。
文庫本の棚を抜けて、雑誌コーナーに出た時、バッタリ、
「あっ、
憧れのハヤト(違う、平田和也)に名前を呼ばれドキドキだ。
「こ、こんにちは、平田……くん?」
さも、隣のクラスの子だし、名前もハッキリ覚えてないの、ごめんなさいね〜、という態度。意味がない。
「それ、買いに来たの?」
平田和也が言うので、「え?」と思い、自分の手元を見て慌てた。素人による小説投稿の雑誌だった。
いや、こんなもの興味も関心もありません。私の欲しいのは、まさに、あなたの右手の前にある、アニメ雑誌。
「うん……いや……まあ」
適当に流した。つもりだった。
「それならさ、こっちにしない?」
「え?」
待って、私は、小説投稿誌など興味はないの。誰かタスケテー。
「これさ、来月締切りのコンテストがあるの。俺、これに応募しようかと思ってさ。」
「あ、ああ。そ、そうなんだ。」
「もしよかったら、一緒にどう?」
え? 一緒に、なんだって? 『イレギュラー』の主人公、ハヤトに誘われているのだ、今、私は。いや、待て待て、現実を見ろ。ここにいるのは、平田和也でありハヤトではない。目を覚ませ、
「う〜ん、でも、私、こういうの書いたことないんだよね。」
「そう? 試しにさ、書いてみて、読み合いしてみる?」
な、なんだって?いきなりの「読み合い」。ついさっきまで、あなたとは喋ったことがなかったんですけど、私??
「えっ……と。」
「あっ、ごめんごめん。こんなマイナーな趣味が一緒な人、初めてで、つい。」
ハヤト……違う……平田和也は白い歯を見せて笑った。
「あ、じゃあ、買うだけ買ってみようかな。」
私は、その雑誌を手に取った。650円。私の欲しかった、平田和也の右手前にあるアニメ雑誌と同じ値段だった。さようなら、今月号。
一緒にレジに行って、お金を払う。これで、この小説投稿誌は、晴れて私のものだ。
「ねえ、小林さん、この後って時間ある?」
「え?」
「そこのファミレス。ちょっとコンテストの内容とか確認しない?」
「え?」
時間? ありますよ。あります。ここから家帰ってご飯食べるまで……いやファミレス行くのか……なんなら風呂入って寝るまでありますとも。
「あ……ちょっとだけなら。」
「そう。じゃ、行こうか。」
うわー。私、ハヤトに誘われてしまいました。どうしましょ。
「……で、これがさあ……」
「あ、そうなんじゃん、じゃあさ……」
「うんうん。それでいいんじゃない?」
「OK。じゃ、また、月曜日に。」
「うん。」
なんだかんだ小一時間喋って、家に帰った。部屋に入って、コートも脱がず、ベッドにダイブする。
「どーしよー。小説なんか書けませんよ、ハヤト様ぁ。」
私は、壁に貼ってあるハヤトに話しかけた。
月曜日、宿題をやり終えてない小学生の気持ちで、学校に行く。4月からは高校3年生。受験生かあ。まだ実感がわかない。
昼休みに、弁当を食べ終わり、
「小林〜、平田が用事があるって〜!!」
という、無神経な男子の大声。
めちゃめちゃヒソヒソが聞こえる中、廊下に出る。
「どう?プロットできた?書けそう?」
「う、うん。とりあえず。」
「これ、俺の。」
「え?もうできたの?」
「あらすじだけ。」
「お……、おおお。」
読んで、謝りたくなる。ごめんなさい。こんなのと一緒にしないで下さい。あなたの作品は、きっと金賞100万取るでしょう。私は、参加賞の「ヨムヨムちゃんクリアファイル」で十分です。
「小林さんのも、できたら見せてよ。」
「う、うん。」
じゃあね、と白い歯を見せて笑いながら、平田和也は自分のクラスに戻って行った。
自分の席に戻った私が、詩子たちの質問攻めにあったのは、言うまでもない。
夏の日差しは、今年も間違い無く眩しくて暑い。
放課後、私は暑さから逃げながら、それでも風に少しでも当たりたくて、窓際の日陰の席をお借りして、今日間違えた課題を解いていた。
「樹里、次のコンテストどうすんの?」
和也が購買部でパンを買ってきてくれた。ついでに、昨日いつもの本屋で買ってきたという、例の小説投稿誌を私に渡す。
「ん〜。とりあえず、この数学の問題を教えてくれたら、考えてやってもよい。」
「チョロっ。」
和也は、私があんドーナツを半分食べ終わらないうちに問題を解き、
「よし、これで、お前も参加な。」
勝手に私のコンテスト参加を決めたのだった。
本屋にて 緋雪 @hiyuki0714
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