第14話 その後

 焼鳥屋は、今日も繁盛している。先代と、店主、ホールを周る環琉。何時もの光景だ。


 店も落ち着いた頃、ケンジとリキヤとサトルが扉を潜りくぐり座敷に案内されていた。

「お飲み物は?」

「生ビール三つお願いします」


 友人と彼女に裏切られていたが、ケンジは元気そうだった。生ビール三杯を持って来た環琉に、続いて焼鳥を数種類、唐揚げにポテトサラダを注文する。

「あの……トオルから、預かってきました」

 ポテトサラダをテーブルに置く時に、ケンジが他の客に見えないように紙袋を環琉に差し出した。


 環琉は受け取り、中を確認した。帯封された札束が三つ入っていた。

「梓さんに渡してくれてよかったんですよ。それに――多いですね」

「詫びと言うか……感謝の気持ち分も入っているそうです。サトルはアカリたち連れて、警察に行きました。勿論、廃病院から発見された遺体を引き受けて墓作ったそうです。自殺した子の方は、トオルたちに直接的な罪の証拠がないし、多分前科付いたりしないみたいですが……」


 それは、環琉には興味がない話だった。しかし、人の感情を学んだ方がいいと昴に教えられたので、環琉は黙って聞いた。もうリョウコの霊は浄化されている。光に還る時に、環琉の元に彼女は現れた。微笑を残して、天に昇って行った。

「親父さんに借金した分は、大学出る前にバイト掛け持ちして返済するそうです。縁切ろうかと思いましたが……俺たちで、トオルを応援します。俺もリキヤもサトルもバイトして、返済手伝う事にしました」

「――アカリさんは、どうするんですか?」

「あいつ、死にました。あとの二人も。警察署から出た時に、車が突っ込んできて。トオルだけ、生き残ったんですよ。ニュース見てませんか?」


「彼女達には、いずれ罰が下される」


 昴の言葉を思い出す。彼女たちの首に残った跡を辿って、『影』が現れたのだろう。環琉は、それでも彼女達の冥福を願った。


 カルテを返しに、ヨウコさんの元を訪れた。ヨウコさんは足が良くなっていて、久し振りにゲートボールに行っているとお嫁さんが言っていた。「あなたが足を撫でてくれたからかもしれないわね」と、お嫁さんは笑っていた。



 この世は、人の憎しみや嫉妬怨み憧れ愛情が、どろりと混沌としている。生きていくにはと関わり、時には自分が抱くか誰かが抱く感情。

 感情に支配されて自我を失うか、不幸なによって闇に落ちる事もある。


 闇が、引き寄せる事もある。それに抗える強さを、持つ人間がいるのだろうか。



「君の輝きこそが、なんだよ」

 昴が、原付を運転する環琉の身体を抱き締めた。罪を償う様に死んだ彼女達の冥福を祈った時の、優しさの名残が環琉の身体に残っていた。昴とは対照的な――柔らかな陽だまりのような温かさだ。それに縋る様に、昴は環琉を抱き締める。


 光は闇に吸い込まれて『影』が少し眠そうに、闇に溶けていく。

「ケンジさんにも、光があるんだろうね。だからサトルさんもアカリさんも、彼に惹かれて傍にいた。この世界には――救うべき魂はどれだけあるんだろう」

「数えられない程だよ――ああ、消えてしまった」


 環琉の身体から光が消えると、昴の美しい顔は僅かに悲し気になる。抱き締める腕の強さが、緩くなった。


「また、それらはやって来るよ。君の光に導かれるか――僕の闇に惹かれるかして。平和なんて、僕たちにはない」


 明るい月明りの下、環琉の原付は走る。闇のように美しい、昴を乗せて。地上には、人間たちのもたらす灯りで溢れていた。



 また、何処かの呪いが彼らたちを呼ぶ。確かに、二人には平和はない――出逢ったからこそ、彼らは人間の闇を祓い時にはこの世に残るけがれを消し去っていく。


 それを昴は、『宿命』だと呼んだ。

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