夢よもう一度

まるで最初からいたような?

 引っ越し初日、たいていの馬がそうであるように、あーこは少し不安そうでした。

 洗い場に繋がれていた馬たちも、あーこという新顔がきて、やはり、少し不穏な空気でした。

 ところが、あーこはホースフレンドファームに着いた時よりも、2回目の引っ越しということもあるのか(正しくは、競走馬時代に何度も引っ越ししているのですが)随分と馴染むのが早かったようです。

 まるで、オイラは最初からこのクラブにいたぜ! という態度。

 約一年間の放牧生活が良かったのか、以前のクラブにいた時のようなキリキリした感じはなく、懐っこい馬とか、イケメン君とか呼ばれて、私を驚かせました。

 愛情のなせるワザかも知れませんが、イケメンホースというのは、シェルのような馬であって、あーこは何処か垢抜けない、田舎臭い、どちらかと言うとブサカワ系だと思っていたからです。

 ……で、よくよく顔を見ると……。

 可愛い。

 確かに、以前よりもなんだか愛嬌のある顔になっていました。

 イケメンとは申しませんが、少なくてもブサカワという部類には入らないかも知れません。


 引っ越しの疲れを考えて、当日と翌日はお休みにし、翌々日に調馬索で回してみました。

 流石になれない場所とあってテンションは高めでしたが、ちゃんと指示が通っていて、あーこの生真面目さが伝わってきました。

 不安と緊張はあるものの、乗馬として頑張っていくぞー! という意志があるように感じられました。

 ……といえば、イヤイヤ馬にはそんな感情も目的意識もありゃしないよ、と言われてしまいそうですし、おそらく実際そうだとは思いますが。

 シェルにも感じていることですが、人に従うことを学んで育った馬は、人間が楽しんだり喜んだりすることで、馬自身も自信を持つ、堂々としてくるものです。

 人間の言うところの名誉欲とは違いますが、馬も栄誉を知っている、人に認められることが、あたかも自分の命の保障のように感じているように思うのです。


 引っ越し先でいきなり馬に乗るのは勇気がいります。

 とりあえず、インストラクターに乗ってみてもらうことにしました。

 度胸がなかったのは事実ですが、実は、もう一つ、考えがありました。

 それは……。

 私は、以前の乗馬クラブのインストラクターとは「魂の色が違う」と思っていて、シェルを委ねることができませんでした。

 自分でなんとかしなきゃならないと、頑張ることになってしまいました。

 そのおかげで、私とシェルは深い絆で結ばれたのだと思います。

 そして、私自身も馬乗りとして、随分と成長させてもらい、とても充実していて、満足な乗馬ライフでした。

 でも、同時に、シェルの才能を潰してしまった、私という素人が扱ったばかりに、本来持っている才能を生かしきれずに年齢を重ねてしまった、申し訳ないという気持ちも、多少あったのです。

 そこで、あーこに関しては、つべこべ言わずにインストラクターの指示に従ってやってみよう、もっと謙虚になってみよう、と思っていたのです。

 しかしながら、共同で3人で持ってしまったため、私自身がレッスンを受ける機会がかなり少なく、しかも、レッスン後に故障してしまったことで、お互いにレッスンを受けにくくなってしまい、ずるずると時間だけが過ぎていってしまいました。

 ホースフレンドファームに移動してからは、指導を仰げるインストラクターもなく、指導を仰いでインストラクターと二人三脚で……という状況にはなりませんでした。

 元々、自分の馬にしたいというよりも、このようないい馬を潰してしまうなんて! という怒りのような気持ちからオーナーになり、あーこには乗馬を素晴らしさを多くの人に伝えるような馬になってほしい、という希望がありました。

 だから、私だけが乗れる馬にはなってほしくないのです。

 例えば、あーこっこクラブで応援してくれる人が、ちょっとまたがってみたいと思った時など、どうぞどうぞ、と言える馬にしたいのです。

 そのためには、シェルのように私以外の人が乗ってしまうと、テンション上がってしまうのは困ります。

 たとえ、他の人を乗せるような機会がないとしても、乗せられる馬にしておきたい、なので、レッスンを受けてインストラクターの意見を聞きながら、あーこをトレーニングしたい、と思いました。


 気がつくと、なんだか初心に戻っていました。

 挫折して諦めていたことが、再び芽吹いてきたような感覚です。


 インストラクターに乗ってもらうと、乗りやすい馬ですね、と言われました。

 まぁ、多少のお世辞は入っていると思います。

 でも、私はあーこの乗馬としての才能に惚れていたので、とても嬉しく感じました。

 素晴らしいドレッサージュホースにはならなくても、乗馬を始めた人が初めてチャレンジする競技では、きっと見栄えする馬になる、そう思っています。

 そして、徐々にむくむくと私の忘れかけていた野望が湧いてきたのでした。




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