第21話『グリエの新弟子、グリエのパートナー(?)と出会う』

「グリエさんのお料理、すごいね! 今日もお腹いっぱ~い」

「スフレ、遠慮しないと悪いわ」

「だってグリエさんが勧めてくれるんだよ! おねぇちゃんだってそう言いながらムシャムシャ食べてるし!」

「……だって、美味しいんだもの……」


 テリーヌとスフレの姉妹がグリエの屋敷で雇われてから数日が経った。

 二人は屋敷の使用人にも温かく迎え入れられ、普段は屋敷に併設された厩舎きゅうしゃで馬や牛の世話をしている。

 姉のテリーヌはさらにグリエが狩ってきた獲物をさばく手伝いをし、魔獣ごとの特徴を覚えている真っ最中だ。

 過酷なガトー領での生活から一変し、二人はまるで夢のような日々を過ごしていた。


 馬の毛をブラッシングしながら、この日も二人は穏やかに笑う。


「えへへ。おねぇちゃん、最近すっごく楽しそう! 昨日もグリエさんに褒められてたね!」

「そんな。……私なんて全然で。……初めての食材ばかりだし、中には手順が難しい物もあって、グリエさんの力を借りっぱなしで……」

「えへへ~」

「ど……どうしたの?」

「わたしグリエさんだ~い好き! 美味しいお菓子も作ってくれるんだよ!」

「わ……私も……」


 テリーヌは妹スフレの言葉にうなずきながら、妹とは別の感情に支配されていた。

 森で命を救われた時。……そのたくましい背中を思い出すだけで胸が高鳴ってしまう。

 あの時のグリエはおとぎ話の英雄のようで、テリーヌは運命的なときめきを感じずにはいられなかった。


 その時、厩舎の入り口で音がした。


「よう。テリーヌさん、今いいかい?」

「ふぁっ!? は……はい!」


 ふいに呼びかけられ、テリーヌは声が裏返ってしまう。

 振り向けば厩舎の入り口にグリエが立っている。

 今までの会話を聞かれやしなかったかと、テリーヌはドキドキした。


「ちょっとお使いをお願いしたいんだ。町の研ぎ師に包丁を預けててな。俺の代わりに受け取ってもらえないか?」

「はい、もちろんです。……ところでグリエさん、お出かけですか?」


 見れば、グリエは大きな荷を背負い巨大な肉叩きミートハンマ-も荷に吊り下げている。


「ああ、迷宮に潜ってこようと思ってな! ようやくブレゼの大森林の探索が解禁されたんだ!」


 ブレゼの大森林――グリエの領地内にある地下迷宮はしばらく王家直属の研究機関が封鎖しており、アムリタ麦の保護を行っていた。

 ようやくその作業も一段落し、さらに下層の探索エリアが一般の冒険者に解禁されることになったのだ。

 未知の食材との出会いに、グリエは胸を高鳴らせていた。


「きっと面白い食材を持ち帰るから、覚悟しといてくれよテリーヌさん。スフレさんも馬や牛の世話を頼むぜ」

「はい! 行ってらっしゃいませグリエさん」

「うん! おにぃちゃん気を付けてね!」


 姉妹に見送られ、グリエは颯爽と屋敷を出発していくのだった。



  ◇ ◇ ◇



 その後、テリーヌは言われた通りに町にやってきていた。

 道中に思うのはグリエの事ばかりだ。

 彼は本当に凄くて優しくていい人だな……とつくづく思う。


(そう言えばあのお屋敷のご主人様にご挨拶してないな……。いいのかな……?)

 テリーヌはふと思った。


 そう、彼女はグリエ邸に来て数日経つが、彼が主人だと気付いていないのだ。

 それも仕方がない。グリエはまだ18歳であり、普通に考えたら爵位を持っているどころか屋敷の主人だと思われるはずもない。

 グリエ自身もことさらに偉ぶりたくない訳で、聞かれない限りはその話題に触れようとしなかった。

 だからテリーヌにとって、グリエは屋敷に雇われている憧れのお兄さんという認識なのである。



 その時、グリエの名前が聞こえた気がしてテリーヌは足を止めた。

 見回すと、屈強な男たちがたむろしている建物がそこにある。


(ここがグリエさんが通ってる冒険者ギルドかぁ……)


 テリーヌは恐る恐るギルドの中を覗き見る。

 自分には縁のない世界と思っていたが、想像していたよりは中が明るくて、怖い感じの雰囲気もない。

 グリエについて話しているのは冒険者のようだ。


「グリエさん、さすがのS級の貫禄だよな……。一人でドラゴンを狩る冒険者、初めて見たぜ」

「アースドラゴンを一人で狩ったんだろ? 俺も見たかったよ」

「ははは。お前なんて見物席にたどり着く前に魔獣に食われらぁ」


(ドラゴンを……一人で…………!?)

 思わずテリーヌは息をのむ。

 凄い凄いと思っていたが、耳に入ってきたのは想像を軽く超える凄さだった。



 ――その時。


「まぁ! 女性がギルドにいらっしゃるなんて珍しいです。あなたも冒険者なんですか?」


 ふいに声をかけられ、テリーヌは振り向いた。

 横に立って微笑んでいるのはテリーヌと同じぐらいに若い女性だ。

 銀色の美しい髪の毛に大きな青い帽子が愛らしい。目元は前髪で隠れているものの、隙間から見える素顔は絶世の美少女だった。


「あ……私は冒険者ではなくて。グリエさんの名前が聞こえたので、つい……」

「もう一般の方にも名前が広まってるんですね! さすがはグリエ様です!」

「あ……あの。あなたは……?」

「私はポワレ。グリエ様のパートナーを務めさせていただいていますの!」

「はじめ……まして……。私はテリーヌと申します。……高台のお屋敷でグリエさんにいろいろと教えていただいております」


 初対面の女性相手に緊張し、たどたどしく頭を下げるテリーヌ。

 対するポワレは先ほどまでの勢いが消え、なにやら硬直している様子だ。


「ふ……ふぅん。お屋敷で……いろいろと……。……ま、まさか住み込みだったり?」

「あ、はい」

「ちょちょ、ちょっと詳しくお話を聞かせていただけますか?」

「え、あ、はい……」


 返事をするや否やポワレはテリーヌの手を引き、ギルドの奥に強引に連れていくのだった。



  ◇ ◇ ◇



「……そう。森で命を助けられ、そのままお持ち帰りに……」

「も、持ち帰られていません! ……グリエさんには本当に優しくしていただけて、仕事もいただけたんです。妹もとても懐いていまして……」


 雇われるに至ったいきさつを説明するテリーヌだが、それを聞いているポワレはずいぶんと複雑そうだ。


(はぁぁ……。そういう運命的な出会い方、わたくしだけだと思っていましたのに……)


 もちろんグリエが人助けするのは大変すばらしい。

 ただ、彼との出会いが運命だと思っていたポワレ……つまり女王フランは、その特別が自分だけの物ではなくなり、ちょっと残念に思ってしまう。


「……あの。すみません、聞き取りづらくて……」

「べ、別に何も言っておりませんわっ」


 心の中のつぶやきだったはずなのに、つい口から漏れ出ていたらしい。ポワレはきゅっと口を閉じる。

 テリーヌの方は逆に、ポワレに対して目を輝かせていた。


「それにしても、ポワレさんも凄いです。……グリエさんのパートナーということは、ポワレさんも凄い冒険者さんなんですよね」

「……そ、そうです。そうなのですわ! アースドラゴンの戦いでも近くにいましたし、タイタントータスという大きな亀の魔獣やチャリオットベアの時も近くにおりましたの! 暗い森で一夜を共に過ごすぐらい、日常茶飯事なのですわ!」

「さすが……!」

「な……何よりもお料理こそがグリエ様の本領発揮ですね! ……あの神の手が生み出す数々の神秘の皿。香りや味はもちろんの事、目も舌の触感も、あまつさえ咀嚼そしゃくする音にさえも魅了され、思い出すだけで……体がとろけ……」


 「近くにいた」というそれだけを大げさに言ってしまい恥ずかしく思うポワレだが、テリーヌはまるで英雄譚を聞いているように目を輝かせている。

 だから恥ずかしくなってグリエのことに話題を変えたのだが、彼の料理を思い出しただけで口元が緩んでしまった。


「ポワレさん、よだれ、よだれ……!」

「あ……ごめんなさい、はしたなくて……」


「でもその気持ち、すごくわかります! ……本当にお好きなんですね」

「んにゃ!? す、好き!?」


「あ、もちろんグリエさんのお料理です。あんな独創的で本能を揺さぶられるお料理、自分の人生で出会えるなんて奇跡のようです」

「あわわわわ……はわわわわ……そ、そうですわよね。ええ、はい。私が好きなのはグリエ様のお料理で……」


 元々はテリーヌとグリエの関係を解き明かすつもりだったが、自業自得と言うか、自分で沼にはまり込んでいくポワレだった……。



 ――ポワレが勝手に動揺していた時。


「おやおや、アタシの幼馴染の話で盛り上がってるみたいじゃないか」


 二人の会話を聞きつけて、近寄る者がいた。

 ポワレが顔を上げると、そこにはたくましい腹筋をさらした長身の女性が一人立っている。


「……あなたは?」

「アタシはキッシュ。グラッセ王国の冒険者さ」

「グラッセ……まさか!」


 グリエの故郷の名を口にしたことで、ポワレはアッと声を上げる。

 キッシュは肯定するようにうなずいた。


「うん。グリエとは同じ街で生まれた友達でね。……しっかしさすがはグリエ、キャセロールでもあっという間に有名人だなぁ」

「おさな……なじみ……。……つまり、グリエ様の子供の頃をご存知というわけですの?」

「お、気になる? じゃあアタシも相席させてもらおっかな」


 にこやかに笑うキッシュ。

 ――そして冒険者ギルドの片隅で、三人の女性が向かい合うことになった。

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