第13話 後悔と謝罪

 それから警察は直ぐに着た。善積警部に電話をかけたので、彼も来ていた。四十代手前の、柔道が得意なしっかりした身体の男だ。山に、数台の警察車両が来て明るくなっていた。

「――また、霊関係なのか?」

 善積警部は、渋い顔をしていた。昴が頷くと、環琉はカバンからリョウコのカルテを取り出した。そして、それを彼に差し出した。


「昭和の初めの頃の事件だ――時効撤廃前の事件だし、事件としては捜査出来ない。一応調べられる事だけ調べておく」

 環琉は自分たちが調べた事、スズコさんが殺してトシノリさんが遺体を隠した事、それらも話した。


「分かった――捜査協力、どうも」

 善積警部は、そう言うしかなかった。彼らの能力を知っているからだ。


「遺体は、引き取りに来る人がいます――その人に、任せて下さい」


 その日は夜遅かったので、警察の事情聴取が終わると二人は帰った。環琉の原付の後ろに、昴を乗せて山を下りた。最初は荒い運転の環琉の運転を嫌がっていたが、最近は慣れたらしい。大人しくヘルメットも被り夜に溶けて行った。



 次の日環琉は昴の言いつけ通りに百万を喫茶店『来夢』の梓に渡して、ケンジに渡すその領収書も用意していた。

 焼鳥屋のバイトに行く時間より一時間早く、環琉は家を出ていた。昴と、トオルに会いに行くのだ。


「あ、若神子さん」

 病院には、ケンジが来ていた。彼はバイトがない時以外は、見舞いに来ていたらしい。

「トオルの首についていた腕、取って下さったんですね! 本当に有難うございます!」

 そう言うと、丁寧に頭を下げた。明るくチャラくて調子がいいのかもしれないが、ケンジが一番素直で優しい性格だった。昴が軽く頭を下げると、ケンジがトオルの部屋を開けた。

「……あの……」

 部屋に入って来た見知らぬ二人を、トオルは怪訝そうに見た。髪が真っ白のままで、頬もまだこけたままだ。しかし死にそうだったあの時より、ずっと良くなった気がする。


「アカリさん達から聞きました。リョウコさんを自殺に追いやった事に関しては、僕たちは何も言いません。でも、がなければその報いは必ず再びあなたに降りかかりますよ」

「何の事だよ! 俺は知らない!」

「え、ちょ、何……?」

 動揺したトオルが声を荒げ、ケンジは訳が分からないと昴とトオルの顔を見比べた。


「廃病院跡で見つかった遺体――君たちが見た着物姿、正確には寝間着の浴衣の女性だが、彼女の遺体を引き取って供養するんだ。それがトオルくん、君の前世からの謝罪の形だ」

「だから、なんで俺が!? それに、遺体ってなんだよ!? 前世がどうのって、お前ら俺を騙して金取り上げるつもりかよ?」

 興奮して、ゼイゼイと息を乱すトオルを押さえて、ケンジが説明を求める様に視線を送る。

「じゃあ、ここからは俺が説明しますね」

 昴は半歩後ろに下がり、環琉が口を開いた。トオルの前世と、二人のリョウコの話。アカリがトオルと関係を持っていた事を聞いたケンジの顔が強張る。


「ケンジ、この詐欺師たちを出て行かせろ! 俺じゃない、俺はそんな事知らない!」

「俺は自殺した子を知らなかったけど、お前あの事件の事あんまり話さなかったよな……肝試しにあそこに行こうと言ったのも、今思えば不自然だよな……何か自分たちの証拠がないか、調べに行きたかったのか?」

「ケンジ!」

「トオル!」

 喚くトオルの肩を、ケンジが掴んで真正面から見つめた。動揺しているトオルの眼は、それを受け止めきれずに泳いでいた。


「ひぃ!」

 昴の前に、いつの間にか浴衣姿のリョウコが立っていた。顔は下を向いていたが、トオルに向かって立っている。


「嘘だろ、あいつじゃん、どうして……俺はお前なんて知らねぇよ! なんで俺なんだよ!」


 パニックになったトオルは、ケンジに縋りつく。ケンジも驚いた顔をしていたが、あの廃病院跡で見た時ほどの恐怖はなかった。トオルを抱き留めて、彼女を見つめていた。


「君が供養をしなければ、彼女は天に昇れない――そうして、再び怨みが積もっていつかまた君を呪うだろう。約束するんだ、供養すると」

「トオル、お前いつか親父さんの会社継ぐんだろ!? 恥ずかしくない生き方しろよ!」

 昴の言葉に続いて、ケンジもそうトオルを説得した。トオルは、強張った顔でリョウコを見ていた。


『トシノリさん……好きだったのに……愛していたのに……』


 リョウコの言葉を聞いて、トオルには何か気が付いたらしい。脳裏に、あの病院が綺麗な時――嬉しそうに自分に笑いかけて来た女性の顔を。


「俺……俺、は……」

 トオルは、ケンジにしがみついていた手を離した。そうして、力なく項垂れた。


「スズコを、止められなかった……すまない、リョウコ……」

 その言葉を聞くと、初めてリョウコが顔を上げた。赤いワンピース姿の、リョウコとよく似たあどけない優しい顔だった。


「君を迎えに行くよ……供養する、約束するよ。そして、もう一人のリョウコの事も……警察に、ちゃんと話す。ごめんな、ケンジ。みんな……ごめん」

 年寄りのような見た目のトオルは、そう言うと子供の様に泣いた。その言葉を聞いた昴は、トオルの病室を出た。環琉も、その後に続く。リョウコの姿が消えた病室で、ケンジが優しくトオルの肩を抱いていた。

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