第23話 ヨウコの失敗と成功

 昴が運転する車がミキの実家の前を通り過ぎようとしたとき、家の前で誰かが杖を突き立っている姿が見えた。小柄な、まだ生気がないミキの祖母だ。車は急ブレーキで停まる。


「白蛇の縄張りに、私がお連れしましょう。孫の――いや、私らの一族の為に」

「――分かりました。環琉くんはまだ人を護るのに慣れていない。あなたの力が役に立つ。環琉くん、おばあさんに『君の力で一時的な回復』をしてくれないか」

 車から降りた環琉はミキの祖母を抱えるように車に乗せて、何かを握っている祖母の手を握った。その手から光が生まれて、キラキラとミキの祖母を包み込む。

「まさか……溜まりに溜まった、白蛇の怨念が晴れる――なんと、すごい力を。あんた、何者や?」

 ミキの祖母の顔に、生気が戻った。ミキの祖母も知らない力に、驚いた顔で環琉を見つめた。昴がかなりの力を持つのは分かっていた。その隣に立つ、環琉にも。しかし――もしかすると、のではないかと彼女は感じた。

「ただの助手です。さあ、行きましょう。昴さん、安全運転して下さいね」

 昴の何時もの言葉を真似た環琉は、急ブレーキで前の座席に額がぶつかった事を思い出して、昴に注意した。昴は返事をせずに、『澱み』を吸った環琉に影をぶつけた。影は、環琉に憑いた『澱み』を喰って昴の許に帰る。


「ケモノ道に入ります。山の頂上の森の奥に、白蛇が住処にしていた洞窟があります」

 ミキの祖母が指差す方角に向かい、昴は車を発進させた。昼前だ、まだ間に合う。ミキの祖母は寝間着の合わせに入れていた数珠を取り出すと、手にかけて念仏を唱え始めた。


 軽自動車では、中々難儀な道のりだった。しかし、昴は器用に運転して道を進みとうとう白蛇が住んでいたという洞窟の入り口に着いた。そこはしめ縄と板で封じられていたが、大きな力で砕かれていた。


「やはり、ここを破って入ったか。白蛇は、フユキの身体に憑りついているんやね?」

 先ほどと違い、ミキの祖母はしっかりとした足取りで車を降りて洞窟の前に立った。昴と環琉もその後ろに立った。

のを、先にして下さい。そうすれば、白蛇はフユキには再び入れません。その後の白蛇を、お任せします」

「『入れない』? それは、どういう意味でしょうか?」

「説明は後でなんぼでも。今は、急いで貰えませんか? 春とはいえ、陽が落ちるのは早いです」

 しっかりとした言葉に、「信じましょうよ」と環琉が後押しをして、昴が頷いた。


 ミキの祖母は洞窟の前に一歩前足を出して更に前に立つと、凛とした大きな声で洞窟の奥に向かって叫んだ。


「人を喰らう悪しき蛇神よ! このばばあの力を喰えば更に力を得るだろう! 姿を表せ!」

 途端、邪悪な雰囲気が洞窟の奥から飛び出してくる。環琉は、後ろからミキの祖母を抱き締めて光で包んだ。邪悪なものは、その光に弾かれて宙で舞った。


「来たか! もう死に逝く年寄りと、高すぎる力を上手く扱えぬ無様な『影使い』よ!」

 それは、はずの異形のものだ。つり上がった瞳の黒目が細く縦になり、舌は蛇の様に細く長く時折自分の唇を舐めていた。普通のものが見れば、もうフユキは完全に憑りつかれてしまっている。


「ミキを返して貰うよ。あの子はお前の贄ではない、人間を助ける『力』を持つ清い子だ」

「やれやれ、とんだ自信家だ。これくらいで、僕が負けたと思わないでくれ。周りに誰も居なかったら、君なんてもう居ないよ」

 ミキの祖母と昴は、恐れることなく蛇神が憑いたフユキにそう返した。


「お前ら二人を喰えば、更に力が増すだろう。贄を喰う前に、良いものを見つけたわ」

 チロチロと、長い舌が口から姿を見せて動く。

「僕を喰えば、八俣遠呂智ヤマタノオロチくらいの力を得るんじゃないかな。喰えたなら、ね」

 昴の言葉に、フユキは眉を寄せた。

「神聖なお名前を、軽々しく口にするな。卑怯な計により、討たれた偉大な我々の神だ――そうか、そこまで自惚うぬぼれるか。なら、先にばばあを喰ってお前をじっくり頂こう。そうして贄を喰えば、我は姿を取り戻して本当の神になろう!」


 そう言うと、フユキは環琉が抱き締めていたミキの祖母に飛び掛かる。

「フユキ! 目をお覚まし!」

 ミキの祖母は、この機会を待っていたらしい。懐から清涼感があふれる香りのするお札を取り出して、自分に向かって飛んできたフユキの額に押し付けた。


「がぁ!」

 札の匂いを嗅ぎ、フユキは再び弾かれた様に後ろに仰け反った。

「ヨウコさんの失敗も、役に立つもんやなぁ」

 そう呟くと、ミキの祖母は別のお札を胸元から出して身を護る。環琉は、その匂いを嗅いだ。馴染みがある様な――爽やかな香り。そう、朝晩に嗅ぐ香りだ。

「歯磨き粉?」

「そう、ミントや。蛇避けになるとヨウコさんが庭に蒔いたら、確かに蛇は出なくなったけど繁殖が強すぎて刈るのに難儀してるんや。まさか、蛇神にも効くなんてなぁ」


 環琉は、社を思い出した。爽やかな香りは、田舎の草の香りではない。社に現れない理由も、分かった。ミントが裏庭にあふれていたのだ。


「ばばあ、いたぶり殺してやる……」

 フユキが、忌々し気にそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る