第55話 国別対抗戦
会場である『東京体育館』には製氷仕立ての氷が張られ、燦然と白が光る。
『国別対抗戦』四月中旬、2009年から日本を拠点に開催され、ソチオリンピックから団体戦が取り入れられるきっかけとなった大会。
参加国は日本の他に、ロシア、アメリカ、韓国、イタリア、カナダの六つ。
代表選手は、直近の世界ランキングと今シーズンの成績を加味してスケート連盟によって決められる。
(男女シングルは二人ずつ、ペアとアイスダンスは一組)
オープニングセレモニーの後、アイスダンスのショートプログラムに当たるリズムダンスが始まった。
(リズムダンスでは曲のジャンルが指定されていて、今年はラテンスタイル)
『諸富 俊輝』さんと『八雲 麻弥』さんは世界選手権で12位に入り、徐々に頭角を現したカップル。
同じ二人で演じる競技でもペアが技術よりだとすれば、アイスダンスは芸術よりというのが正しいだろうか。
(頭上より高いリフトやジャンプが禁止の分長く競技を続けやすく、近年シングルから転向する選手もいる。)
『Conga』のリズムに早速手拍子が起こる。
息の合ったツイズルやリンクの中心を使い、直線的に滑るミッドラインステップ。
氷に吸いつくようなスケーティングの難度は、シングルとは訳が違う。
たったひと蹴り。
しかし、その一歩を揃えるために費やした時間の重みを俺は理解しているつもりだ。
「ヒュー!」
パーソナルベストを更新するスコアで4位に入り、ピースサインで観客に喜びを送ると、フィギュア特有の甲高い声がする。
後ろを振り返ると声の正体は、ウィッグを被った寧々さんとサングラスをかけた朔都さんだった。
多彩なグッズによる各国の個性溢れる応援席は以前の大会をテレビで見て知っているが、実際に来てみると賑やかさがより感じられた。
「…テンション高いな。」
「賑やかなのも楽しいですよ。」
選手やコーチの写真を切り取ったお面を手に持つ涼香は重圧がなくなったおかげか、
穏やかな笑みを見せる。
年始のショーの時から四大陸まで、何かと彼女に迷惑をかけてしまったから、今の様子に安心した。
「詩音、そろそろ行くぞ。」
朔都さんの手招きに、応援席の階段を降りる。
この後すぐが男子ショート。
集まった12人にはライデンやミハイルはもちろん、ガイウスとジャーロフの姿もあった。
「頑張ってくださいね。」
「…お、おう。」
さっきから、やたらと朔都さんが視線を向けているのは俺の気のせいなのか。
更衣室への道中も何故かニヤニヤしている。
「若いっていいなー。」
「…なんですか、それ。」
衣装に着替え、ヨガマットを敷いて身体をほぐす。
おそらくこの試合で今シーズンは終わる。
来年のプログラムは継続せずに、新しいものを作るとニコラも言っていた。
(…候補も考えとかないとな)
「せっかくの母国開催だ。ファンを楽しませてこい。」
6分間練習も済み、第二グループ一番滑走の俺だけがリンクに残る。
変に緊張を感じず、体温が高い状態で滑れる好きな順番。
ニコラとのグータッチに頷き、スタンバイ位置に着く。
『エデンの東』冒頭のフルートソロがゆったりと流れ出す。
弦楽合奏が旋律を受け継いだところでコンビネーション。
四回転サルコウ+トリプルトーループ。
練習通りの軌道に乗れば、物語の想像を描くだけ。
バラバラになった家族がそれぞれの道に歩み寄り、再び踏み出す。
運命を創り、前へと進む壮大なクライマックスにはダイナミックなジャンプを合わせて。
金管が華やかに飾るラストをスピンで締めくくった。
『99.28』と表示された得点。
ベストは尽くせたとはいえ、目標はの100点台は及ばない。
もっとPCSを伸ばすか、構成を難しくするか。
そう考えていると「あれ、シオンの知り合いか?」とニコラが尋ねた。
指の方向に見上げた先に映る大きなバナーを抱えた四人組。
「あそこにいるのって、拓也さんじゃないですか?」
「わざわざバナーまで作ってくれるなんて、いい友達じゃん。」
「せっかくだし、会いに行ったら?」
全選手が滑り終われば、製氷も兼ねた休憩時間となる。
彰さんの提案に甘え、拓也と連絡を交わす。
待ち合わせたロビーには彼の他に、久しい顔があった。
「綾瀬ー!」
「急に大声出すなよ、須賀。」
「サプライズ成功だな。」
「なんとかチケット取れてさ、バナーも用意してきたんだぜ。」
須賀、辻、徳永の三人は中学の同級生。
今はそのまま地元の高校へと進学したらしい。
元々全日本に来る予定だったものの、チケットの抽選に外れたが、国別は当選できたそうだ。
「前にブロック大会の応援に来てもらったんだけど、詩音は海外だから見に行けないって言ってたから。」
中学の頃も試合や遠征を理由に学校を欠席することが多かったし、カナダに留学してからはこうしたスケート関係以外の友人に会う機会はめっきりなくなった。
「…実は、鳳も会場に来てるみたいなんだ。」
「鳳が?」
一転して神妙な面持ちで話す。
どうやら、祖父である連盟の強化部長に付いてくる形で観戦しているとのこと。
「もし、またなんか言われたりしたら」という拓也の心配を遮る。
「ちょうどよかった。あいつには、今の俺を見せたい。」
「…詩音。」
「心配かけて悪かったな。」
女子の競技が始まるまでには席に戻らなくてはいけない。
拓也に礼を伝え、踵を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます