第26話『冒険者キッシュはグリエみたいになりたい』

「アタシもグリエみたいな狩人になりたい……。アイツの代わりに街を守るんだ」


 キッシュはそう心に誓っていた。

 グラッセを去らざるを得なかったグリエの代わりに貧民街を守る。

 そうすればグリエも安心してキャセロールでの日々を送れると思ったのだ。


 そして同時に、グリエの横に並び立つパートナー『ポワレ』の存在も大きかった。

 グリエに認められるとは、そうとうの凄腕の狩人に違いない。

 彼女を超える狩人になって、自分もグリエの横に並びたいと、そう思う。


 だから今日も魔獣の森に入り、超レアな魔獣を狩ろうとしたのだが――。



「グガァァァ!!」

「無理っ! 無理無理無理っ! やっぱタイラントベア強すぎ!!」


 高級食材としても名高いタイラントベア。

 赤黒い毛におおわれた巨大なクマで、その爪と牙、そして強靭な肉体そのものが武器の猛獣だ。

 チャリオットベアと同じクマ型の魔獣だが、甲殻に守られていない分だけ肉に加工しやすく市場でも高値で売れる。

 そしてA級冒険者一人では太刀打ちできない強さなので、これを狩れればグリエに認められると思ったのだ。


 しかしキッシュでは有効打を与えられず、逃げるしかできなかった。



  ◇ ◇ ◇



「……で、馬に乗って命からがら逃げたと」

「てへへ。やっぱりグリエみたいにはできないなぁ……」


 狩りに失敗した後、キッシュは魔獣の森にあるグリエの狩猟小屋を訪ねていた。

 キッシュが無茶をしたと聞き、グリエはため息をつく。


 キッシュは魔獣の森を何度も往復しているが、それは比較的安全なルートを知っているからだし、生き延びるために無理しないのも一人前の冒険者として大切なことだ。

 だからあえて猛獣の巣に入れば、結果はこうなって当然と言えた。


「うぅぅ~馬を借りるのは高いのにさぁ……。何も得られずに大損だよぉ~~」

「街の役に立ちたいって気持ちは素晴らしいけどさ。無理するなよ……」

「でも……グリエみたいになりたいんだよ」


 グリエのように……。

 憧れてくれるのは嬉しいけれど、グリエの戦い方はけっこう特殊だ。

 鋭い嗅覚が前提なので、教えたくても教えられない。

 帝国の狩人に教えられる程度のコツや情報はキッシュなら習得済みだし、キッシュは十分凄い冒険者だとグリエは思っている。

 しかし彼女は満足できていないようで……。


 その時、キッシュはふと顔を上げた。


「……そう言えばグリエの狩りのお師匠さん。グリエみたいな嗅覚があったわけではないんだよね?」

「ああ。……ただアルベールさんに教わったのは基本中の基本だし、今のキッシュはそのレベルに達してるぜ」


 アルベールは狩人として特別すごかったわけではない。

 彼の素晴らしさは料理の腕と、みんなを笑顔にしたいという想いこそにあった。

 ……そんなアルベールとの思い出を振り返っていた時、グリエはふと何かを思い出した。


「……ひょっとしたら、アルベールさんの道具が使えるかもな」

「お師匠さんの道具!?」

「ああ。アルベールさんは俺みたいな嗅覚がなかったけど、ちょっと特別なアイテムを使ってたんだ」


 そしてグリエは棚の奥から古びた箱を取り出す。


「色々と教わった手法は色々あるけど、これだけは使えずに封印してたんだよな……」

「グリエが封印するほどの代物!? なにそれスゴイ……!」


 それを使えばグリエの横に立てるのかな!? ……そんな期待でキッシュは胸を躍らせる。

 箱を開いて出てきたのは、密封されたガラス瓶と、一冊のメモだった。


「これ……何が入ってるの?」

「……恐ろしい……悪魔の破裂玉さ」

「悪魔の……破裂玉」


 ゴクリ、とキッシュは唾を呑み込む。

 すると、グリエは見てわかるほど嫌そうな顔をした。


「これ……すっっっっっっっげぇ臭いんだ」

「え? クサい?」

「マジで。気絶するかと思うぐらいの刺激臭……」


 グリエは臭いが封じてあるのに鼻をつまみ、嫌そうに遠ざける。


「これに火をつけて魔獣やその近くに投げるとさ、猛烈な刺激臭で魔獣がフラフラになるんだよ。すべての魔獣に効くわけじゃないけど、イヌ系やネコ系の魔獣ならこれで隙を作って簡単に倒せるらしいぜ」

「らしいぜって……。グリエは試したことないのか?」

「一度試したけど、もう最悪! ほら、俺って鼻が……」

「あ~~……。グリエってイヌ以上に鼻が利くもんね……。そりゃあ使えないわけだ」

「ちなみにそれ、何年も前の代物だから、もう効果はないと思うぞ。使うならメモを読んで新たに作ってくれ」


 キッシュはガラス瓶をまじまじと眺める。

 中には直径2cmぐらいの丸くて黒い球が入っていた。導火線もついている。

 メモにはこと細かに作り方が書いてあった。

 それを見ながら、キッシュはタイラントベアを思い出す。


「……確かクマってイヌよりも鼻が利くんだよね」

「ああ。数倍から何十倍も凄いって聞いたことあるな」

「……じゃぁ、タイラントベアにも効くんだ」



  ◇ ◇ ◇



 キッシュさっそく『破裂玉』の制作に取り掛かった。

 制作中は猛烈な臭いがするので、グリエに教えてもらった通りに荒野の真ん中に建てられている作業小屋で仕事に取り掛かる。

 これはアルベールの作業小屋の一つだったらしい。

 ゴロツキ二人が居座っていたが、軽くひねって屈服させ、彼らをこき使いながらキッシュは作業を始めるのだった。


「……スイヤセン。まさかキッシュの姐さんでしたか」

「グラッセのナンバー2冒険者の根城と知ってればお邪魔しやせんでしたのに」


 人相の悪い男たちも、相手が強者だと分かったらヘコヘコと頭を下げる。

 キッシュは恐れられつつも、まだまだ憧れの彼には遠く及ばないんだよな……とため息をついた。


「ナンバー2ねぇ……。名前だけ立派だけど、ナンバー1と比べれば有象無象うぞうむぞうと同じだよ……」

「そりゃぁ……グリエの兄さんには誰も敵わねぇですよ」


 グリエの名前はグラッセの荒くれ者たちの中でも有名だ。

 むしろこぎれいな宮廷の中よりも、冒険者や下町の人々の中では絶大な人気を誇っている。

 幼馴染の人気を誇りに思いながら、キッシュは作業を続ける。


「さあ、無駄口叩いてないで手を動かして! そっちはスリコギで粉末に、アンタは葉っぱを煎じて! 鼻栓も忘れちゃダメだよ」

「へぃ!」

「えっと、次の素材は……エンシェントレオの糞かぁ。グリエがくれたけど、超レア素材をさりげなく持ちすぎなんだよなぁ……」

「キッシュの姐さん、ケムリバナの実とユウレイウオの肝はどこですかい?」

「え~~。それはないなぁ……。入手も面倒だし……。ま、他で代用できるっしょ」


 キッシュはその辺の草を摘んで、適当に材料に混ぜる。

 そして鼻歌を歌いながらかき混ぜていく。


(これがうまくいったら、グリエもアタシを一人前って認めてくれるかな。……そしたらアタシだって……)


 褒められるところを想像するだけでニヤけてしまう。

 自分にはポワレのような可愛さや色気がないけれど、グリエとの付き合いの長さや腕っぷしなら勝負になるかもしれない。

 それこそ、グリエが使えない技でサポートすれば、きっと力になれるはず……。


 キッシュは妄想するだけで気恥ずかしくなり、優しく混ぜるというメモを無視して、グリグリと力いっぱいに混ぜるのだった。

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