第3話 転機
「ホントにこっちに来てくれるとはな。」
空港からタクシーに乗り込み、下宿先を目指す。
移籍するきっかけになったのは去年のジュニアグランプリファイナルに出場した時、ライデンがコーチを介して俺に声をかけてくれたこと。
当初はまだ、怪我からの復帰で精一杯だったのもあり、その先のビジョンなど見えていなかった。
しかし、国際試合を経て「勝ちたい」という思いが強くなりクラブの入会を申し込む。
そこからはとんとん拍子に話が進み、シニアデビューと同時に正式な師事が決まった。
「…ここでなら、俺に足りないものが見つかる気がして。」
「負けず嫌いは二コラも大歓迎だからな。」
ニコラというのはコーチである『ニコラ・ウィルソン』
海外ではリンクメイトはもちろん、コーチもファーストネームで呼ぶのが普通らしい。
ニコラは世界選手権2連覇の実績を持ち、引退後はクラブを発足して育成に専念している。
数多くのメダリストやオリンピアンを輩出し、俺がカナダに来た最大の目的だ。
「着いたぞ。あれがロッジだ。」
タクシーに30分程揺られ、到着した木造建築の家のような物がロッジだ。
日本で例えるなら「寮」が近い。
食堂や水回りが共同で、フィギュアスケートの他にアイスホッケーの選手なんかも在住している。
部屋の鍵を受け取り、ドアを開けると現れたのは段ボールに敷き詰められた空間。
日本から送っておいた寝具や照明など、最低限必要な物だけを今は解く。
「貴重品は持ったか?」
「ああ。」
スーツケースの代わりにリュックサックを背負い、再び外に出る。
三月といえば既に暖かいイメージが強いが、バンクーバーの平均気温は七度前後。
ロッジから徒歩10分、冷たい風に煽られながら向かった先は練習場。
「…広い。」
「まだ中にも入ってねえよ。」
広大な敷地を有する運動には、中央のアリーナを起点にいくつもの棟が並ぶ。
体育館にジム、バレエスタジオまで揃っていて、フィギュアスケートのためだけに造られたような施設だ。
日本では滅多にお目にかかれない光景に自然と胸が高鳴る。
そして、メインのアイスアリーナへと足を踏み入れた。
真っ白な館内には競技会と同じ大きさのリンク。
温度調整が徹底され、氷の硬さまで管理されているのがすぐに分かった。
「あなたがニッポンから来た子ね!」
滑っていた選手達が次々に駆け寄ってくる。
賑やかなまくしたてに気圧されているのを見たライデンがやんわりと静止した。
「シオンが萎縮するから、一回落ち着け。」
「シオンっていうの?かっこいい名前ね。」
漢字にすると詩音。
昔からよく、女子っぽい名前だとからかわれることが多かったから、こんな風に言ってもらうのは新鮮でどこか気恥ずかしい。
「直接会うのは初めてだな。」
癖のない英語の発音、笑顔で出迎えてくれたのが今日から師事するニコラコーチ。「Nice to meet you too.」と俺も挨拶を交わす。
「その目、凄くいい。早く滑りたいって顔に出てる。」
不安に勝る好奇心。
「ワクワクしてるか?」と問われる。
「特別な体験を君にプレゼントすると約束しよう。」
運命の一言は、俺のスケート人生を大きく変えることになる。
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