戦う料理人グリエの成り上がり ~いわれなき罪で追放された料理人、隣国の女王に見初められて名を上げる。特殊食材の調達も調理もお任せあれ。戻って欲しくても、もう遅い~
第33話『美少女かと思った? 残念、ドラゴンちゃんでした!』
第33話『美少女かと思った? 残念、ドラゴンちゃんでした!』
「アングレーズさん……人間の姿になれたんですの!?」
汚染してしまった温泉宿をきれいにすることになった真龍アングレーズ。
バケツやモップなどの人間の道具を渡されて途方に暮れていた竜だが、おもむろに自分の影の中に隠れたかと思うと、人間の少女の姿になって現れたのだった。
黒く長い髪に、黒い服。
衣服の方はポワレの物を参考に作り出した色違いらしく、清楚で身軽そうな狩人の装いだった。
……というか、顔と髪型以外はポワレと全くそっくりの色違いである。
どうやら分身の姿を自由自在にできるらしい。
「こうでもせぬと、ニンゲンの小さき道具が使えぬのじゃ。……それにこの体はあくまで影で作った我が分身。我そのものは……ほれ、足元の影に隠れておる」
少女姿のアングレーズがそう言うと、影が動いて中から大きな竜の頭が顔を出した。
そして本体の目でグリエをキッと睨む。
「……貴様、名をグリエと言ったか? まったく竜使いが粗い男じゃ」
「約束は約束だ。特にアムリタ麦は貴重なんだ。約束の分はしっかり働いてもらうからな」
それを聞いて、ポワレは微笑ましく思った。
アングレーズに約束させたのは情報提供のほかには掃除と、この土地の民に危害を加えないことだけ。
確かに黒鱗病の情報への期待があったものの、それ以外はほとんど無償といってもいいぐらいだ。
グリエは態度こそ強く出ているが、お人よしなところは相変わらずと思うのだった。
「でもグリエ様がアングレーズさんを食材とみなさなかったのはどうしてですの?」
「俺だって情ってもんがあるんだぜ。さすがに人の言葉が分かる相手を食材とみなすのはキツイものがあるからな」
その言葉を聞き、アングレーズは身をよじらせながら
「……という事は、言葉を発さなければ我を食っていたかもしれぬのか!?」
「おい……。女の子の格好でそんなセリフ言うんじゃない。俺がヤバい奴みたいだろ」
そしてグリエはまじまじと少女姿の竜を観察する。
ポワレを参考にしているらしく、体つきはポワレにそっくりだ。顔立ちと髪型が同じだったら見分けがつかないかもしれない。
「……っていうかさ、アングレーズ。……なんで女の子の姿なんだ? あんた、メスだったのか?」
「真龍は性を超えた存在。死すときにその骸から新たな分身を産むのだ。ゆえにニンゲンどもが言う性別というものには当てはまらぬ」
「じゃあなんで……。その格好は女の子だろ」
するとアングレーズは自慢げに大きな胸に手を当て、ふるふると震わせた。
「ふふん。これはいわば治療の礼のような物じゃ!」
「ゆ、揺らすな! お、お、俺がそんなもので喜ぶと思うなよ!」
「はてさて。グリエは女を
「たまたまだ!! そういうのがお好きなのじゃねぇよっ」
「グリエ様……まさかまさかと思っておりましたが、やっぱりハーレムがお好き……」
「ポワレさんまで~~」
「にゃっはっは。グリエが困っておるわ。いい気味じゃわい」
「……っといいますかアングレーズさん! その体、私がモデルですわよね!? ハレンチなことは、いけませんっ」
カラカラと笑うアングレーズと、顔を紅潮させて困り顔のポワレ。
二人の美少女を前にして、グリエは頭を掻くしかできなかった。
「くっそぉ……。調子が狂うな……」
その時、温泉宿にタルティーヌとキッシュが戻ってきた。
「グリエ卿、戻ったぞ!」
「おぉ、おかえり! 成果のほうはどうだった?」
「さすがにグリエには負けるけど、かなりの上物も獲れたよ~! アタシの誘引アイテムで
キッシュがニカッと笑う。
アングレーズは話が見えず、ポワレに視線を送った。
「のうポワレよ。グリエや娘どもは何を言っているのじゃ?」
「狩りをなさったのですわ」
「ほほぅ! 我に貢物じゃな。苦しゅうない!」
「みんなの分だよ!! お前が全部食ったせいで、宿の食料が尽きたんだ!」
偉ぶるアングレーズ。
間髪入れずにグリエが彼女を羽交い絞めにする。
その様子が面白かったのか、タルティーヌは高らかに笑った。
「はっはっは。グリエ卿もそう怒るな。今宵はちょうど冬至の祭とも重なる。村の大集会所で飲めや歌えやの大騒ぎさ。大いに楽しもうではないか!」
「おぉ宴か! 楽しみじゃ!!」
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ――。
タルティーヌ辺境領の村にある大きな集会所には、たくさんの人が集まっていた。
そこは武人として名高いタルティーヌが作った闘技場が併設されており、普段は戦いの舞台となる広場には屋台が立ち並んでいる。
かがり火が煌々とあたりを照らすなか、中央の演説台にはタルティーヌとグリエ、そして少女に扮する真龍アングレーズが立った。
グリエは祭で料理をふるまうつもりなので、コック服を身にまとっている。
村人たちの視線が集まるのを待って、タルティーヌが高らかに声を放つ。
「みんな、よ~く聞いてほしい。ここに
タルティーヌが言い終わるや、アングレーズは前に進み出て村人をにらみつけた。
「ニンゲンどもよ! 我を
そして彼女は影から本体の翼と頭を出し、村人たちを威嚇する。
どよめく民の声。
しかしその巨体を駆け上がったグリエが、竜の頭に渾身のげんこつを叩きこんだ。
「痛っ」
「こら! この土地の者に迷惑をかけるなって言っただろっ!! 威圧してどうすんだ!!」
「……だって、はじめが肝心なんじゃもん」
「“なんじゃもん”じゃない!」
その二人の様子を見て、村人たちはホッと胸をなでおろす。
そして竜の意外に幼い印象に、むしろ笑いが起こるのだった。
「ふふふ……。グリエ卿、楽しそうですわね。お二人とも、気の置けない兄妹のようで微笑ましいですわ」
その時、演説台の上にもう一人の人物が現れる。
村人たちはその姿を認め、息をのんだ。
そう。キャセロール王国の女王フランの登場である。
彼女は祭の主賓であるため、普段のポワレの姿と打って変わって素顔をさらけ出し、きらびやかなドレスをまとっていた。
美しい女王の登場に、村人たちの熱はいっそう高まる。
「女王さま!」
「フラン陛下! こんな辺境にいらっしゃるとは!!」
「いつみてもお美しい……。英雄グリエ男爵と並ぶと絵になりますなぁ……」
「女王陛下ばんざい! キャセロール王国ばんざい!」
……そんな女王フランの開宴の挨拶が始まる中、キッシュやテリーヌ、スフレは演説台の下から見上げていた。
「うわぁ、おねぇちゃん! じょおう様だよ! きれ~い」
「うん、そうだね。私と歳がそう離れてない感じなのに、すごく堂々として立派な演説……。ドレスも華やかで、別世界の人みたい」
「食べ物もたくさんだし、お祭り楽しいな~。ポワレおねぇちゃんも来ればよかったのに」
「そうね。急なご用事ってことで、残念だな……。私も一緒に屋台を回りたかったのに」
フランは普段と違う装いであり、テリーヌたちは彼女がポワレだと気付いていない。
しかしその横で、キッシュだけは首をかしげていた。
「ポワレっち……に似てる人? う~ん……」
フランは女王としてふさわしい化粧もしている上に、素顔を見たのは一瞬なのでキッシュは自信が持てないでいる。
そんなキッシュの気をそらそうと、リソレが彼女の目の前に料理の皿を突き出した。
「キッシュ~。これ旨いぞ!」
「うぉ! タルトじゃん! いい匂いっ。これ何の果物?」
「エメラルドペア……幻の宝石ナシなんだぞ! このタルティーヌ辺境領の名産なんだぞ~!」
「すっご。……なんか急にお腹減って来たな。リソレっち、いっしょに屋台まわろ~」
ウキウキしながら屋台にかけていくキッシュ。
バレずにやり過ごせたことを、リソレは壇上のフランにアイコンタクトで教える。
その合図を受け取り、フランはホッと胸をなでおろすのだった。
開宴の挨拶も終わり、フランはグリエに向き直る。
「……ではグリエさんとアングレーズさんも、お祭りをお楽しみになって」
「おう。……ところで陛下はどうするんだい?」
「わたくしは主賓ですので、残念ながらグリエさんとご一緒できませんの……。タルティーヌ辺境伯と共に来賓席で村の方々と交流ですわ」
「そっか。じゃあ、うんと旨い料理を作って持っていくから、待っててくれよ」
「それはもちろんですわ! ……むしろグリエさんの料理を前にして、公の場で冷静でいられるかが心配です……」
確かにグリエの料理を出したが最後、フランの口元はよだれの大洪水になってしまうかもしれない。
その光景を想像し、グリエは苦笑した。
元々はグリエも男爵として、来賓席に座って歓談する予定だった。
しかし料理人としての気持ちがうずき、こうしてコック服に身を包んでいるわけだ。
アングレーズはというと、そのグリエの姿をしげしげと見つめている。
「ところでグリエよ。はじめから気になっておったが、その白い服と帽子はなんじゃ? 神官でもやっておるのか?」
「ああ、これはコック服だ。俺は料理人なのさ」
「なぁにぃ? 貴様が料理人とな……!? 嘘をつけ、嘘を」
アングレーズはいぶかしげに、改めてグリエの全身を眺めた。
「確かに貴様が強いことは認めるのじゃが、戦士と料理人とは別者じゃろ? どうせ野卑な子供だましの料理じゃろうて」
「あら、グリエさんは世界最高の料理人なんですわよ」
「かっはっは。ニンゲンの舌ならごまかせもしよう。……しかし我が舌は
高らかに笑いながら人間を馬鹿にするアングレーズ。
この竜はまったく分かっていなかった。
――目の前の人間が真に最高の料理人であることを。
――そしてそもそも露天風呂で捕まった時、本能的に引き寄せられた肉を調理した本人であることを。
高飛車なアングレーズは、この後すぐに屈服させられると分かっていなかった――。
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