第22話『不思議な女子会(?)はじまります』

 女王であることを伏せた少女ポワレ。

 グリエの幼馴染を名乗る冒険者キッシュ。

 そしてグリエ邸に住み込みの新弟子テリーヌ。

 ――この不思議な取り合わせによる女子会じみたものが始まった。


 話題の中心と言えば彼女たちの共通項であるグリエ。

 まずはキッシュが幼馴染であることを活かした一手を放つ。


「グリエとアタシは子供の頃、同じ部屋で一緒に寝る仲でさ~。お互いに寝落ちするまで夢を語ったもんだよ。みんなを腹いっぱいにしたいって、グリエは言ってたなぁ」

「わ、私だって冒険の一夜を共に過ごしますわ! それに弓の腕もお褒め頂いて『弓の名手』と言っていただけました」


 対抗できているか分からないまま、ポワレは反射的に自分の浅い経験を語る。

 するとテリーヌが思い出したようにつぶやいた。


「……私はそんな経験ないですけれど、グリエさんがつきっきりで手ほどきして下さってます。……グリエさんの手、大きくてたくましいですよね」

「手……っ!? わ、私だって触れたことぐらいありますわ。…………最近は……ないですけれど」


 またもかぶせる様に反応するポワレ。

 そんな彼女の様子が面白かったのか、キッシュは「あっはっは」と声を立てて笑い始めた。


「ポワレさん、対抗意識を燃やし過ぎだよ~。アタシらは別に恋敵でもないんだし、そんなに競うことないって~」

「……むぅ」

「せっかくアイツをネタに知り合ったんだ。仲良くしよ~よ」

「私もキャセロールに知り合いがいないので、仲良くしてほしいです……」


 テリーヌにまで言われてしまっては仕方がない。

 ひとり空回りしていたことを恥じ、ポワレは「ごめんなさい」と頭を下げた。


「……あの、キッシュさん。グリエ様って少年時代、どんなだったんですか?」

「ん~そうだな。基本的には変わってないかな。……グリエは昔から、とにかく鼻が利く奴だったんだよ。野原に出れば木の実や薬草を簡単に見つけてくれて、それでどんなに助けられたか分かんないぐらいだな……」


「鼻……ですか?」とテリーヌは不思議そうに頭をかしげる。


「うん。その鋭さは犬以上って感じでさ。なんでも森の中に居ればどこに何の生き物がいるか、すぐにわかるんだって。かなり遠くの匂いも分かるみたいだよ」

「……そっか。だから私たち姉妹の危機に気づいてくれたんですね」


 テリーヌはキッシュにもグリエとの出会いについて説明する。

 それを聞きながらキッシュはうんうんとうなずいていた。


「たぶん、自分が小さい頃に魔獣に襲われた怖さを覚えてるんだろうな……。狩りの師匠に命を救われたあいつは、同じ怖さを誰にも味わわせたくないんだと思う」


 そしてキッシュはグリエの凄さを自慢げに語った。

 昔から仲間想いで、魔獣の森で獲ってきた食材を貧民街の仲間と分け合ってくれたこと。彼のお陰でここ何年は栄養失調で命を落とす者がいなくなったこと。

 キッシュにとってグリエは誇りのようで、それは嬉しそうに話してくれた。


「……狩りも料理も貧民街のみんなのためだって言われた時には嬉しくて涙が出たよ……。それはあいつが宮廷で働くようになっても変わらず続いてさ」

「……皆さんを家族のように思われていたのでしょうか?」

「うん、たぶん。……あいつの両親は病気で亡くなったんだけど、食事さえまともならそうならずに済んだんだ。亡くなった時に何も出来なかった後悔があるんだろうな……。『もう誰も飢えさせない』って言って、一人で魔獣の森に行くようになってさ」


 ポワレはそれを聞き、かつてグリエから聞いた話を思い出す。

 『とにかく“飢え”ってヤツが嫌で――』

 彼の食事に対する思い入れ。その源流を知った思いだ。


「それが今のグリエ様を形作ったのですね……」

「うん。……でも、いつまでもあいつの世話になるばかりじゃダメだよな。グリエがグラッセからいなくなったのもいい機会だし、自立できるように頑張りたいよ」


 キッシュは虚空を見つめ、ここにいないグリエへ想いを馳せる。



 ……そうしてしばらく沈黙が流れた後、ふいにキッシュはポワレに視線を向けた。


「……ところでポワレさん。話は変わるけどあの男、旨い物で女を惑わせたりしてないかい?」

「そ、そんな惑わせるだなんて、なさいませんよっ。グリエ様に下心がないことぐらい、わかります!」

「それが危険なんだって。あいつは見境なしに人を助けるし、軽い気持ちで旨い飯を作ってくれる。男女問わずに惚れるヤツが多いこと多いこと。……それなのに当の本人は『みんな旨い飯が好きなんだなぁ』って言ってるから困ったものさ」


 テリーヌがそれを見てクスクスと笑う。


「ん?」

「……いえ、ごめんなさい。グリエさんは本当に想像通りの人なんだなぁって思いまして、安心したんです」


 そして少しだけ寂しそうな顔をする。


「……それに、私に優しく仕事を教えてくれるのも、きっと昔の自分を重ねられてるからなんですね。私も貧しい生まれで、グラッセから逃げてきた身なので……。へへ、勘違いするところでした」

「かぁ~~! グリエ、また惑わせてるよ……。あいつ~~!」

「キ……キッシュさん、大声……出さないでください……。恥ずかしいので……」



 そんな二人を見ていて、ポワレは複雑な表情になっていた。


(……わたくしも、何とも思われていないのでしょうか)


 もちろん女王フランとして彼に与えた爵位や領地はグリエの功績として妥当だと考えているし、迷宮探索に同行したのも王族としての使命感あってのものだ。

 しかしすでに惹かれてしまっている身として、下心がなかったと言えば噓になる。

 そしてたまに赤らんで頭を掻くグリエを見るに、期待してしまうのも事実だった。


(……いけませんわ、そんな想像。わたくしは王族として民を導く役目。……色恋沙汰にうつつを抜かしている場合では……)


「おや、ポワレさん。黙っちゃってどうしたんだい? ……ははぁ、あんたも惑わされた口ってことかな?」

「そんなわけないですよ! ポワレさんは私と違って、冒険のパートナーなんです。グリエさんとは同等だと認め合われているわけで、私と一緒にされたら困るはずです。……ね、ポワレさん」

「あ……えと……」


 とっさにどういえばいいのか分からず、ポワレは言葉を詰まらせてしまう。


(言えませんわ、わたくしが一方的に無理を言って一緒にいるだなんて……。……で、でもこういう場合、少しぐらいは釘を刺しておいた方がいいのかしら。その方がライバルを減らせる……?)


 もはや自分が何を考えているのか分からなくなるポワレ。

 そして口から飛び出たのは――


「……そ、そうですわ! 私はあのグリエ様に認められた狩人ですの。む……むしろ将来を誓った仲……的な?」


 ……そんな大ぼらだった。


「マジか……。あのグリエがねぇ……」

「素敵です!」


 キッシュとテリーヌはそれぞれに反応する。

 ポワレは(言ってやりましたわ!)と、妙に満足していた。




「……いや、誓ってないでしょ。……ポワレさん」


 急に男性の声が背後から聞こえ、ポワレは硬直する。

 その声が誰の物なのか、間違えるはずもない。

 ポワレの背後に立つのは……グリエだった。


 ポワレがぎこちなく振り向くと、彼は頬を赤らめて困ったように頭を掻いている。


「な……なんで、グリエ様がここに!? ……もう迷宮に潜られたはずでは」

「……念のため最新の情報を確認しておこうと戻っただけだよ」


 そんなポワレの凍り付いた表情を見て、キッシュはニヤリと笑う。


「ははぁ。そう言えばパートナーなのに今日は同行してないの、不思議だったんだよねぇ。っていうかグリエを『様』呼びってのもねぇ。……こりゃあ、チャンスはまだまだありそうだ」

「ああぁぁぁぁぁーー……。穴があったら入りたいですわぁぁ……」


 ポワレの顔は沸騰したように真っ赤で、両手で顔を抑えてうつむいてしまう。

 グリエは苦笑するしかできなかった。



  ◇ ◇ ◇



「それにしても不思議な組み合わせだな。何が縁でつながるか分かんないもんだ」


 冒険者ギルドという男くさい空間に自分と同年代の若い女性が3人。

 フランは女王という立場を隠しているんだろうけど、テリーヌが居合わせるのは予想外だった。

 そしてキッシュ。グリエ追放の犯人捜しをすると言っていたので心配していたが、こうして元気そうな顔を見られてグリエはホッとする。



 ……その時、グリエは何か引っかかりを感じた。


「ん? グリエ、どうかしたのか?」

「いや……。キッシュとテリーヌさんの顔を見てて、なんか思いつきそうなんだよな」


 キッシュ、テリーヌ……。

 この二人で思い出すのはグラッセ王国。そしてガトーの顔だ。


 テリーヌさんを身売りしなければいけないほどに困窮こんきゅうしているガトーの領地経営。

 それにキッシュから「ガトーは儀典長の座を失った」と聞いた。

 つまりガトーはとにかく金と地位で困っているということだ。


(……何よりも忘れてならないのは、ガトーは俺の敵という事。ろくに調べもせずに俺の国外追放を決めた張本人だし、アルベールさんが病気の時、頼み込んでもアムリタ麦を分けてくれなかった……)


 その時、キッシュが声を上げる。


「そうそう。グリエに大事なことを伝えたくてキャセロールここまで来たんだよ」

「大事な事?」

「そう。……アムリタ麦の闇取引さ」

「――アムリタ麦!?」

「うん。宮廷の貴重品を横流しするなら貧民街を根城にしてる闇商人が関係するかもって思って、貧民街のみんなと一緒に見張ってたんだよ。……そしたらお役人が聞き込みしてるの。そこで知ったのが、まさかの『アムリタ麦の横流し』だったってわけ!」


 アムリタ麦は宮廷でも厳重に管理されていて、管理倉庫に入れるのは部門長以上の料理人のほかは儀典官の役人たちだけ。

 グリエは肉部門の部門長だったうえに貧民街生まれだったため疑われたわけだが、あのガトーも十分怪しいと言える。

 むしろ金を欲しているなら間違いを犯しても不自然ではない。


「……鎌をかけてみるか」

「カマ?」


 首をかしげるキッシュ。

 そしてグリエはポワレに視線を送った。


「陛下。……ポワレさんから陛下に伝えてくれるかな」

「わ、私ですか!?」


 まだ顔を紅潮させたままのポワレが顔を上げる。

 急に話を振られて驚いている彼女に、グリエはとても真剣な眼差しを送った。


「ああ。これは陛下にしか頼めないことなんだ。……手伝ってほしいことがあるって、伝えて欲しい」



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

さて、いよいよガトーを追い詰める時が来たのかもしれません……。ご期待ください!


もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る