第22話 フユキと蛇

 ミキの運転で、フユキが預けられている親戚の家に向かった。少し下の山の中腹に住んでいる、祖母の妹の所謂いわゆる分家だ。

「弟は、今大学生です。バイクで下まで降りて、バスで市内の大学に通っています――そう言えば、そう報告を受けたきり会っていません」

 兄の軽自動車は、ミキの性格らしい慎重な運転で山を下っていく。

「会わなくてよかったかもしれません」

「え……?」

 その言葉にミキが意味を聞こうとしたとき、分家に着いてミキは車を開けられている門の中に進めた。


「姉さんの具合はどう?」

「変わらずです」

 出迎えてくれたのは、伯祖母はくそぼだ。三年ほど前に白内障の手術をしてからは家の中にいる事が多くなったが体は元気だ。彼女が、フユキを預かると言ってくれたのだ。

「フユキは、朝が弱いからねぇ。さっき起きた所で食事が終わった頃やと思うわ」

 簡単に挨拶をしたが、拍祖母は昴たちからを感じたらしい。深く聞く事はなく、フユキの所へ案内してくれた。


 台所に向かうと、流しに食器を置いている青年の姿が見えた。「フユキ」とミキが声をかけると、彼はゆっくり振り返った。兄よりもミキによく似た面影を持つ、体格のいい青年だ。ミキに視線を向けてから、昴と環琉を見た。

「――誰?」

 声変りも終わっていて、ミキが知っている弟は成長していた。フユキが家族の誰とも会いたがらずに、ここまで成長していた。


「危険ですので、おばあさんはお部屋に戻ってください」

「ミキちゃんは――」

「早く」

 蛇の怨念を受け継いでいる家系だ。伯祖母はミキの心配をしたが、昴の冷静な声に従って台所から姿を消した。

「そう言えば、名乗らなかったね」

 昴の言葉に、ミキが怪訝そうな顔になった。まるで、フユキと会った事があるような口振りだ。

「会った事ありません。姉貴、こいつら誰だよ」

 環琉が、ミキの前に立つ。『開かずの間』の時と同じ光景だ。ミキは弟の言葉に返事が出来ずに、前に立つ環琉の服を思わず握る。

 フユキは、先程から表情を変えない。無表情で、姉を見ていた。


「フユキくんも、ミキさん程ではないけど能力を持っているみたいだね。それで、狙われて憑りつかれたか――憑りついていても、その姿僕には視えている」


 ポタリ。

 天井から、何かが落ちた。それが合図だったかのように、ボタボタと沢山それに続いて落ちて来る。

「きゃぁ!」

 それが何かを見たミキの悲鳴が上がった。沢山の蛇が、天井から落ちてきたのだ。いくら山奥だと言っても、尋常ではない蛇の数だ。台所の床一面に、蛇が踊っていた。


「贄を渡せ」

 フユキの口から、あの刀から聞こえた同じ声がした。環琉の身体が淡く光り、自分とミキを光で護る。ミキは、弟の身体に蛇が侵入している事にようやく気が付いた。

「あのばばぁが居らぬ地でなら、ようやく手が出せる。あのばばぁ、我を強く封じて贄に近寄らせなかった。人間風情で、生意気な……封印が弱い地でなら、お前が我に勝つことはない」


「断る。。どこの地であろうと、お前が僕に勝つことは出来ない」


 昴の身体から、影が浮かび上がる。すると、足元の蛇がそれに恐れたように昴から離れていく。影は浮かび上がっただけで、動かない。しかし、緊張した空気が台所の中を覆う。


「『影使い』――ずいぶん昔に聞いた名だ。仲間を喰った敵よ」

 フユキを支配している蛇が忌々し気にそう言って、昴を睨んだ。昴は、冷たい表情のままその視線を受けている。床に転がっていた蛇たちが、一斉にフユキの元に行き足を伝い彼の身体にまとわりつく。


「何百年も続く、白蛇の怨霊。ミキさんを贄とするその呪い――僕がしずめます」


 そう言うと、昴が片手を伸ばした。その動きに合わせて、影がフユキに向かって襲い掛かる。しかしフユキは体中に蛇を纏わせながら後ろに宙返りをしてそれを避けた。

「人間ごときに、そう何度も我は負けぬ」

 今度はフユキの身体から、蛇が固まりになって昴に飛び掛かる。しかし昴は舞うかの様にそれを避けて影を向ける。そうして影は蛇の塊を吸い込むように喰う。

 その間に、フユキは続けて蛇を向かわせる――今度は、ミキに向かって。

「嫌!」

 蛇は、生身だ。環琉の光に影響されず、ミキの身体に飛び掛かってその身体にまとわりつく。その恐怖に、ミキは環琉の服から手を放して蛇から逃げようと台所から出ようとする。


「ミキさん!」

 環琉が手を伸ばす前に、その行動を予想していたフユキが飛んだ。昴が影を向けるが、フユキの身体から蛇が飛び掛かり影の動きを阻む。逃げようとするミキを、フユキが捕まえた。


「ようやくだ! 贄さえ喰えば、我は甦る!」

 ミキは、気を失ったようだ。フユキに抱えられて、暴れる素振りを見せなかった。声高らかにフユキはそう叫んで、ミキごと姿を消した。


「くそ、間に合わなかった」

「それより、社の奥の森に向かおう。白蛇の住んでいた森だ、すぐには喰わない筈」

 悔しげな環琉にそう声をかけて、昴は急いで外に出た。環琉もそれに続く。鍵が付いたままのナツキの軽自動車に乗り込んで、山の上へと向かい昴が運転をした。


 陽が落ちる前に、見つけなければ間に合わない。



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