第4話 挑戦

ロッカールームにヨガマットを敷き、ストレッチをする。

息を吐きながらゆっくり足を伸ばし、前後に開く。

ウォーミングアップが不十分だと怪我にも繋がりやすい。


「早いな。」


「ジャンプ練習の前に滑っておきたくて。」


スケート靴に履き替えていると、ライデンを筆頭にクラブ員がやってきた。

フィギュアスケートの一般的な年間スケジュールは9月~3月を「シーズン」とし、4月~8月が「オフシーズン」となる。

大会のないオフシーズンだからこそ、やれることは多い。

体づくりに新しいジャンプへの挑戦。

努力の成果は来るべきシーズンにはっきり現れてくるのだ。


「基礎がしっかりしている。鍛えるべきは上半身の動きだな。」


リンクを大きく周回しながら初歩のストロークに始まって、片足で向きを変える「スリーターン」交差させながら円を描いて滑る「フォア・クロスオーバー」などのスケーティングを見てもらう。

エッジに乗せる体重のコントロール、地味な練習に思われるが、少ない助走でトップスピードにまで持っていくにはそれなりの技術が求められる。

昔から口酸っぱく言われていたこともあり、スケーティングには自信があった。

課題は上半身の柔らかさ、つまり身体全体を使えていないということ。

少し見ただけなのに、俺の弱点を把握している。

ニコラの指導の凄さに改めて気づかされた。


午前中の基礎練が終わると製氷車がリンクに入る。

休憩しようとリンクサイドに上がり水分補給をしていると、サブコーチがハーネスを持ってきた。

ハーネスとは上半身に安全帯を点け、釣竿のような物で吊り上げてもらう道具の総称。ジャンプの滞空時間や高さを補う。


椅子に腰掛ける姿勢から飛び上がるループジャンプ。

かれこれ小一時間ぐらいやっているが、着氷には成功していない。

アクセルを除く四回転の内、自分で回転をかける必要があるためか最も難しいとされている。

スピードの制御が出来ないと、軸がって転倒してしまう。


「一回クロスじゃなくて、みぞおちあたりに左腕を置いてみてくれ。」


フェンス越しに投げかけられるアドバイスに従って助走を取り直す。

普通、空中で両腕を左胸のあたりにクロスさせることでバランスを安定させる。

俺もそう教わってきた。

半信半疑でもう一度飛んでみる。


(…まじか)


成功とまではいかないが、片足で何とか着氷出来ている。

今までの失敗が嘘みたいにやりやすい。


「せっかくのスピードを落とすのはもったいない。筋力さえ上がれば更に高さが出る。」


型破りの挑戦、教科書などには書いていない。

しかし、誰かと同じではないという特別感に不思議と笑みが零れていた。











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