第21話 蛇を斬った刀

 その日はメグミさんとお母さんの手作りの豪華な料理を食べ、風呂に入れられて早々に並べて敷かれた布団に横になった。ミキは起きないようだったので、そのまま寝かせることにした。生霊を背負っていた事もあり、この地に来て白蛇の呪いを直接浴びた事もあって疲れが出ているのかもしれない。

 霊力のある祖母の傍で寝ているので、大丈夫だと昴が寝かせることを勧めた。

 畑仕事を終えて帰って来た父親とメグミさんの夫のナツキが帰ってきて、昴の美しさに驚いたように魅入っている姿にメグミさんとお母さんは笑っていた。


「蛇の気配が弱い。そう思わないかい?」

「そうだね……社にはいない。刀がある部屋からは、少しがするかな……」

 並んで布団に横になっている昴がそう尋ねると、環琉はお腹いっぱいな事もあり眠そうに返事をする。

 部屋の電気は消されて真っ暗だ。窓のカーテンは閉めていないので、月明りが見える。


「しかし、何故ミキさんに執着するんだろう。確かに彼女は霊力を持っているが……『神に祝福された』力を持つ子……そこまでだとは思わないが」

「おねーさんは……多分、俺と……同じ……」

 そう返事をして、環琉は眠ってしまったようだ。穏やかな寝息が、部屋に小さく聞こえ始めた。

「『除霊』ではなく、『浄霊』か。成程、おばあさんが封印している……面白い」

 闇の中で、昴は小さく笑った。そうして、環琉の寝息を聞きながら自分も瞳を閉じた。



「おはようございます、昨日は途中からすみませんでした」

 二人が顔を洗っていると、ようやく起きたらしいミキがすまなそうに挨拶に来た。

「おはようございます、体調はどうです?」

 環琉がそう聞くと、ミキは小さく笑って頷いた。

「良く寝たせいか、すっきりして落ち着いています。おばあちゃんと並んで寝るのも、久し振りで嬉しかったです」

「それなら良かった。今日は、刀の部屋を見せて頂きたい」

「分かりました。朝食の用意が出来ていますので、済みましたら行きましょう」

 台所に向かうと、皆畑仕事に向かっているようだ。ミキの母は祖母の介護があるので残っていて、朝食を出してくれた。


 朝食を終えて、三人で『開かずの間』に向かう。ミキは昨日を思い出してストレスを受けたので、少し緊張した顔になっていた。

「ミキさん。何があっても、環琉くんの傍から離れないでください。必ず」

 お札が貼られた部屋の前で、昴はそうミキに念押しをした。ミキは不安そうな顔になるが、頷いて環琉の後ろになるように立った。


「さて――随分久しぶりに見る蛇神。姿を現して貰おうか」

 一番前に立った昴は、襖の引手に手をかけると封じるお札を破き開いた。


 途端、強い『念』が風圧の様に三人に襲い掛かる。ミキは、昨日自分が思い出した記憶を再び脳裏に描いていた。フユキが襖を開けた時と同じだ。そうして次に、自分を引き寄せる『力』に変わる。

「おねーさんは渡さないよ!」

 環琉の身体が輝き、自分とミキをその光が包むように壁になる。その壁に阻まれて、『力』はミキから弾かれる。


小賢こざかしい……それは我のにえだ!』


 地を這うような声がそう叫ぶと、部屋の中央に置かれた木に突き刺さっていた刀が宙に浮かび、昴へと向かい飛んでくる。それを、昴は。刀身に指を添えて、軌道をずらしたのだ。


『お前……面白いものを連れているな?』

 刀が再び宙を舞い、昴の目線の上で停まり彼を値踏みする様に眺めた。

「僕は、お前がいる以上のものを飼っている。お前の首を落とした侍や、封じた坊主より力がある――本体は何処にいる?」


『神でも飼っているような口振りだな……いや、まさか……』

 蛇の声が、少し戸惑いを見せた。刀が震えて、ガシャガシャと鳴る。


「おや? 仲間にでも聞いた事があるのかい? を」

『そんな筈はない! 贄を! 贄を渡せ! 我が本来の力を取り戻せば、お前など恐れる存在ではない!』


 再び刀が、昴の額めがけて飛んでくる。

「愚かな」

 昴の影から、『影』が姿を現して刀に向かい襲い掛かった――そうして影は、そのまま刀を飲み込んだ。黒い闇が、刀を取り込んで消えた。一瞬の出来事だった。


「本体の所にな。やはり刀の姿で戦うのは、蛇は苦手らしい」

 ミキは、目の前で起こった出来事がまるで映画を観ていたようなものに感じた。刀が喋り勝手に宙に浮かび、人に襲い掛かった。そうして、昴は指で避けた上に闇のような『影』を生み出した。

「――あなたは、一体……」

 唖然とするミキに、昴は氷のような微笑を浮かべてこう答えた。


「ただの、祓い屋ですよ」

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