第10話 アカリと友人

「どうしよう、俺は祓えないんですよね。昴さんに連絡します――あの、気絶しそうなほど苦しくはないですか?」

 三人の女子大生は、困惑した顔ながらも頷いた。澄玲は慣れているのか、その横でおしぼりを三人の前に置いた。

「電話しておきますので、食事をしていてください」

 トレイに載せたグラスや皿を運びながら、環琉はそう言って厨房に戻った。「え?」と動揺したようにアカリが声を上げたが、澄玲が「お飲み物は?」と重ねる様に尋ねる。澄玲には霊能力がないので見えないが、昴や環琉といると慣れてしまうらしい。


「じゃあ、レモンチューハイ三杯と焼鳥の盛り合わせ。それと豆腐サラダを……」

 仕方なく、そう注文していた。環琉が見た限り、『怒り』の感情を感じるがそのものに人を殺すほどの能力はなさそうだ。今は店が忙しいので、落ち着いてから昴に電話をしようと考えていた。レモンチューハイを作り、お通しと共に澄玲に渡す。

 アカリたちの席は、周りの陽気な飲みの席と比べてひどく暗かった。それでも、少しだがチューハイや焼鳥を口にしていた。


「私、もう少し残るよ。流石に、そろそろ呼んであげたら?」

 アカリたちは、扉が開く度に入ってくる人を確認する様に顔を上げる。

「駄目だ、もう二十時になるからお前は帰りなさい」

 店長がそう言うと、環琉も頷いた。平日なので、もう客は落ち着いてきている。

「帰らないと、昴さんも怒ると思うよ?」

「あーあ、残念。久し振りに昴さん見たかったのに」

 澄玲はそう言うと、キャップを取りエプロンを脱いだ。そうしてブルーのパンツのポケットから自転車の鍵を取り出した。


「じゃあ、上がるね。お疲れ様でーす!」

 「お疲れ様」と二人に見送られて、澄玲は裏口から出て行った。環琉の原付の横に留めている自転車で家まで帰るのだ。

「――昴さん?」

 それを確認してから、環琉はスマホをジーンズのポケットから取り出すと昴のスマホに電話をした。昴は、ワンコールで出た。

「ケンジくんの彼女が来たのかな?」

 まるで見ていたかのように、静かな声音で昴は尋ねた。環琉もそれに驚く事なく「はい」とだけ返した。

「もうすぐ、着く」

 それだけ言って、昴は電話を切った。環琉は画面を閉じると、再びポケットにスマホを入れた。


 それからドアが開き闇のように美しい青年が姿を現したのは、五分後だ。真っ直ぐ奥のアカリたちが座る座敷を見て、迷いなくそこへ向かう。何時ものように、全身黒づくめで薄いコートを羽織っている。

 彼は座敷の前に立ち、アカリたちを見下ろしていた。


「あ、あの!」

 昴の姿を見た途端にアカリが何かを言おうとしたが、昴は優雅な仕草で自分の唇に指を添えた。「黙れ」と言う様に。その仕草に、アカリは口を閉じた。その彼女の首に絡みついている腕は、昴に怯えたように見えるがアカリたちの首から手を離すことはなかった。


「あの廃病院跡で自殺した子は、君たちの友人だね? 赤いワンピースで死んだ女の子だ」

 三人が、目を合わす。まるでどの言葉を言えば正解かを、探り合っているようだ。


「トオルくんの、都合のいい女。それをからかっていた君たちのおもちゃが正解かな?」


 昴の言葉に、三人は顔を下に向けて黙り込んだ。彼は、全てを知っている。そう、諦めたようだった。微かに震えていた。

「彼女の名前は?」

「……リョウコ、です」

 環琉はその会話を聞いていて、生ビールをグラスに入れる手を止めてしまった。


 着物の女と同じ名前だ。


 ああ、そうか。

 それで、環琉は納得した。彼女たちが一緒に居る訳が。


「あの、手を……」

 アカリの友人が、耐えきれないようにそう呟いた。アカリが名前を口にした途端、腕の『怒り』が『殺意』に代わったのだ。彼女たちの首が、強く締められているように赤くなってくる。


 周りは、楽しく酒を呑んで盛り上がっている。この座敷だけが、取り残されて違う空間にいるようだった。


「山に置いてきたんだね、トオル君と一緒に」

「でも、まさかあんな事になるなんて!」

 思わず、アカリが声を上げた。その声に周りが一瞬彼女達に視線を向けるが、彼らは直ぐに興味がない様に楽し気に酒を呑む。


、彼女は死んだ。おかしいね、縄なんてどこから用意したのかな? どうして彼女はヒールを折り、裸足で山を歩いていたんだろう」

 昴の言葉に、アカリも友人たちも真っ青になって黙り込んだ。


「本人から聞こうか」

「……え……?」

 昴が、指をパチンと弾いた。


「きゃあ!」

 友人二人が抱き合い、アカリは恐怖に強張った顔で自分の隣を見た。


 赤いワンピース姿の女が、アカリの隣に座っていた。生身ではない、後ろが透けて見える。下を向いたままだが、殴られたような赤い頬に泥だらけの素足。ワンピースも、何処か埃っぽい。


「リョウコさん、君はどうしたいですか?」

 昴だけが、にこやかに――まるで氷のような微笑を浮かべていた。

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