第24話『グリエは過去に決着をつける。――そして』

「グリエ……なぜ貴様がここに!? ……いや、何よりも女王! 病に臥せられたのでは!?」

「あら。そんな妙な噂、隣国まで広まってますのね。……この通りピンピンしておりますのに」


 狼狽うろたえるガトーを前にして、フランはおどけたように細腕で力こぶを作ってみせる。

 その瞬間、ガトーは何もかもが嘘だったと察した。


 女王フランの病という餌につられて、ノコノコと罠の中に入ってしまった。

 アムリタ麦を出した現場をモンテ侯に押さえられてしまった。

 そんな自分の間抜けさが信じられない。


(……なんで、なんでこうなった!?)


 そもそものきっかけはグラッセ王国の親しい外交官の言葉だった。

 つまり、最初から味方に裏切られていたわけだ……。


「だ……だましたな! お前ら全員、俺を騙したな!!」

「ガトー卿。陛下に向かって指さすとは不敬ですね」

「白々しいわ、ソルベの娘! 私がいかに女王陛下を想って行動したか……。それをお前ら、モンテ侯まで連れ出して、私をハメて! そんなに面白いか!? 国際問題にするぞ!?」


 ガトーは逆上し、まるでまわりが悪いかのように言い放つ。

 その醜態しゅうたいを前に、グリエは呆れるばかりだ。


「盗品を隣国に貢ごうとして、その罪を俺になすりつけて……。その口でよく言うぜ」

「…………まったく不愉快だ! と、とにかく失礼させていただく」

「おやガトー卿。忘れ物があるのに、放って行かれるのですか?」


 モンテ侯の一言に眉をひそめるガトー。


「はぁ? 忘れ物?」


 アムリタ麦の事かと思い、彼はテーブルに視線を送る。

 ……あんなもの、どうせモンテ侯が持ち帰るのだから、もう用はない。

 そんな風に一瞥いちべつしたのだが、彼の目はとある一点に釘付けになってしまった。

 そこにいるはずのない女性――ガトーの妻である伯爵夫人が立っていたのだ。


「あなたっ、もう長官ではないなんて、どういうことですのっ!?」

「な……あ……、なんで妻がここにいるんだ!? どういうつもりだ、モンテ侯!?」

「なぁに。このキャセロールの地で偶然にお会いしただけですよ。なんでも他の貴族婦人を連れて伝説の料理人の一品を食す旅行中だったとか」


「お……ま……え……。浪費を止めろと言ったのに、何をやっている!?」

「いいじゃありませんか! 社交はあなたのためを想ってですのよ!」


「いやぁ、ご婦人が大変な盛り上がりようだったので、すぐに気付きましたよ。……ガトー伯が長官をお辞めになられたのに贅沢三昧。心配になってお声がけしたのですが、余計でしたかな?」


 モンテ侯が白々しく言うので、ガトーは拳を握りしめてにらみつける。


 ちなみにガトー伯爵夫人をおびき寄せたのはモンテ侯の策だ。

 もしも女王の病という餌に食いつかない場合のプラン。

 グリエの料理で釘付けにしていたところ、ガトーが自ら罠に飛び込んでくれたので、せっかくなのでご登場いただいたわけだ。


 そのおかげでガトーは逃げるのを忘れ、婦人とののしり合ってくれている。


「いいからあなた、答えてちょうだい! あなたのお勤めがなければ、わたくしはどうすればいいの!? しかも国王陛下の宝を盗んだ? なんてことをするのよ!!」

「あぁぁぁぁうるさい、うるさい、うるさい! 領地が大変だと、さんざん伝えただろう!? お前の耳は節穴か? ……だいたいお前の浪費癖が悪いんだ!! 来る日も来る日もパーティー三昧。息子に宮殿を建てろだの、宝石が欲しいだの、もうたくさんだ!!」

「んまぁ!! わたくし、愛想をつかしましたわ! あなたとは離縁。実家に帰らせていただきますっ」


 それにしても見苦しい夫婦喧嘩。

 モンテ侯は呆れながら、二人の間に割って入る。


「ガトー卿……それに伯爵夫人、黙りなさい。どこまでグラッセの恥をさらすのですか。……それに伯爵夫人、あなたは何か勘違いをなされていますな」

「はぁ? 勘違いですって?」

「あなた方に貴族の資格はない、ということです」


 そしてモンテ侯は書状を取り出す。


「では王令を伝えます。……ガトー伯アマンドよ。王宝を横領した罪、……そして職権乱用によりグリエ殿を追放した罪により、あなたから爵位を剥奪させていただく。領地は没収。家族も皆、貴族の特権は失効となります」

「はく……だつ……」

「あ……あぁぁ……嘘よ、嘘……嘘……」


 処罰を伝えられ、その場に崩れ落ちるガトーと婦人。

 その顔からは完全に生気が抜け落ち、まるで屍のようになり果てていた。

 ガトーは薄ら笑いを浮かべながら頭を掻きむしる。

 髪の毛がボロボロと抜け落ちるなか、彼は虚ろな眼差しであたりを見回した。

 ……そしてグリエに目を止めると、よたよたと床をいながら、彼の脚にすがる。


「グリエさまぁぁ……どうか戻ってください。戻ってくださいよぉぉ。そうすれば私は……」

「どこまでも自分の都合なんだな。俺を国外追放にしたのはあんたのクセに。……それにアルベールさんを見捨てたこと、許せないんだからな」


「みす……てた?」

「アルベールさんが病気になった時、アムリタ麦をくれなかっただろう? 国王陛下の許可が下りなかったって話をアントレは信じたようだが、そんなのあり得ねぇ」


 アルベールが不治の病で臥した時、グリエがどんなに頼んでもガトーに拒絶された。

 ガトーに尻尾を振っていたアントレは「王室の許可が下りない」というガトーの言葉を信じたようだが、グリエには違和感があったのだ。


「あ……あれは…………」

「一目で減ってると分かるほどに盗んだんだろ? モンテ侯に聞いたぜ。……アンタはバレるのが怖かったから、アルベールさんを見殺しにしたんだ。……そんなアンタの元になんか、絶対に戻らない」


 モンテ侯いわく、アムリタ麦は次の商船で来る予定らしい。

 おそらくガトーはその時に書類を改ざんし、帳尻を合わせるつもりだったのではないか……という事だった。


 その時、モンテ侯が咳払いし、注目を集めた。


「ガトーよ。まだ話は終わっていませんよ」

「…………はい?」

「王宝とは王権の象徴。それを盗むとは王権への反逆に他ならない。間違いを犯す者が現れぬよう、さらし台の刑に処す。そののち投獄しますが、出られると思わぬように」

「は……はは……は……」

「さぁ、アマンドとご婦人を連行してください。こんなグラッセの恥をいつまでもさらしてはおけません」


 モンテ侯は自分の部下に命じる。

 もはやガトーと婦人は抵抗する気力が失せたらしい。

 縄で縛られ、力なく引きずられていくのだった――。



  ◇ ◇ ◇



「……しかしガトーのヤツ、よっぽど切羽詰まってたんだな。まさかあんな嘘に引っかかるとは……。ほかのプランが無駄になったな」

「ふふ。私もガトーがあそこまで迂闊とは思いもよりませんでした。……まあ、この程度の手間で済んだのです。よかったと思えばよいでしょう」


 グリエたちはガトーを捕まえるうえで幾つかのプランを仕込んでいた。

 ある程度はガトーが手ごわいと予想していたのだが、まさかここまで単純な策に引っかかってくれるとは思いもせず、一同は拍子抜けする。

 ……グリエの思う通り、よっぽどガトーに余裕がなかったのだろう。


「……女王陛下、そしてキャセロールの皆様方。お目汚し、大変失礼いたしました。同じグラッセの人間として恥じ入るばかりでございます」

「モンテ卿こそ、隣国までご足労をおかけいたしました。突然のご相談にも関わらず快くお引き受け下さり、感謝しかありませんわ」

「なに、自分の仕事をしたまでの事。女王陛下、そしてグリエ卿のお知恵をお借りできたからこそ、逆賊を捕らえられました。……グラッセ王に代わり、感謝の意を申し上げます」


 ガトーは今年に入ってから領地経営の状況を隠していたため、彼の領地の状況を王は把握できていなかったという。

 グリエがテリーヌ姉妹から得た情報を共有することでガトー領の現状が明るみになり、モンテ侯は捜査の手を伸ばすことが出来た。

 だからこそ、こうしてガトーを包囲する網を張れたわけだ。


「すべてグリエ卿の計算通りに事がすすんだわけですな。……恐れ入ります。我がグラッセは貴重な人材を失ったのだと、つくづく思い知らされる」

「いやぁ、いろんな巡りあわせがあっての事さ。こちらこそグラッセの事に口を出した形になって、申し訳ないと思ってます」

「ははは。助言をいただいたにすぎません。実際に動いたのは私ですので、お気になさらぬよう」


 モンテ侯は朗らかに笑い、グリエに一礼する。


「これで晴れて、グリエ殿は罪人ではなくなりました。国外追放の罪もなくなる。里帰りも気軽になさってください。……では、私はこれで」

「モンテ卿。俺を連れ帰らなくていいんですか?」

「……ふむ。確かに我が王はそれを望まれているが、私の仕事ではないのでね」


 そして彼はいたずらっぽく口角を上げる。


「それとも一緒に来てくれるのかい、グリエ男爵?」

「いいや。もう責任ある立場なんだ。戻って欲しくても、もう遅いさ」

「そうだろうとも。君の美食に恋焦がれる者は多いが、致し方なき事。……それにグラッセ王国は君が生まれる前から存在する。君がいなくてもなんとかなると証明して見せよう」


 モンテ侯は手を振りながら去って行った――。




 こうして、グリエの国外追放にまつわる事件は幕を閉じた。


 ガトーは領地と身分を失い、冷たい牢に投獄されることになる。

 他の囚人の手荒い歓迎や劣悪な環境にさらされ、地獄のような日々を送るのであろう。

 そして彼の家族はこれまでの傲慢ごうまんさゆえに差し伸べる手もなく路頭に迷い、その行く末を知る者は誰もいないのだった。


 そしてグリエはアルベールを失った痛みを超えて歩み出す。

 受けた恩を返すため。

 磨いた技術で人々を笑顔にするため。

 過去のしがらみが消え失せた今、彼の眼前には自由が広がっている。


 さらなる美食を追い求め、次なる冒険が始まるのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

ついにグリエを追放した張本人に罰が下りました。ガトーは後悔に苦しみ続けるでしょう……。

そしてグリエの前に広がる未来。ここから続く物語、ご期待ください!

(数話ほど日常回が挟まり、28話から温泉回が始まります)


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