第9話 意外な客

「一日でこれだけ調べられたなら、十分だ。君は帰って休むといい」

 飯塚家を出ると、昴は環琉にそう言った。野菜の多い健康的な昼食をお腹に収めた環琉は、満足そうな顔をしていたが昴の言葉に首を横に傾げた。


「明日は焼鳥屋でバイトだから、もっと調べておきませんか?」

 環琉の言葉に、昴は首を横に振る。

「いや、赤いワンピースの女を探す。君はでいて欲しい。あの女の霊気の流れは、ちゃんとが把握している。僕一人で問題ない」

「まあ、一週間ありますし。トオルさんの首にあった手も取れたなら、ケンジさんは一先ず安心するんじゃないですか? 連絡しておきます。了解です、帰りますね――ああ、雨がまた。お気を付けて」

 ポツポツと振ってきた雨に気が付き空を見上げると、環琉は黄色い傘を差した。昴と違い、環琉は暖色系が似合い、また本人もそれを好んだ。


「君こそ、気を付けて」


 昴の言葉を背に、環琉は返事をするように傘を振った。そうして、スマホを取り出してケンジに電話をかける。

 昴も同じように傘を差すと、環琉に背を向けて歩き出した。



 その日は昼間の数時間ほど晴れていただけで、一日雨が降っていた。


 次の日。雨は上がっていたが雲が多く、湿度が高く蒸し暑い日だった。この日はいつも通り焼き鳥屋のバイトなので、環琉は十六時になると原付バイクで焼き鳥屋に向かった。

「環琉くん、お疲れ様!」

 シャッターが半分上がった店内に入ると、明るい声が環琉を迎えた。店長の娘の澄玲すみれだ。今は高校二年生で、バイト代わりにこの店の手伝いを時々していた。

「澄玲ちゃん、お疲れ様。今日は先代はお休み?」

「そうなの。演歌歌手のマサキのコンサートに今行ってるから、帰ってきたら疲れてるでしょ? お母さんが、迎えに行ってくれてるの」

 昨日も聞いた名前だが、マサキは主にお年寄りに人気がある演歌歌手だ。本人は二十代なので、孫の様に可愛がっているファンから頬を染めて応援しているファンなど、年齢層も幅広く人気がある。先代も彼がデビューした頃からの、熱狂的なファンだ。

 環琉は、実は彼に会った事がある。昴の手伝いで、思いがけない出会いをしたのだ。だから、特にテレビを見たりコンサートに行く事は無いが応援していた。

「確か、今日も結構予約入ってたよね? 澄玲ちゃん無理しないように」

 店の中は、クーラーが効いていて涼しかった。少し明るめの茶色い髪をポニーテールにしている澄玲は、明るくてこの焼鳥屋の看板娘だ。近くの高校に、自転車で通っていた。今は夏休みだろう。海やプールに行っているのか、薄く肌が焼けている。

「環琉くんまで、お父さんみたいなこと言わないでよ。ちゃんと二十時には上がるから」

 家が近くとは言え、一人娘を遅くまで繁華街に居させたくない父親との約束だった。


「今日は、昴さんは来ないの?」

「さぁ、どうだろう。あの人は、気まぐれだからね」

 「残念」と澄玲は笑いながら、串打ちを再開した。コンサート前に先代が仕込んでくれていたのか、殆ど串打ちは終わっていた。環琉はエプロンをして澄玲と同じくこの店のキャップ帽をかぶると、テーブルを拭いたりビールサーバに繋げる重い生樽の替えを並べて置いておく。少し邪魔だが、今日みたいな天気では、ビールがよく出るだろう。

「二人ともお疲れ。そろそろ、開けるか」

 裏で炭を用意していた店長が入ってくるとそう言った。時刻は、十七時。今日も人気の焼鳥屋が開店した。


 やはり、今日も店は混んでいた。環琉が予想したように生ビールがよく注文されて、生樽は直ぐ空になった。

「いらっしゃいませ!」

 澄玲の声がよく通る。サーバに次の生樽を取り付けていた環琉は、チラリと視線だけ扉に向けた――どこかで見た、清楚系の女性だ。

「あの……予約していた三人です」

 女子大学生三人組だ。少し青い顔色なのが気になった。

「座敷にご案内しますね、どうぞ!」

 澄玲がにこやかに笑って、三人を空いた座敷に通した。テーブルがまだ片付いていなかったので、環琉は素早くサーバを用意し終えるとその座敷に向かった。

「あの……どうも」

 環琉がグラスや皿を片付けていると、清楚系の女性が小さく頭を下げた。ケンジの彼女の、アカリだった。

「どうも、いらっしゃいませ」

 そう言って顔を向けた環琉だったが、真正面からアカリを見て怪訝そうな顔になった。その反応に、アカリが泣きそうな顔になった。

「やっぱり! 見えるんですよね!? この手!」


 アカリの首には、病院で見たトオルの首に絡みついていたような透明な手が一対、同じように巻き付いていた。

「見えます――まさか」

 他の二人の首を確認すると、同じように腕が絡みついている。トオルの時には感じなかった、強い怒りを表した腕が。

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