養老馬でもやむないか
ホースフレンドファームで悠々自適な生活を送れば、故障がちのあーこもすっかり元気になるだろう……という私の目論見は外れました。
広い放牧場で他頭数の放牧は、何かと怪我をしてくるものです。
新しく入った馬を他の馬と一緒に放牧するのも気を使うことで、しかも、最初の数年は慣れず、怪我をすることも多いのだそうです。
乗馬クラブは、土地がなく、なかなか広い放牧場を用意することができません。
そこで、狭い放牧場・サンシャインパドックを用意して、1頭ずつ放すということをしているところが多いようです。
それを見て、多くの人たちは、もっと広い場所でたくさんの仲間と放牧できる環境があれば……と思うのですが、実はそれも難しいことです。
どんなにフレンドリーな動物だとしても、人間の10倍大きい馬は、本気になれば人を殺すことができる、向こうが戯れたつもりでも、人間が大怪我することがある、馬を扱う人たちは、そのように注意を促します。
でも、実は人間に限ったことではなく、馬同士の喧嘩でも、時に相手の命を奪うような激しいものになってしまうこともあるのです。
私の大好きだった馬も、放牧中の事故で亡くなっています。
そして、シェルは、おそらく事故になりそうな馬、ということで、他の馬との放牧はやめましょう、ということになりました。
ものすごい適応力で群れに馴染んだあーこですが、それでも細かな傷を作って帰ってくることがありましたし、他の馬に追われたのか、放牧場を脱走することも、何度かあったようです。
放牧生活こそが馬の楽園……と思うのは、放牧されている馬を見て癒されたい人の願望なのかも知れません。それなりの大変さもあるのです。
厩舎に戻ればしっかり食べ、放牧場ではずっと草を食み、あればあるだけ乾草を食べ続けるあーこでしたが、筋肉が落ちて痩せていきました。
20分ほど回して30分ほど乗る、というパターンで運動を続けていましたが、しっかり乗れたな、という騎乗は少なかったように思います。
どうしてもエンジンがかからないというか、最初はもっさりで動き始める前に体力が尽きるというか、もうやめましょう;っぽい感じになってしまうのです。
私自身、あまり上手に乗れないというのもありますが、特に右手前は内によれてほとんど走れない日もあり、落ち込みました。
帰りを考えると、いいやまだまだ! と思って頑張る元気もなく、自分の下手さとガッツのなさに、嫌気がさすばかりです。
そして……。
それでも頑張ろうと、週3回を目指し、1日置いてくると、ますます動きたがらない、まるで「今日は筋肉痛です」というような動きになります。
さらに1日置いてまたくると、馬装の間に寝てしまい、馬場まで連れて行くのもほぼ眠っていて大変な状態になってしまいます。
さらに翌週には、脚部が腫れるという……正直、シェルと違って、あーこは後肢が腫れることがなかったので、これにはびっくりしてしまいました。
そして……これはもう引退して養老生活がいいのかな? とちらっとよぎったりもしました。
でも、なぜか私には、あーこの望みは現役乗馬を続けることだ、と思えていました。
それは、やる気はあるけれど、体がついてこないんだよ、と訴えてきているように思えたからです。
ちょっと悲しいことなんですが、そこがシェルとは違いました。
シェルは、もう2年半も歩様が怪しかったので、乗馬としてのやる気がかなり失せていて、本当に「もう引退したいのよん」と言っているように感じていたのです。
そういう声が聞こえているのですが、私のわがままで、お願いだから、もう少し付き合って、って無理をさせているのです。
ある日のこと、放牧場に放していたシェルを捕まえようとした時、嫌がって、私の太ももをポカンと蹴って逃げていきました。
痛かったのもありますが、大ショックでした。
というのも、シェルが「しまった!」ではなく「もう嫌!」という態度で悪いことをしたとも思わず去っていったからです。
若い頃のシェルは、手入れの時、後ろ足を高く上げてしまう癖がありました。
それをやめさせるのに、私はわざとシェルの近くに寄って、高く上げれば私に当たる位置に身を置きました。シェルが、人を傷つけてはいけない、ちゃんと距離を取らなくちゃならない、ということを理解している馬だったからです。
それで、実際に足を高く上げる癖をある程度矯正することに成功していました。
春先に牡馬っ気が強くなると、立ち上がったり、蹴ったり噛んだりするそぶりを見せるシェルですが、本気で蹴ることはありませんでした。
だから、人を蹴ってまで自由を選びたいと思ったことに、ショックだったのです。
私との絆をもう捨ててしまいたい、ということだと痛感しました。
……ただ、1頭で放置すると、ヒヒーンヒヒーンと私を呼びましたが。
乗馬クラブに置いているシェルは、養老馬でもやむないか……と思いつつ、私のわがままで乗馬を続けさせている。一生懸命、そんなことはない、シェルはまだ私と一緒に頑張りたいはずだ、と、言い聞かせながら。
でも、あーこに関しては、乗っていて、一度もそんな思いに囚われたことはありませんでした。
あーこは、私と一緒にずっと歩んでいきたいと願っている、まだまだ引退したくないと思っている、と感じていて、むしろ、白老まで通う大変さに、もう養老馬でもやむないか……と考えてしまう私に、檄を飛ばしているかのようでした。
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