第63話 原点回帰

けたまましく響くアラームに目を覚ますと、カーテンの隙間に差し込んだ夜明けの光が眩しい。

ゲストルームのナチュラルな木製フレームのベットは、厚めのマットレスが連日の疲れを癒してくれた。

洗顔や歯磨き等の身支度を整えてから、ダイニングに降りる。


「朝から元気だな。」


リードを早く外せと言わんばかりに、疼かせるジャックを「そう慌てるなって」とライデンが宥める。

俺を見つけた矢先、飛び出したのを受け止めてやると、主人との散歩を楽しんだのか、嬉しそうに尻尾を振った。


「準備できたらガレージに来いよ。」


渡されたのは、背中や胸にプロテクターが付いたジャケットとジーンズ。

やけに重装備だなと疑問を浮かべつつ、チャックを閉める。

ガレージの半分を占拠するスポーツカー。

しかし、ライデンの目当てはそれではない。

ガソリンが入ったことを確かめ、俺を奥のスペースへ呼び寄せた。


「…バイク?」


「これが男の浪漫だ。」


グローブを装着し、ゴーグルとセットになったヘルメットを被れば、準備は完了だ。


「晴れててよかったな。」


「ああ。風が気持ちいい。」


日本のゴールデンウイークと聞くと既に暑いイメージがあるが、コロラドの五月の気温は20℃程。

まさにツーリング日和と表すべきな、からりとした蒼い空と時折靡く風を切る感覚が心地よい。

400ccを超える大型バイクは、二人で乗っても十分な余裕が残っていた。


(…俺も免許取ろうかな)


ライデンが持っているのは、日本では『大型自動二輪免許』に当たるもの。(これを取っていれば、他の小型バイクも運転できるらしい。)

来年には俺も免許を受けられるし、二輪を視野に入れてもいいかもしれない。


「人もいないし少し飛ばすぞ。しっかり掴まっとけ。」


そう言い終わるや否や、ライデンがハンドルを捻った。

ギアが上がった勢いで崩れかけたバランスを立て直す。

しばらく道なりに進むと、賑やかな街が見えてきた。

コロラド洲の首都デンバー。



「…これが恐竜時代。」


最初の目的地は自然博物館。

巨大な化石が展示されたフロアにはジュラ紀の生物の説明が書いてある。


「こっちに色々載ってるぞ。」


ライデンの指したボタンを押してみる。

すると映し出された宇宙空間の図表。 超新星爆発により飛び散った微惑星が集まって創られた球体。

それは何億もの年月の中で絶滅と進化を繰り返し、今人類が生きるこの惑星となった。


(…地球の誕生)


漠然としか想像できなかったテーマが鮮明に湧いてくる。

宇宙の歴史で言えば、人間が誕生したのもごく直近の話だ。


「もしかして、俺のため?」


「理屈で考えるより、実際に見た方が早いからな。」


わざわざ理由を濁したのは、かっこつけたいだけなのか。

館内を巡り、地球の歴史を追う。

大きな博物館なんて、小学生の校外学習以来だった。


「お待たせ致しました。」


一通り回って、ランチにしようと入ったカフェ。

注文した物に間違いはないはずだが、店員はその場から動かない。

何かを聞きたそうな様子で、俺たちの顔を覗き込んでいる。


「今日はプライベートなんだ。」


「…そうなんですね。失礼しました。」


全米チャンピオンおよび、世界選手権銀メダリストがその辺にいたら、確かに驚く。

ヘルメットを被っていれば隠れるが、今は素顔を晒した状態。(一応マスクはしているけど)

ライデンによると、北米は日本みたいにそこまでフィギュア人気は高い訳じゃないから、一瞬でバレるとは思っていなかったという。


「北米だとホッケーの方が有名みたいでさ。」


「確かに、バンクーバーじゃ気づかれないかも。」


ガーリックバターで味付けされた鶏もも肉をバゲットで挟んだカスクート。

噛みしめるごとにジューシーな肉質とハードなパンがマッチして、ボリュームもあり美味だ。

 サイドメニューのシーフードと野菜のグリルも香ばしさが食欲を刺激する。


「…うまっ!」


「だろ?」


舌鼓を打ち、満たされたところで16番街モールという全長ニキロに渡るアウトドアヴィレッジへ。 

広場に描かれたアートに、どこからか流れる陽気な音楽。

人々の活気溢れる街並みは、自然と足の運びも軽くなる。


「欲しい物でもあるのか?」


「ニコラとティナに買って帰ろうかなって。」


雑貨屋で選んだマグカップはニコラに、数種類のハーブのアロマデフューザーはティナに購入。

後は、日本に送る用にロッキーマウンテンチョコレート。

全て買い終える頃には、日が傾きかけていた。


「久しぶりに行きたかった場所って、どこなんだ?」


「それは今から案内する。」


デンバーの市街地から約三十分。

その名は、『レッドロックス野外劇場』

バイクを停め、厳重にチェーンで施錠し、徒歩で移動する。

幾重もの時を経て侵食された赤が層を成す。

岩石に囲まれた唯一無二の野外ステージ。


「むしゃくしゃした時はよくここに来てた。」


山が開けた地形のおかげか、星の光が空を彩る。

懐かしそうに景色を眺めるライデンに、俺はふと尋ねた。


「…そんな場所をどうして」


「お前には教えておきたかった。」


「なあ、シオン」と切り出す声に、それとなく勘づく。

しかし、その続きはステージに登場したアーティストに遮られてしまった。


「…やっぱり、何でもねえ。」


反響したボーカルの歌と楽器の持つ音色の迫力に圧倒される。

渦巻く熱い鼓動は、イヤホン越しに聞くのとは訳が違う。

気づけばいつも通りに戻ったライデンも加勢していた。


(何か、隠してる)


その真実を知るのは、もう少し先の話。





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