第12話 眠りから覚める
「人の生まれ変わりのサイクルは、僕にも分からない。子供を失った親の元に、三年後再び子供として生まれ変わって帰って来た例もある。これは、生まれ変わりの者達が同じ過ちを繰り返す物語なのだろうか?」
昴はそう口にしたが、誰かに問いかけた訳ではない。事実、環琉は何も答えなかった。途中コンビニで買ったコーラを飲んでいた。まだ冷たいが、缶には
二人は、例の山の廃病院跡に来ていた。
「百万円」という法外な金額を、学生の三人は次の日の今日焼鳥屋に持って来た。トオルの見舞いに行ったと言っていたので、あの姿にならずに済んだ事を安心しているのかもしれない。この百万円は、彼女たちが惜しむ金額ではなかった。
「ケンちゃんには言わないで欲しいんです。私は――この子たちも、トオルのお金が欲しかっただけで本気じゃなかった。私は、ケンちゃんの事が好きで……」
「それ、俺に関係ありますか?」
銀行の
「え……?」
あの優しい光を放っていた環琉の言葉とは思えなかった。あの光を見た彼女たちは、環琉を「優しい人」だと思い込んでいた。
「俺、そういうの興味ないんで。ケンジさんには、依頼されているんで事実をそのまま伝えます。あなたがどうして欲しいかじゃない。真実しか言わない。あなたは、ケンジさんに直接謝罪すればいいんじゃないですか? じゃあ、俺忙しいんで」
そう言うと、環琉は空のビールケースを持って店内に入っていく。唖然とした三人の女子大生の首には、見える人には見える痣がまるで首を吊ったかのように残っていた。環琉に縋ろうとしたが、他の二人に諭された様にアカリは焼鳥屋から姿を消した。
「あ、領収証必要か聞くの忘れてた」
「君は、本当にそういう所気を付けるべきだよ。今回はケンジくんに渡すといい」
コーラを飲み干した環琉は、忘れないようにスマホを取り出して「ケンジさんに百万の領収書」と、メモに書いておいた。空いた缶は、前側に肩から斜めに下げたカバンに入れた。以前飲み残しのままカバンに入れて濡れてしまったので、気を付ける様にしている。今回カバンには、百万も入っているので、濡れると昴に怒られる。
「そのお金は明日、梓さんに何時ものように渡しておいてくれ」
そう言いながら、昴はケンジから貰った動画を見ていた。もう二度ほど見ているので、何かを探しているのだろうと環琉は指示されるのを待っていた。
「診察室の、壁だ」
そう言うと、昴はスマホをポケットに入れて歩き出した。環琉は黙ったまま、その綺麗な闇が溶けたような男の後ろに付いて行った。空き缶を入れた時に取り出した、懐中電灯を手にしている。
「ここ――僅かだが、色が違う。壊してくれ」
昴はそう言うと、コートのポケットに入れていた金槌を取り出す。そうして、それを環琉に差し出した。環琉は大人しくそれを受け取ると、懐中電灯を代わりに昴に渡した。
「勝手に壊していいんですか?」
「もう、半壊している。ここを壊したぐらいで、どうにもならないよ」
埃や土に環琉は咳き込みながら、出窓の下の木の板を叩き割る。当時はモダンな作りだったのだろう。所々木も腐っていたが、ここに使われた木の板は二重になっていた。
「――居ました」
半分ほど叩き割った環琉は、一度手を止めると出窓の下の空間に隠されていたものを確認した。
「ようやく、彼女も解放されるだろう」
昴は静かにそう言った。環琉に確認しなくても、それが殺された当時の寝間着姿の――白地に藍染めの模様が入った浴衣姿の
「アカリさんの前世だったスズコさんに殺された、古い方のリョウコさん。ここで、ずっと眠っていたのに――トシノリさんの生まれ変わりの、トオルさんに起こされた。いや、もしかして待っていたのかな? 生まれ変わっても、同じ男に
「神様なんて、いないよ。同じ魂がこんなに不幸な目に遭わされるなんて――不公平だ。人間にとって神の試練は、死すら不幸だ」
「君が神の存在を口にするなんてね。いいや、環琉くん。死は平等だ。人間だけじゃない、生きているものに平等に与えられた、唯一の神の情けだ。まだ君は、それを受け入れられないのかい?」
黙ったまま、環琉は板を破壊する。そうして、白骨化したリョウコだった骸がポタリと診察室の床に落ちた。
トシノリの情けなのか赦しなのか――その骨は、リョウコの母の形見らしい柘植の櫛を手にしていた。
「次こそ、トシノリとスズコの生まれ変わりに出会わず……幸せになって欲しい」
「さて、警察に連絡をしよう――あ、
二人は、リョウコの骸に手を合わせた。
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