第27話『キッシュの大失敗も成功のもと?』

「え、嘘嘘嘘! なんで効かないの!? ……っていうか寄って来るんだけど!?」



 ……時は少しだけ遡り、破裂玉を何個か作ったキッシュはひとり、魔獣の森にやってきていた。

 すべてはグリエに認められるため、タイラントベアへ華麗にリベンジするのだ。

 周囲には眼前の一頭しかいないことを確かめて、風下に隠れつつ弓を構える。

 そして破裂玉を矢にくくりつけて放ったのだが――。


 ……パンという破裂音と共に広がる煙。

 しかしタイラントベアは臭いで気絶するどころか、興奮気味に吠えながら立ち上がってキッシュの方に顔を向ける。

 そして隠れているはずのキッシュの場所が分かるかのように走り迫ってきた。


「なんで!? 風下にいるのに何で分かるの!?!?」


 キッシュは分かっていなかった。魔獣の森の複雑な地形では、必ずしも風向きは均一ではないことに。

 あまりにも鋭敏なタイラントベアの嗅覚は、確実にキッシュの居場所を捕らえていた。


「……馬! 馬に乗って逃げなきゃ!」


 キッシュはとっさに馬の縄に手をやる。

 しかし次の瞬間に見たのは二頭目のタイラントベアだった。

 とっさに矢を放ってけん制するが、その振り下ろされた爪は馬のロープを断ち切ってしまう。

 自由になった馬は驚き、キッシュを乗せずに走り去っていった。


「うっそーー! え? え? 一頭しかいないの確認済みなのに??」


 そしてさらに驚く。

 そのタイラントベアの背後には十頭ほどがたむろしていた……。


「なんでなんでなんで~~!? 気絶するどころか寄って来るじゃん!! ひょっとして想いを込め過ぎた!?」


 驚くキッシュに魔獣は吠え、爪を振り下ろす。

 キッシュはさすがにA級冒険者だけあって攻撃を難なくかわすが、だからといって勝てるわけではない。

 残された手段は逃げの一手だった。



「うぅ……グリエ、ごめん……。たぶん適当に作っちゃったせいだぁ……」


 こんな時、颯爽と現れてくれるのがグリエという男だ。

 でも、来ないのは分かってる。

 こんな臭い場所に来れるはずがないし、来ても戦えないはず。

 だからもう、絶望しかない。


「うわぁぁん。こんなことなら、告白の一つでもしとけばよかったぁぁぁぁ……!!」


 普通のクマでも人間より足が速い。

 暴君の二つ名を持つタイラントベアならそれを上回るのは当たり前。

 振り向けばキッシュのすぐ後ろに迫ってきていた。


「グガァァァァ!!」

「ゴガァァ!!」

「ガァァゥッ!!」


 タイラントベアの群れは吠え、津波のように押し寄せて来る。

 圧倒的な物量を前にして、キッシュの逃げ場はもう無くなっていた。



(――あ、死んだ)

 ……そんな風にキッシュが諦めた時、彼女の横を暴風が駆け抜けた。


 黒鉄くろがね色の巨大なハンマーが風を切る。

 そして荒ぶる魔獣の巨体が嘘のように宙を舞う。

 まるで重量を感じさせないように、ボゴォという凄まじい音と共に吹っ飛んでいった。


 ……そして眼前にそびえるのは、あのたくましい背中。

 キッシュが憧れる精悍な顔立ち。


「――――グリエ」


 いつもと違うのは鼻と口をぶ厚いマスクで覆っているところだ。あのマスクのお陰で臭いも大丈夫なのかもしれない。


「もう大丈夫だ」

 ……そんなたった一言が、キッシュを何よりも安心させた。


(ああ……なんてカッコいいんだろ……)

 彼女はもう、見惚れるしかできない。

 自分の体の何倍もある化け物を相手に、彼は全く動じずに的確にハンマーを打ち込んでいく。


 ――これがグラッセ王国唯一のS級。

 キッシュが憧れてやまない幼馴染。

 戦う料理人グリエなのだ。



 最終的にすべてのタイラントベアを倒し、グリエは彼の象徴とも言える肉叩きを地面に置く。

 そしていつものように爽やかな笑顔をキッシュに向けてくれた。


「怪我無いか?」

「……ありがとう。……あと、ホントごめん!! …………グリエに迷惑かけちゃって、アタシ、ホントに馬鹿だ……」

「迷惑じゃない。新技を教えたのは俺なんだから、アフターケアは当然さ」


 聞けば、グリエはタイラントベアの巣のあたりに気を配っていたらしい。

 すると猛烈な異臭と共に複数のベアが集まっていくのに気が付いて、異常事態だと向かってきてくれた……ということだ。


「ううう……これだからS級はぁぁ……余裕ありすぎーー!」

「ははは」

「……っていうか、グリエってば鼻声」

「鼻栓してるからな」


 彼はそう言って鼻を指さす。

 鼻栓だけではない。グリエは口元を完全に覆えるマスクを身に着けている。

 この異臭の真っただ中でも普通にしていられるので、あのマスクや鼻栓のお陰で臭いを完全に遮断できるのだろう。

 マスクから伸びているチューブの先についている球体は風船瓜だ。確かとてもレアで高級な植物。新鮮な空気が詰まっているらしい。


「……でも、それって獲物の臭いも分かんないんだよね? グリエ、それでも戦えるの?」

「慣れてるからな」


 慣れ――。

 その軽い一言だけで、キッシュはグリエとの差を思い知らされた。

 タイラントベアとの戦いに慣れ過ぎて、もはや嗅覚なんて不要だと言っているのだから。


(グリエみたいになりたいなんて、無理だったんだなぁ……」


 幼馴染を誇りに思いつつも、圧倒的な差を思い知らされただけになった。

 キッシュは落胆し、肩を落とす。


 その時、グリエはしゃがみ込んでキッシュが腰につけている瓶を見つめた。


「それにしてもその破裂玉、面白い効果だな」

「え、面白い?? だって失敗したんだよ? 魔獣をやっつけるどころか、こんなにいっぱい集めちゃって……」

「クマっていうのは本来臆病で、自分からこんなに集まって来るわけないんだ。……キッシュの作った破裂玉は、そういう理性を麻痺させるほどの誘引効果があるってことだな。……これを使えば効率が上がるかも」


 グリエはそのアイテムの効果を想像し、使いどころを考える。

 おそらくキッシュが適当に作ったせいで発現した効果だろうが、再現性が高ければ狩りに役立つかもしれない。

 そんなグリエの分析を聞くことで、キッシュの目はだんだんと輝きを取り戻していった。


「それってアタシ、天才ってこと!?」

「いや……それは……」

「むふふん。実はアイテムづくり、お料理みたいで楽しかったんだよ~~。また新しいのを作ろっかな!」

「こ……今度はちゃんと注意しろよ! さすがに永遠にアフターケアっていうわけには……」

「てへへ。もう迷惑かけないようにするって~~。安全第一のキッシュちゃん、無理しない! あと、臭くない奴もつくるからね!!」



 ……キッシュはこれがきっかけとなって、アイテムづくりにのめり込むようになった。

 強さでは足元にも及ばないが、これならグリエのサポート役として力になれるかもと思ったのだ。

 それが意外にもグリエと嚙み合うことになるのだが、それはまだ後のお話。


 キッシュはグリエへの淡い想いを心に秘め、いつか本当に並び立てるようにと奮起する。

 しばらくは騒動を巻き起こしながら――。



  ◇ ◇ ◇



 ――タイラントベアからキッシュを救ったすぐ後のこと。

 グリエは冒険者や馬を連れて、その肉の回収にやってきていた。


 フランに頼めば簡単に運べるのだが、さすがに女王にこんな後始末を依頼するわけにはいかない。

 肉を運びやすい大きさに切り分けた後は馬を使って近くの川船に運び、さらに町まで運搬するのだ。


 ……しかし。


「みんな、これ以上進むな!!」

「え? グリエどうしたの?」

「あの茂みの向こう、弱ったイノシシが見えるだろう? ……生きてるのに腐臭がする」

「それって……『黒鱗こくりん病』!?」


 ――黒鱗病。

 それはアルベールやフランの両親を死に至らしめた不治の病。

 皮膚や粘膜に小さな黒色の鱗状の斑点が現れ、やがて全身を内側から壊死させていく恐ろしい病だ。

 接触感染でうつると知られている。


 タイラントベアはあらかじめ魔獣避けと防腐処理を施してあるので、まだあの病気のイノシシに汚染されていないはず。

 とはいえ、恐ろしい事態に他ならなかった。


「……この森での発見は初、か……」


 魔獣の森は広大で奥深いため、グリエも全てを把握できているわけではない。

 しかしそうとう広い空間を嗅覚で探知できるので、いままでこの森で黒鱗病の心配をしたことはなかった。


(……まるで、急に湧いて出たみたいじゃないか)



 その後、感染を広めぬようにイノシシは狩られ、その場で焼くことになった。

 目の前の脅威はこれで去ったわけだが、グリエの胸には不気味な不安が渦巻くのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

キッシュによる騒動が終わったのもつかの間、何やら次なる事件の気配が漂ってまいりました……。この動向を見守ってみてください。


もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

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