ただの読書少女ですが、家の前で不良少女が待ち構えていました
いずも
栞が主役の物語
「本屋ちゃんがおすすめしてくれた本、良かったよ~」
「えっ、本当? それは良かったです」
「うん。また面白いのがあったら教えてね!」
「はい」
私のあだ名は本屋。
きっかけは仲良くなったクラスメイトが遊びに来た時。
私の父は小説家で、書斎には資料を含め大量の本があるのだけど、書棚に入り切らずに部屋の外まで平積みされている。たまたま大掃除中のところを見られて「まるで本屋さんみたいだね」と評される。
それから噂はまたたく間に広まり、私はめでたく『本屋ちゃん』と呼ばれる。
読書好き以外何の特徴もない私にぴったりな名前だ。
ただ、それでも。
きっかけとなった父のことは尊敬している。
この呼び名に侮蔑の意図は一切含まれていないこともわかっている。
けれど、何故か好きになれないでいる自分がいた。
「――なァ、アンタみんなから本屋って呼ばれてたよな。出席番号一番の
ある日、私の家の前には一度も話したことのないクラスメイトの
素行不良で先生方も手を焼く学年一の問題児。こないだ職員室に呼び出されたのも万引きをしたという噂が流れている。ええと、そんなヒトが私に用って……何? 私シメられちゃうんでしょうか。よもや、こんな何の変哲もないただの文学少女に果たし状!?
「は、果たし状なら受け取れませんっ」
「……いや、何バカなこと言ってんの。イマドキ果たし状って。でもウケる、思ってたより面白いねアンタ。気に入った」
私の精一杯の強がりは何故かウケた。そして気に入られた。
「へー、こりゃあ本屋って言われるわけだ」
「い、いえっ、私の部屋にある本なんて全然少ないです。そう呼ばけるきっかけになったのは父の書斎の方で……」
とりあえず流れで部屋に上げてしまったのたけど、一体何が目的なんだろう。
「さて、本題に入るんだが」
「は、はいっ」
思わず背筋をピンと伸ばして正座してしまう。そんなに気を張るなと言われてしまうが、緊張しない方が無理な話だ。
まるで居直り強盗と話している気分。招き入れたのは自分だけど。
「ちなみにアンタはアタシの噂は知ってっか」
「ええと、銀行強盗の」
「誰が銀行強盗だ! 万引き犯からどんだけ尾ひれが付いてんだよ! いや万引きもやってないけどな」
思いっきり間違えた。頭の中で居直り強盗とか考えちゃったせいだ。
……って、万引きも、やっていない?
「万引きも、違うんですか?」
「ああ。ツレがな、珍しく本屋に寄りたいって言うから何事かと思えば商品をくすねやがってな。アタシも疑われたけど潔白だと証明してやったさ。先公どもはアタシも共犯じゃないかと疑ってたけどな」
そして、彼女は何を言うでもなく沈黙の時間が続く。
「あの、早川さんが万引き犯ではないことはわかったんですけど」
まさか誤解を解くためだけにやってきたなんてことはないだろう。
返答を待つけれど、私に何か言おうとしては「あー」とか「う~」と言葉を考えあぐねている。
「それで、その……そいつがくすねた本のタイトルが、何だっけ……マイ、スウィート……マ」
「マイ・スウィート・マイ・ハニーですか!?」
私は食い気味に答えた。
「た、多分それだ」
「良いですよねマスマハ! あ、マスマハってのはマイ・スウィート・マイ・ハニーの頭文字を取ったものでファンの間ではそう呼ばれてるんです。刊行ペースも早くて流行りだしてから2年ほどの間に8冊も新刊が発売されているんですけど、中でも私が気に入っているのが『お菓子の国のマーメイド』編でしてファンタジー要素てんこ盛りの世界観が素晴らしく、他にも恋愛要素マシマシの『わくわく(ハート)デビル』編にちょっぴりビターな『プリンセスは行方不明』編なんかも面白くて」
「わかった、わかったから!」
……あれ、もしかして私またやっちゃってました?
ついついおすすめしたい本があると早口でまくし立ててしまうのだ。
これをやってしまうと相手の反応はいつも同じだ。ちょっと困った顔をして話題を変える。私もやってしまったという自覚があるので、円滑な人間関係のために次の話題に乗り換えてしまう。
そうしてお互い「なかったこと」にしてしまうのだ。
「……その本って、その……面白い、のか」
おや。
なかったことには、ならなかった。
なんでも彼女の連れが万引した本が気になるが、かといって再びその本屋に行く気にもなれない。もしかすると本屋と呼ばれている私ならどんな内容かわかるんじゃないかと、白羽の矢を立てたようだ。
そんなの、モチのロンだ。
知っているどころか全巻持っているし、何なら布教用に3冊ある。
流石にそこまで言うと引かれてしまうかもしれないので言わないけど。
こうして私と彼女の奇妙な関係が始まった。
「――ほい、読み終わった」
「え、もう?」
「まぁアタシは前の『泉の
「だったらこちらの『
「へぇ、いいねぇ。シオリもアタシの趣味がわかってきたね」
いつの間にか私たちはお互いを下の名前で呼び合うほどに親しくなっていた。相変わらず、教室ではまるで接点のない二人だけど。こうして学校の外では蜜月の関係。なんだか二人だけの秘密みたいで嬉しい。マスマハにもこんな話があったっけ。
「……そういえば、七海さんは私のことを本屋って呼ばないんですね」
「あァ? なんだい突然。そう呼んでほしいのかよ」
「い、いえ。そうではなく」
「だってさ、本屋なんて存在してるのは知ってるけど、普段行かねーじゃん。買うにしたってネットで買うし、何ならスマホで読めるし。だから本屋を知らないのにアンタを本屋って呼ぶのはなんか
そう言われて腑に落ちた。
どうして私が本屋と呼ばれることに居心地の悪さを覚えていたのか。
私たちは今や本屋なんて利用しない。
行かないし、知らない。町のどこかに存在することは知っているけど、中に入ることはほとんどない。
本屋を利用しないのに、したり顔で本屋だと形容されても実感が無いのだ。多分本屋はこういうものだという概念で呼び、私もおそらくこんなものだろうという思いで呼ばれることを許容する。
そこに実態はなく、全ては虚構なのだ。知らないものを知っているように振る舞い、あたかもそうであるように振る舞う。
だから、私を本屋ではなくシオリと呼んでくれる彼女は特別なのだ。
栞は本の内容には何一つ影響を与えない、物語には関わらないものだけど。必要としてくれる人のために、私はありたい。
「あれ、ナナミン昨日さっさと帰ってたじゃん。ノリ悪ぅ~。どこ行ってたのさー」
「まさかデート?」
「バカ言うなっての。……あれだ、お前らの言うところの本屋だよ」
「えー、どうしたのナナミン。勉強に目覚めた!?」
教室から聞こえてくる喧騒に私は聞こえないふりをする。
この奇妙な関係は、もうしばらく続きそうだ。
ただの読書少女ですが、家の前で不良少女が待ち構えていました いずも @tizumo
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